[画像] 固定電話が"未知の通信機器"になっている…電話が鳴っても出ようとしない「令和の新入社員」の本音

電話に苦手意識を持っている若手社員が増えたのなぜか。公認心理師で産業カウンセラーの大野萌子さんは「いまの新入社員の多くは電話機を使った経験がなく、ほとんど“未知の機械”になってしまっている。慣れない電話業務でミスをして上司から怒られた経験から、さらに電話が苦手になってしまうことも少なくない」という――。(第2回)

※本稿は、大野萌子『電話恐怖症』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

写真=iStock.com/Narong Rammanee
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Narong Rammanee

■なぜ電話は職場の厄介者になってしまったのか

かつてはどこにでもある日常のツールだった電話が、今では退職理由になるほどの厄介者扱いになってしまいました。同じ電話なのに、どうしてここまで「苦手」な人が増えてしまったのでしょうか。苦手な人の中で起きていることについて、さらに深く探っていきたいと思います。電話恐怖症の人にとっては、きっとそこに解決のヒントがあるはずです。

電話が苦手になる原因のひとつに、電話が相手の顔が見えないツールだからということがあげられます。情報の圧倒的な部分を占める「視覚」が欠如していて、「聴覚」と「言葉」しかないので、相手が今忙しいのか、迷惑なのか、嫌がっているのか、勝手に想像しているうちに、恐怖の妄想がエスカレートするのではないでしょうか。

また声にも表情はあって、「あれ、迷惑そうだな」とか「タイミングが悪かっただろうか」とか、声色を敏感に感じ取った瞬間、もう次の言葉が出てこなくなることもあります。状況を把握するのに情報が足りず、それを自分の想像で補うため、勝手にこわくなったり、気まずくなったりするのです。

人当たりはいいし、メールも上手に書くのに、電話だけが苦手という人もいます。仕事柄、私もいろいろな方にお会いしますが、会ったらニコニコして感じがよかったのに、電話ではひじょうにぶっきら棒の人もいます。

反対に電話では愛想がよかったのに、会ってみたらそれほどでもなかったということもよくあります。「メール人格」という言葉が最近よく聞かれるようになりました。会ったらにこやかなのに、メールは殺伐(さつばつ)としているとか、その逆に会ったらドライで、メールはフレンドリーというように、二面性がある人のことを「メール人格」というそうです。

同じようなことが電話にも当てはまると思います。メールや電話など、ツールによって人格が変わってしまう人がいるのです。

■電話は「相手の顔が見えないツール」

自分が使い慣れたツールや得意なツールでは緊張せずに人とかかわれますが、ツールに苦手意識があると、緊張するので、「あれ?」と思わせる態度になってしまうのです。ツールの得手不得手以外にも、別人格になってしまう要因があります。それは相手の顔が見えるか見えないか、です。

私たちがコミュニケーションを取るときは、視覚と聴覚と言葉を使います。その中で一番優位なのは視覚情報です。『人は見た目が9割』(竹内一郎著/新潮新書)という本がありましたが、まさに見た感じで受ける情報が、コミュニケーションの大きな部分を占めます。

たとえばにこやかに笑いながら怒られたら、怒られている気はしません。反対に怒った顔でほめられても嫌味かな、と思ってしまう。それは、表情つまり視覚情報のほうが優位だからです。しかし電話は視覚情報がありません。

相手が見えないので、入ってくる情報は聴覚と言葉だけ。情報量が大きく減ってしまうので、それこそ相手が何を考えているかわからない。だから必要以上にこわいのだと思います。

写真=iStock.com/byryo
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■いちばん怖い表情は「無表情」

緊張や威圧は、人が何を考えているかわからないときに、いちばん強く感じられます。目の前で顔をまっ赤にして怒っている人がいれば緊張しますが、それ以上にこわいのは、何を考えているのかわからない人が、無表情だけれど、どうやら怒っているかもしれない、というときです。

情報が欠如することが、人にとってはとてもこわい。だから顔が見えず、声だけでやりとりする電話がこわいと思うのは、人のコミュニケーションのしくみを考えると、ある意味納得できることかもしれません。

顔が見えたほうが話しやすいというのは、以前はいわば常識でした。ところが最近、顔が見えないほうが話しやすいという人たちがあらわれて、よけいにコミュニケーションの問題を複雑にしています。顔が見えないほうが話しやすいのかも……そう思ったのは、カウンセリングの研修をしているときでした。カウンセラーを養成する授業では、必ず「無反応」という実習をします。

カウンセラーを目指す人が一生懸命、自分について話すのですが、聞き手役の人はわざと無表情のまま黙っていて、まったく反応しません。すると話す側の内容がだんだん散漫になってきて、最終的には話ができなくなるという実習です。

要は、相手が反応しなければ、筋道立てて話ができなくなり、混乱して何を話していいかわからなくなる。だからカウンセラーはクライエントの話にきちんと反応して向き合わなければいけないという体験をするのです。

■「反応が分かりやすい=話しやすい」が常識だったが…

これはやりとりをジグソーパズルに置き換えるとわかりやすく、発する言葉のひとつひとつをジグソーパズルのピースとします。話すほうがパラパラとジグソーパズルのピースを出してくる。それに対して、相手が「そうなんだ。そういうことがあったんだ」とか「それはこういうこと?」などと反応することにより、徐々にピースが組み立てられて、絵が見えるようになってきます。

そして、その反応を受けて、次はこのピースを出そうとか、これを出せばもっとわかりやすいかな、などと考えながら、ピースを増やしていきます。そうやってジグソーパズルの絵が広がり全体像が完成していくイメージです。

だから、相手の言葉にうなずいたり、相づちを打ったりするなどで反応することはとても大切です。何の反応もないまま無表情でいられると、ピースはバラバラのまま組み立てられずさらに次のピースが決まらないので、話(絵)が見えず会話がつづかなくなってしまうのです。

よって、今までの概念だと、一番反応がわかりやすく顔の表情もすべて見える対面が話しやすく、次点は声だけで反応する電話でした。

■「無反応のほうが話しやすい」と語る若者たち

ところが最近、無反応のほうが話しやすいという人が出てきたのです。

カウンセリングの訓練をする前段階で、「無反応のほうが話しやすい」と言われて、私も絶句してしまいました。相手の反応を気にせず、一方通行で話したほうが、自分のペースが乱されないので、話しやすいそうです。これではコミュニケーションになりません。

でも最近はチャットやメールなど、相手が見えないツールが主体になっていて、むしろ、生身の人間が目の前にいて、何か言ってきたり、ちょっとした目の動きや手の動きで自分のペースが乱されたりしてしまうのがいやだと思う人も増えているのでしょう。

写真=iStock.com/recep-bg
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第1回の記事で紹介したマイナビの調査でもあったように、若い人が友達と連絡しあうツールのほとんどは文字ベースで、実際の相手は目の前にはいません。それに慣れているので、反応がなくても平気になってきているのです。

対面より相手が見えないほうがいい。相手に関する情報は少なければ少ないほうが自分を表現しやすいので、声が伝わる電話より、さらに相手の反応を感じないチャットなど文字ツールのほうが好ましい。新しい傾向を持つ人たちです。

■瞬発力が求められることに苦手意識を感じている

似たような事例を挙げましょう。

就活の相談を受けていると、「学生時代に友達が一人もできませんでした」と言う人がいるのです。一見、辛い話なのかと勘違いする方もいるかと思いますが、彼らは「なので、自分のペースを乱されることなく、穏やかな毎日が送れました」と言います。相手の反応を知る由もなく、かかわることを拒否した最たる例かと思います。

若い世代のコミュニケーションの取り方は、想像以上に変化しています。Z世代のあとにつづくα世代(2010年以降生まれ)を含め、生まれたときからデジタル技術があるデジタルネイティブの人たちです。彼らが社会人になる2030年ごろは、さらにコミュニケーションの形が劇的に変化しているかもしれません。

電話に瞬発力が必要なことも、電話に苦手意識を持たせてしまうひとつの要因です。情報が少ないにもかかわらず、相手の言葉に即座に反応して返さなければいけない電話というツールは、テキストベースのコミュニケーションが主体の人にはかなりの負担です。

文字テキストであれば、言葉を推敲(すいこう)して返すことができますし、相手から予想外の反応が返ってきても、時間をかけて考えることもできます。しかし電話ではそれが許されません。少し時間をかけて考えたい、失敗してはならないといった気持ちがあってすぐ決められない人にとっては、瞬間的に返答しなければならない電話は相当なプレッシャーになります。

■在宅ワークがコミュニケーション不足を深刻にしている

飲食店でオーダーと違う飲み物を持ってこられても、「違っています。取り替えてください」と言えない世代にとっては、ひと呼吸おいて意見を発信できる文字ツールのほうが安心できるのでしょう。

また相手にどう思われるか気にする人も電話に苦手意識を持つはずです。「こんなことを言ったら、相手はどう思うか」とか「こんなことを言ったら失礼に感じるだろうか」など、いちいち考えながら言葉をつむぐのは、膨大(ぼうだい)なエネルギーを要します。

しかも相手から瞬時に返ってくる反応に、ミスなく対応できる自信もありません。日頃から失言で大炎上するニュースなどを見ているので、よけいに恐怖がつのります。電話が苦手な人は、おそらく瞬時に反応するコミュニケーションに自信がないのではないでしょうか。

コロナの影響で、人と直接会わなくなり、在宅ワークが増えたことも背景にあります。私が受ける相談でも「誰とも話さずに家にずっといて、いざ話をしようとする際に言葉が出てこない」というものが目立つようになりました。話そうと思っても、言葉が出てこない。もっと深刻になると、声が出ないというのです。

写真=iStock.com/mapo
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■雑談が少ない職場は問題が起こりやすい

コロナが明けて、オフィスワークに戻っても、その状況はつづいているように感じます。

昔のオフィスはもっとざわざわしていて、あちこちでおしゃべりしている声が聞こえました。仕事の帰りもみんなでどこかに寄ってにぎやかに楽しむ雰囲気があったように思います。しかし今は仕事中、人と会話することが少なくなっています。マルチタスクがふつうになって、人と話す余裕がないのもひとつの要因ですし、さまざまな働き方が増えてきて、職場にいる人がしょっちゅう変わるのも、会話が減った原因かもしれません。

マスクをして、私語を控え、個食や黙食の推奨も尾を引いていると思います。とくに雑談が顕著に減っています。誰かと話すときはチャットを使う。それこそ隣の席の人間にチャットで話しかけるといったことがふつうに起きています。

困ったことに、雑談が少ない職場は問題が起こりやすいというのが実際の体験からもわかっています。人間関係でトラブルがある会社にリサーチに行ったとき、「うちはペンが落ちる音が響くくらい静かです」と言われて合点がいったこともあります。ペンが落ちる音が響くということは、誰もしゃべっていないということです。

しーんと静まりかえっていれば、話したくても話せない。みんなに聞こえてしまうので、こわくて話しかけることもできないでしょう。すると職場でも一日、ほとんど人と話さない。在宅勤務で言葉が出てこなくなるのと同じ現象がオフィスでも起きているわけです。となると、電話で話すなど、とんでもなく高いハードルに感じられます。電話が苦手な人が増えるのはいたしかたないといえます。

■そもそも固定電話に慣れていない

電話が苦手になるのは、固定電話に慣れていないという時代背景もあるでしょう。今や、家に固定電話がない家庭も多く、30代以下に至っては保有率は1割を切っています(令和5年通信利用動向調査)。

昭和や平成前半の生まれなら、家に電話があるのが当たり前でした。しかし今の若い世代は幼少期に家の固定電話に出たことがない、という人も少なくないのです。また固定電話があっても、ナンバーディスプレイになっており、自分が知っている人からの番号のみに出ることが多いでしょう。会社のように誰からかかってきたかわからない電話に出る経験など、まったくないといってもいいのです。

電話機を使った経験がなければ、ハードルが高くなるのは当然です。固定電話がなければ、当然、電話での取り次ぎや伝言をした経験がありません。「お母さん、誰々さんから電話だよ」という経験が皆無だとすると、会社でも取り次ぎや伝言にとまどうのは目に見えています。

写真=iStock.com/Jcomp
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■ホテルにある電話機の使い方もまったくわからない

専門学校で講師をしていた人から聞いた話でびっくりしたことがあります。

その学校ではビジネスマナーの一環で、電話の取り次ぎの授業がありました。オフィスにあるような固定電話が置いてあり、講師が取り次ぎのしかたなどをレクチャーしたあと、「それでは私はこれから職員室に戻るので、私のところに電話をかけてきてください」と伝えたそうです。

そして職員室に戻ったのですが、待てど暮らせど、誰からも電話がかかってきません。どうしたのかと思い、教室に戻ってみると、学生たちが途方にくれて待っていました。

「先生、電話のかけ方がわかりません」

固定電話をさわったこともない学生たちは、受話器を取って、内線の番号を押すという当たり前すぎる動作すらわからなかったのです。

そういえば、ホテルに泊まったとき、若い人たちは室内に置いてある電話にはいっさいさわらないという話を聞いたことがあります。モーニングコールなどだいたいのことは自分のスマホで用が足りてしまいますし、ルームサービスは頼まない。万一、タオルなど備品が足りなくても、我慢するのだそうです。なぜかというと、ホテルの人とかかわるのが面倒くさいから。

そのうちホテルの電話は部屋の装飾品の一部になってしまうかもしれません。

■顔が見えないからこそ、攻撃的になりやすい

不慣れな電話応対でクレームが来たり、上司から叱責を受けたり、モンスターカスタマーに当たってしまうと、電話がこわくて出られなくなることがあります。

仕事上での失敗の経験は誰にでもあるものですが、電話にまつわる失敗がトラウマにまで発展してしまうのは、相手の顔が見えない電話の特殊性にあるでしょう。というのも、顔が見えないと攻撃性がエスカレートすることがあるからです。

大野萌子『電話恐怖症』(朝日新書)

以前、私が電話相談の仕事をしていたときは、電話で暴言を吐かれたことが何度もありました。対面ではそういうことがないのに、顔が見えない電話だと、とたんに攻撃性が増すのです。相手の電話の声が小さくて聞き取れず「もしもし」と呼びかけたら、「もしもしと言うな!」と怒鳴られたことがありますし、「おまえは仕事があっていいよな」と散々嫌味を言われたり、不意に脅迫じみた言動を浴びせられることもありました。

電話相談員は原則として、こちらから電話を切れないので、不満のはけ口に使うにはいいカモになります。電化製品のサポートセンターにいる相談員に聞いた話だと、何時間もクレームを言いつづける人や、「この商品の説明をしろ」と取扱説明書の1ページ目から全部読ませて、黙って切る人もいるそうです。

まともに相手にしていると、本当にトラウマになってしまうので、電話相談を請け負う会社では、相手に問題があるとわかると、以後その電話には出なかったり、別の人が応対したりするといったマニュアルがあります。

プロであってもやり方を心得ていないと、心に傷を負うのですから、ましてや電話に慣れていない人が、顔が見えない電話の相手から罵倒され叱られると、トラウマになり、電話が取れなくなってしまうことは十分考えられます。

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大野 萌子(おおの・もえこ)
公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士
一般社団法人日本メンタルアップ支援機構(メンタルアップマネージャ資格認定機関)代表理事、産業カウンセラー。法政大学卒。企業内カウンセラーとしての長年の現場経験を生かした、人間関係改善に必須のコミュニケーション、ストレスマネジメントなどの分野を得意とする。現在は防衛省、文部科学省などの官公庁をはじめ、大手企業、大学、医療機関などで講演・研修を行う。著書に『よけいなひと言を好かれるセリフに変える言いかえ図鑑』(サンマーク出版)、『好かれる人の神対応 嫌われる人の塩対応』(幻冬舎)『「かまってちゃん」社員の上手なかまい方』(ディスカヴァー携書)、『電話恐怖症』(朝日新書)などがある。
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(公認心理師、2級キャリアコンサルティング技能士 大野 萌子)