[画像] 日本人が知らない「欧州イノベーション」の最前線。TOA報告会で語られたテックの未来

「TOA(Tech Open Air)」の報告会の様子。
Photo:Business Insider Japan

9月27日、大阪のイベントスペースThe DECKにて、2024年6月にベルリンで開催されたテクノロジー・カンファレンス「TOA(Tech Open Air)」の報告会が開かれた。

主催したのは、TOA日本公式パートナーを務め、視察プログラムを企画・運営するインフォバーン。報告会では、同社会長の小林弘人氏と視察プログラム参加者が登壇し、TOAや現地企業への視察によって得た「欧州イノベーションの最前線」に関する知見を紹介した。

本格化する生成AIの「マルチモーダル化」「エージェント化」

インフォバーン代表取締役会長・小林弘人氏

TOAとは、「Future Proof(未来の証明)」をコンセプトに、毎年ドイツ・ベルリンで開催されている国際的なカンファレンス。多分野にわたるテクノロジーの話題を中心に、注目のスタートアップ経営者・創業者や世界トップクラスの研究開発者・専門家たちがピッチを行う。今後の世界的なイノベーションの潮流を探る場として人気を集めている。

今回、特に耳目を集めたのはやはり生成AIだ。

グーグルの生成AI「Gemini」の開発をリードするスラヴ・ペトロフ氏、アンドラス・オーバン氏のセッションでは、AIに革新をもたらした「大規模言語モデル」のさらなる飛躍と今後提供予定の「パーソナルにカスタマイズされたGemini」を紹介した。

同社からは、開発者であるピーター・ダネンバーグ氏も登壇。機械学習の統合型プラットフォーム「Vertex AI」を用いて、ノーコードで「じゃんけんゲーム」を行うワークショップも開かれた。プログラミングコードを一切書かず、自然言語をプロンプトとして打ち込むだけでゲームが展開されていく様には、会場から驚きの声が上がったという。

また、OpenAIでチーフアーキテクトを務めるコリン・ジャーヴィス氏も登壇し、これから起きうる生成AIの未来について語った。

生成AIブームをけん引する両社のピッチ内容をはじめ、TOAで鮮明になったのは「マルチモーダル化」と「エージェント化」の本格的な流れだ。

テキストだけでなく、画像や音声、動画といった複雑な(複数の)データを一度に処理する「マルチモーダルAI」と、複数のAIモデルを組み合わせ、高度なタスク処理を可能にする「AIエージェント」。これらは、生成AIが進化した姿として語られてきた。

小林氏は、

「具体的な実演も行われ、実用化が目前にあると感じられました。そのインパクトに対する会場の熱気もすさまじいものがありました」

と現地の様子を語った。

ビジネスカンファレンスでありながら、ビジネスの話題に終始せず、学術的な知見が持ち寄られることもTOAの特徴の一つだ。

国際的な科学雑誌『Nature』を発行するSpringer Nature社のジョイス・ロリガン氏は、生成AIによって科学研究が加速度的に進む未来を提示した。先行研究や専門外分野への「情報アクセス」が容易になり、論文における「言語の壁」も取り払わることで、AIにより研究活動の効率化が進むだけでなく、欧米偏重のアカデミアがよりオープンになっていくと予測する。

テクノロジーが起点にありながら、そこに傾倒したカンファレンスではない点もTOAの特徴。

EUでは世界に先駆けて「AI規制法」が成立したが、EUの中心地・ベルリンを舞台とするTOAでは、倫理的な側面への議論も活発だ。科学研究の話題では、生成AIによる論文の粗製乱造、それにともなう査読の困難化をはじめ、さまざまなセッションを通じて生成AIの弊害と対策について語られた。

プライバシーや著作権の保護、巨大テック企業によるデータ寡占など、テクノロジーのトレンドには、対応すべき課題も山積する。日本では、北米を中心にビジネストレンドが語られがちだが、欧州ならではの価値観によるイノベーションの胎動がある。

報告会では、それらを「知る機会」としてのTOAの意義が強調された。

現代イノベーションは、領域を横断して生まれる

あらゆるイノベーションの裏にテクノロジーの存在があるといっても過言ではない現代。

TOAが取り上げる分野はAIに限らず、宇宙開発、医療、バイオ、気候、モビリティなど幅広い。それぞれの分野で頭角を現すスタートアップを知る機会としても機能している。

2024年のTOAでは、宇宙における物流を支えることを目指す欧州版SpaceXとも言える民間の宇宙開発会社であるThe Exploration Companyが登場。宇宙開発が近い将来「ビジネス」として成り立つことを感じさせた。

同じ航空宇宙の分野でも、複数の人工衛星を連携させて運用する「衛星コンステレーション」の技術を用いて温室効果ガスを測定するAIRMOや、衛星を土壌の「質」の測定に活用しているConstellerなど、分野をまたいだ領域でのスタートアップが目立った。

Business Insider Japan副編集長の三ツ村崇志は、

「日本にも同じような取り組みをできる企業はあるはずですが、それをビジネスとして形にする点において欧州は一歩先を行っている」

と指摘した。

TOAでは例年、スタートアップ創出とは少し異なる視点から未来を見据える動きもある。

今回のTOAでは、「地球外知的生命体」の痕跡を探す、ハーバード大学のプロジェクト「ガリレオ・プロジェクト」の紹介があった。ハーバード大学の天文物理学者でブラックホールの研究で知られるアヴィ・ローブ氏が推進するプロジェクトだ。

「地球外知的生命体」と聞くと、SF的妄想だと思う人が多いかもしれないが、「並外れた仮説を証明するには、並外れた証拠(データ)が必要だ」と語るローブ氏の信念は、あくまで科学的根拠を優先している。先入観を捨て、新たな発見に臨もうとする同氏の情熱的な研究姿勢は、多くのオーディエンスの胸を打った。

欧州のカンファレンスに参加する意義とは?

TOA参加者として報告会に登壇したデンソー・吉岡裕記氏。報告会では、フリージャーナリスト・エディターの雨宮百子氏もリモート登壇した。

報告会では視察ツアーへの参加者からもTOAのボーダレスな魅力について言及があった。

例えば「アート」の視点。昨今、ビジネス領域でもアート的な発想や感性が注目されているが、TOAもそこは強く意識している。

「The Art of Human Connection(人間関係の芸術)」と題されたプログラムでは、参加者同士がハグをするプログラムが実施された。通常なら交わることのない、知らない者同士がつながるきっかけを生む。

「イノベーションを起こすためには、やはり新たな感情や視点が生まれることも大切ですよね。最先端のテックの話だけでなく、こうした対話を生むプログラムが用意されているところもユニークでした」

と参加者からは賞賛の声が上がっていた。

また、「欧州企業が持つ社会課題(ソーシャル・イシュー)解決への高い意欲にも刺激を受けました」という声もあった。

一例として、「Forging Europe's Green and Prosperous Talent Engine(欧州の環境と繁栄のための人材育成エンジン)」というセッションでは、移民問題、環境問題を解消する手段として、「グリーンカラー」と称する新たな人材育成に向けた取り組みが紹介されたという。

インフォバーンが企画する視察プログラムでは、TOAへの参加以外に、注目すべき拠点への訪問や現地起業家とのネットワーキングも提供している。今年は、欧州最大規模のモビリティ開発コミュニティ‟The Drivery”、欧州最大規模の医科大学‟Charité”と連携して革新的な研究を行う‟Berlin Institute of Health”など、7つの施設を巡り、それぞれのキーパーソンから直接に話を聞いている。TOAも含め、参加者にとってまさに「欧州イノベーションの最前線」を体験する機会となったという。

かつて、ヨーゼフ・シュンペーターは「新結合」の必要性を唱えた。イノベーションを起こすためには、これまでとは異なる視点、新しい価値観を取り入れ、発想することが求められる。テクノロジーの未来像を知るだけでなく、未知の刺激を肌で感じる契機として、来年(2025年)のTOAに注目してはいかがだろう。

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