国も荷主も消費者も、みな「荷物」の心配ばかりしていて肝心のドライバーたちの「働き方」を考えているようには思えない(写真:jessie/PIXTA)

「2024年問題」が議論され始めた当初から、つねにある違和感と対峙してきた。それは、「現場が求めている声」と「国が打ち出す政策」の間にある“ズレ”だ。

働き方改革関連法」は2019年、他業種のほとんどですでに施行されたが、トラックドライバーをはじめとする職業ドライバーは「長時間労働の是正に時間がかかる」という理由から施行が5年間猶予されていた。その期限が2024年4月1日。運送事業者やトラックドライバーたちは、その対応に追われてきた。

国の対策は「改革」どころか「改悪」

運送業界に従事しているトラックドライバーは約86万人。一般貨物自動車運送事業者の99%以上が中小零細企業で、10台以下で営業している運送事業者が2万9751社と最も多い。

今回の「働き方改革」では、本来こうした立場が弱く、かつ管理が行き届きにくい小規模の運送事業者やトラックドライバーたちの労働環境を変える必要がある。が、現在国が進めている対策では、改革どころか「改悪」だと感じる案も少なくなく、彼らの目線で取材していると、国も荷主も消費者も、みな「荷物」の心配ばかりしていて肝心のドライバーたちの「働き方」を考えているようには思えないのだ。

なかでも早急に対応しなければ、ドライバーの環境はもちろん、結果的に物流業界もが崩壊すると危惧しているのは、「運賃・賃金の保証」だ。

2024年問題が取りざたされて以降、筆者のもとには「施行後トラックを降りる」という報告や相談が120件ほど寄せられている。歩合制で働くトラックドライバーにとっては、労働時間が減れば賃金がダイレクトに下がるからだ。

今後の体力を考えて同じ運転業のタクシードライバーなどへの転職を検討する50〜60代のドライバーの声が多いなか、「別業種に転職する最後のチャンスかもしれない」と思いあぐねる働き盛りの40代の声もある。

副業を検討し始めているドライバーも

さらに顕著なのが、トラックドライバーは辞めずとも「副業」を前向きに検討している人の多さである。

先日SNSで簡易アンケートを取ったところ、約60%のトラックドライバーが副業をポジティブに考えていると回答。すでに副業をしていると回答した人に業務内容を聞いたところ、運転代行業や倉庫での荷物の仕分け作業、さらにはウーバーイーツという声も聞こえてきた。


無論、他業種でも副業をしている・検討している人は少なくない。他のフィールドでの副業が本業にとっていい刺激になることもある。

しかし、ブルーカラーワーカーによる副業はそれほど単純ではない。体を使いながらも安全が最優先される彼らには、「体を休めること」も仕事の1つだからだ。

1人で黙々と道路をひた走る仕事は、ただでさえ眠くなる。副業による疲労蓄積、睡眠不足は、ドライバー本人だけでなく、周囲のドライバーの命をも危険に晒すおそれもある。副業を禁止している運送事業者の多くがその理由として挙げるのも、やはりこの「安全上の理由」だ。

しかし、ただでさえ全産業の平均より約2割収入が低いドライバーにとって、労働時間が減るということはもはや死活問題。「副業できないならば」と転職や退職を考えざるを得ないケースもあるのだ。

トラックを降りる理由で「稼げない」の次に多いのが、「規制ばかりで魅力を感じなくなった」という声だ。実は、現役のトラックドライバーたちには「トラック職による長時間労働は苦ではない」とする人が少なくない。

その理由は他でもない、何よりトラックの運転が好きだからだ。

長い場合だと1週間以上、車内での寝食生活を送るトラックドライバー職は、全国各地の絶景絶品を楽しみながら1人走れる「旅仕事」だ。しがらみなく仕事がしたいクルマ好きには、まさに天職である。

何より、かつてのトラックドライバー職は「3年走れば家が建ち5年走れば墓が建つ」とまで言われるほど、きつくても走った分だけ稼げる「ブルーカラーの花形業」だった。業界も、「仕事はキツいが走った分だけ稼げる」を最大の“強み”として人材を集めてきたのだ。

「過酷」で「稼げない」職業になったきっかけ

そんな業界を一変させた大きなきっかけがある。1990年の物流2法における「規制緩和」だ。

これにより業界に新規参入しやすくなったことで、それまで4万社ほどだった運送事業者が6万3000社に急増。多重下請構造ができあがったうえ、翌年にはバブルが崩壊。熾烈な荷物の奪い合いが起きた。

労働集約型産業である業界は、運賃を下げ、検品や仕分け、棚入れなどの付帯作業を「おまけ仕事」として提供することで、競合他社との差別化を図るようになり、結果、これまで以上に過酷なのに稼げなくなったのだ。

その当時、「稼ぎたい」とトラックに乗り始めた若手ドライバーは、現在50代。大型トラックドライバーの平均年齢も、現在約50歳だ。若いころ「ひとりしがらみなくガッツリ稼ぎたい」と入ってきた彼らから「もっと走りたい」や「しがらみだらけ」、「稼げないなら辞める」という声が出ることは何ら不思議ではないのである。

先の規制緩和によって、現場にもたらされたものがある。それが「荷主至上主義」だ。ドライバーの労働時間の長さもこの古い商慣習によるところが大きい。

その最たる原因になっているのが「荷待ち」だ。現場では、指定の時間になってもドライバーが荷主の都合で敷地内に入れてもらえないことが常態化している。企業間輸送の場合「時間通りに荷物の受取人が対応してくれなければ不在票を置いてその場を立ち去る」というわけにもいかず、呼ばれるまでその場でひたすら待ち続けなければならない。

政府が発表したトラックドライバーが強いられる荷待ち時間の平均は1.5時間。しかし、現場に言わせれば「1.5時間は優秀」「半日待たされるとかザラ」で、筆者がこれまで取材してきた中で最も長いケースは、21時間半だ。現在、多くの現場でこの荷待ち料が発生していない。

そんな現状とは裏腹に、去年発表されたアンケートでは施行まで1年というタイミングになっても、自社に来ているトラックがどのくらい荷待ちをしているか把握している荷主の割合は、発荷主で16.7%、着荷主になると12.7%にしか達していない 。

苦行に近い「待たせ方」の大問題

現在、国はこの荷待ちの時間を短くすべくようやく動き始め、改善しない一定規模以上の荷主に対して最大100万円の罰金を科すなどの方針を打ち出した。しかし、現場においてこの「荷待ち時間の“長さ”」以上に改善すべきだと強く思うのは、その“待たせ方”だ。

ドライバーはその多くの荷待ち現場において待機所も用意されず、「呼ばれたらすぐに入れるところで待っているように」と指示される。

呼ばれてすぐに入庫できる場所は、もはや路上しかない。前のトラックが進めば自分も詰めなければならず、仮眠を取って待機していることもできないうえ、路上には当然トイレもない。そのため、トイレに行く回数を減らすべく、摂取する水分を減らすドライバーもいる。

真夏でも「近所迷惑になる」「排ガスを抑えるように」とアイドリングストップさせられるドライバーのなかには、暑さに耐えかねてクルマの下にもぐって待機する人までいる。

実質的に「路上駐車」を強要されるにもかかわらず、駐車違反で取り締まられるのも、「マナーが悪い」と後ろ指を指されるのもトラックドライバーなのだ。

こうした彼らの労働実態に目を向けず、荷待ちの時間ばかりを改善しようとするのは、やはりドライバーの労働環境の改善よりも、「荷待ち時間が長いと荷物が運べなくなる」ことを懸念しているからなのでは、と思えてならないのだ。

「働き方改革」が現場に合っていないと感じるのは、これだけではない。そもそも全国の職業ドライバーを一律「時間外労働960時間」で縛ること自体、理にかなっていない。

日本は縦に長い国だ。それも、都会と地方の人口比率の差が非常に大きい。人口に差があれば、必然的に都会と地方に運ぶ物量にも差が出てくる。

なかでも問題意識が高く、筆者のもとにくる講演依頼で最も多いのが「東北地方」だ。東京や大阪などの都市部周辺で地場配送をする運送事業者と、東北から鮮度が求められる野菜や魚を長距離輸送する運送事業者では、抱えている問題がまったく違う。運送業界は、その運ぶモノや地域によっても完全な「異業種」なのである。

多様化すべきは運ぶ手段ではない

現在までの物流は、ドライバーたちの「トラック好き」に甘えてきた。過酷な環境や理不尽な現場でも、彼らのトラックへの愛情によって物流は支えられてきたのだ。

働き方改革は、そんな疲弊したドライバーの「労働環境を改善する」ためのものではなかったか。労働時間短縮で下がった賃金を、本業終業後さらに体を酷使して補填させたり、ドライバーから、大好きな仕事の現場を奪ったりすることが「働き方改革」なのだろうか。

国が打ち出す2024年問題の解決策は、外国人労働者や女性トラックドライバーの受け入れ、モーダルシフトに自動運転車の開発にと、枚挙にいとまがない。が、これは「運び方改革」ではなく「働き方改革」である。本来多様化すべきは「荷物を運ぶ手段」ではなく、「ドライバーの働き方」ではないのか。

労働時間だけ短くすればいい、人材が足りなければよそから連れてくればいい、機械化すればいい、とするのではなく、地域差や輸送距離、運ぶモノに合わせ、今いるドライバーの働き方を多様化し、働きやすい環境を作らなければ、新しい人材どころか、現在いるドライバーすら失うことになりかねない。

「持続可能な物流」というのは、そういうことを言うのだと、現場を見続けて強く思う。


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(橋本 愛喜 : フリーライター)