しかし、統合政府BSが公表されたことで、最近はその論法も使えなくなったようだ。代わりに、将来の年金や社会保障のために増税する、という別な言い方がされるようになってきた。

 財政破綻論者は、消費増税に積極的だったり、財政再建を主張したり、インフレ目標を否定したりする立場をとることが多い。しかし、社会保障の財源として消費税を設定することは、少なくとも税理論や社会保障論からみても不適切だというのは明白だ。

◆債務の増加による財政再建の必要性を説く“根拠”として扱われた論文があった

 債務が増えると経済成長の足かせになると指摘した、ある有名な論文がある。

 それは2010年、ハーバード大学のカーメン・ラインハート教授とケネス・ロゴフ教授が発表した公的債務に関する研究だ。

 その論文では、国の公的債務残高がGDP比で90%になると、平均実質成長率がマイナス0.1%になるという結論が導き出されていた。この「90%」という数字が独り歩きして、緊縮財政の論拠としてたびたび使われるようになった。

 IMFをはじめ国際機関でもこの論文は重宝され、財政再建の必要性を説く根拠として扱われた。しかし、経済学者の間では異論が出ていた。

◆借金の大きさと経済成長率は無関係

 プリンストン大学のポール・クルーグマン教授(当時)は、公的債務が増えると経済成長が低下するのではなく、むしろ経済成長が低下することで公的債務が増えると指摘した。

 また、イタリアと日本を除く主要国首脳会議(G7)各国の、公的債務残高対GDP比と実質成長率には相関関係がないことも示した。

 議論の焦点は、果たして公的債務がGDP比で90%になると平均実質成長率がマイナス0.1%になるのか、また公的債務が増えると実質成長率が低下するという因果関係があるのかの二つだった。

◆公的債務残高対GDP比を用いて、国の経済成長率について論じるのは、ほとんど意味のないこと

 例えば、マサチューセッツ工科大学の研究では、実際の平均実質成長率は2.2%で、ラインハート/ロゴフ論文の数字に誤りがあると指摘された。しかも、一部のデータが意図的に除外された疑いも示唆していた。

 因果関係については、筆者もかつて分析したことがある。1971年以降の日本、イタリア、ドイツ、フランス、米国などの17カ国について、実質GDP成長率と公的債務残高対GDP比の相関係数を計算したところ、結果はマイナス0.19だった(図f-1)。

 相関係数は、0以上0.2未満で相関がほとんどないことを示し、0.2以上0.4未満なら弱い相関、0.4以上0.7未満では中程度の相関、0.7以上では強い相関があると考えるのが一般的だ。

 相関係数がマイナス0.19というのは、実質GDP成長率と公的債務残高対GDP比にはほとんど相関がなく、因果関係もないことを示している。

 イタリアと日本にはわずかに相関がありそうだったので、その2カ国を除いた15カ国で再び統計処理をしてみると、相関係数はマイナス0.11まで低下した(図f-2)。つまり、公的債務残高対GDP比を用いて、国の経済成長率について論じるのは、ほとんど意味のないことがわかった。

◆政府資産を売却せずに増税や緊縮政策を行うことによって経済成長が阻害される

 前述のラインハート/ロゴフ論文の誤りが指摘されたことで、緊縮財政の機運はやや和らいだ。しかし、消費増税を見送ると財政再建が遅れるという考えに固執する、増税派の経済学者はまだ日本には多い。

 なぜ、彼らはそこまで消費増税にこだわるのか。その答えは、増税派が「横断性条件」という経済モデルにとらわれていて、それを根拠にしているからだ。

 横断性条件とは、統計学や計量経済学の文脈で使用される概念で、横断データの解釈や分析に関する数式表現であるが、説明するのは難しい。