第2シーズンの製作が進められている『イカゲーム』(写真:Netflix

2021年9月にNetflixで配信されるや否や、韓国発のドラマシリーズ『イカゲーム』は全世界で爆発的にヒットした。最初の28日に視聴された時間は16億時間で、Netflixの歴史で過去最高。その記録は現在も破られていない。

シリーズはプライムタイム・エミー賞、放送映画批評家協会賞などにノミネートされ、主演男優のイ・ジョンジェと助演女優のチョン・ホヨンは栄誉ある全米映画俳優組合賞を受賞している。このドラマに想を得て製作されたリアリティ番組は、今年秋にNetflixで配信開始の予定だ。

このシリーズのおかげで、Netflixの企業価値は9億ドルも上昇したとされる。しかし、驚いたことに、クリエーターで監督、脚本家のファン・ドンヒョクは、その恩恵をまるで受けていないというのだ。

「Los Angeles Times」が報じるところによれば、ファンが稼いだのは「なんとか食べていける程度」の額とのこと。それというのも、最初に彼は、この作品の知的所有権も、レジデュアルも放棄するという契約書に署名してしまったからだ。

レジデュアルとは、作品がテレビ放映されたり、DVDになったりするたびに監督、脚本家、俳優に支払われる再使用料。浮き沈みが激しく、仕事がない時期もあるこれらの職業に就く人たちにとっては命綱だ。収益を正しく配分するための手段でもあり、過去に監督、脚本家、俳優たちが、全米映画テレビ製作者団体(AMPTP)と交渉して勝ち取ったものである。

悪い条件をのんでしまった

Netflixがオリジナル作品製作に足を踏み入れたのは2013年で、彼らは最初、このシステムの蚊帳の外であり、レジデュアルを払わなかった。今では事前に決められた額をレジデュアルとして上乗せする形を取るようになっている。

しかし、ハリウッドの外にいて事情がよくわかっていなかった韓国人のファンは、悪い条件を提示されても、承諾してしまったのだろう。韓国のテレビ局に10年も売り込んできては断られてきただけに、やっと受け入れてくれたという純粋な感謝の気持ちもあったと思われる。無名だったシルヴェスタ・スタローンが『ロッキー』の脚本を売った時、作品の権利まで売ってしまって、今、非常に後悔しているのと同じことだ。

ただし、第2シーズンを作るにおいて、Netflixはファンに良い条件を提示してくれたという。それも当然だ。今回は当たるとわかっているのだから、ファンの立場は強い。

第1シーズンは(そもそも、ファンは、第2シーズンを作ることすら考えていなかったのだが)、Netflixが、海のものとも山のものともつかない作品に1話あたり240万ドル(約3億4700万円)という、アジアの相場にしては潤沢だがハリウッドではそうでもない妥当な製作費を出してあげるというリスクを負ってあげたという立ち位置だった(Netflixの『グレイマン』と『レッド・ノーティス』の製作費はそれぞれ2億ドル。『イカゲーム』は9話全部合わせても、これら2時間の映画の10分の1しかかかっていない)。

逆に、第2シーズンは、Netflixが是非とも作ってもらいたかったものだ。レジデュアルと著作権についても、ファンとNetflixは話し合いをしているらしい。


『イカゲーム』監督、脚本家のファン・ドンヒョク(写真:REX/アフロ)

だが、ファンのような立場にまだ行き着けていない韓国のクリエイターらは、ファンが最初に経験したのと同じことを経験させられている。『イカゲーム』の大ヒット以来、Netflixは海外での製作により力を入れ始め、とりわけ韓国を重視するようになった。アメリカでNetflixの最初の画面を開くと、「K-dramas」がカテゴリーとして出てくる。

自分の構想を売り込んで、作らせてもらえる可能性が増えたのは、作り手にとって嬉しいこと。それに、韓国のテレビ局で作るのと違い、Netflixの場合は、世界中の人に見てもらえる。なにせ、国際市場なのだ。だからといって、現場での環境やギャラもそうかといえば、違う。そこがジレンマなのである。

Netflixは、製作費を出せば、後は丸投げ。ハリウッドのスタッフ、キャスト、クルーで作る作品では組合のルールが適用され、労働時間が長くなればクルーに規定の残業代が払われる。しかし、韓国のスタッフ、キャスト、クルーはハリウッドの組合に入っていないので関係がなく、ブラックな環境での仕事を強いられる。

AMPTPとの契約があるハリウッドの監督、脚本家、俳優の組合に所属する人々と違って、レジデュアルも自動的には入ってこない。ファンはNetflixに見せられた契約書に文句を言わなかったが、その時、勇気を持ってレジデュアルの条件を入れてくれと言うことは不可能ではなかっただろう。しかし、その要求をしたせいで企画が却下されることを恐れる無名のクリエイターは多いのではないか。

超大物を除く脚本家の収入が減少

これは、今、なぜハリウッドで脚本家のストライキが起きているのかという事情と通じるところがたくさんある。このストライキは「Netflixストライキ」とも呼ばれるように、安く使えるところは安く使おうとするNetflixがオリジナルコンテンツ製作に参入したことで、超大物を除いて、脚本家の収入が減ってしまったことに異議を唱えるものだ。

ギリギリの人数、ギリギリの日数で脚本を書かせて使い捨てにするのではなく、伝統的なテレビの世界がそうだったように、撮影現場や編集室にも行かせてもらって経験を積み、キャリアアップにつながるようにしたい。また、自分がかかわった作品が大ヒットしたならば、それに応じてレジデュアルにもボーナスをプラスし、収益を分配してほしい。脚本家たちは、そういうことを要求しているのである。

Netflixをはじめとする配信会社は、これらの問題を頑なに拒否し、今も交渉は決裂したまま。お膝元でもこんな状況なので、海外のクリエイターのことなど、彼らは心配もしていないだろう。

彼らも収益を出すことへの強いプレッシャーを感じ、社員のレイオフをしている状況にあるのはわかる。しかし、作り手をお粗末にし続ければ、回り回って業界の将来に影響する。広く、長い視野で、何がフェアなのかを、今一度考えてもらうことを望むばかりだ。

(猿渡 由紀 : L.A.在住映画ジャーナリスト)