ところがこの件は任天堂の都合で取り止めになった。それを受けてソニーとして、どうすべきかという大賀社長を含めた御前会議に私は経営企画側の人間として参加したのです。そこで事業の可能性のスタディをさせてくれるよう、久夛良木さんを中心とした20人くらいのワーキンググループで大賀社長を説得。いろいろと調査し、セガを含めた企業をパートナーとしてあたりましたが、結局断られ、ソニー単独で挑戦するストーリーを組み立てていきました。

 そこで久夛良木さんが残した名言があります。「我々の競争相手はゲーム企業の任天堂やセガではない。プレイステーションはリビングルームのプラットフォームになる。このビジネスでの競争相手は将来的には、マイクロソフトといった企業になってくる」と。まだマイクロソフトが全くゲーム業界に参入していない頃です。

 ─ 単なるゲーム業界の中でのシェア争いではないと。

 内海 はい。プレイステーションは家庭の中でのワークステーション(業務用の高性能なコンピュータ)を作る事業であって、単なるゲームビジネスではないという形で構想を一段上げたのです。そうした構想を説明する資料を私が用意しました。

 事業に参入するには巨額の投資がかかりますし、流通経路も確保しなければなりません。3Dの描画が可能となるハードのスペックをはじめ、事業を成り立たせるためのサードパーティー戦略やCD-ROMの利便性を生かした生産の仕組み、定価の引き下げなど業界のイノベーションにつながる計画を用意していきました。ゲーム業界の構造を一変させるような改革ができる可能性を提案資料としてまとめていきました。

 それを、久夛良木さんを中心としたメンバーで、大賀さんにピッチしました。当時、ソニーミュージック副社長だった丸山茂雄さん、後のSCEの社長となる徳中暉久さんなども参加していましたが、出席者は7~8人の小さな会議でした。1時間くらいのミーティングだったでしょうか、質疑応答を重ねたあと大賀さんが最後に「DO it」と言い放ちました。その一言には、本当にしびれましたね。

 ─ 経営者としての大きな決断の場に居合わせた貴重な経験でしたね。さて、国際収支で見ると、日本は約5.6兆円のデジタル赤字。ITを含めたソフトの領域でゲームは日本の強さになり得るのでしょうか。

 内海 IT業界では、全世界でデジタルのインフラやSaaS領域での戦いになってきています。BtoBでは業者へのニーズが似たようなものになります。日本はまだ独自マーケットで守られているかもしれませんが、日本の外にでると、基本言語が英語でしかも競合相手が世界の超有力企業になると差別化やコストメリットをとることが難しいのではないでしょうか?

 ところがエンタテインメントのような文化的要素の強いものは、その時点で差別化されています。しかもゲームやアニメはグローバルの消費者にとっても日本が文化発祥の地ですから、世界への輸出に向いているといえます。ITの優れたサービスは外に出た途端にGAFAM(グーグル=現アルファベット、アマゾン、フェイスブック=現メタ、アップル、マイクロソフト)が競合になる可能性が高い。しかし、ゲーム会社はGAFAMのサービスを補完するパートナーになる場合が多いのです。


「ソニック」などの独自IPを世界に