デジタルツインやメタバースというキーワードが報道の現場では踊り、トレンドとなっている。どちらも仮想空間に関する技術なので、バーチャル空間に馴染みがなければ懐疑的な読者も多いだろう。
では、「Project PLATEAU」(プラトー)はご存じだろうか。国土交通省が主導する2020年度からスタートしたプロジェクトで、スマートシティや街づくりのデジタルトランスフォーメーションを進めるため、現実の都市をサイバー空間に再現する3D都市モデルをオープンデータ化(無料で公開)するものだ。既に56都市のデータが公開されている。
「Project PLATEAU」の公式サイト
より。「Project PLATEAU」は国土交通省が主導する、日本全国の3D都市モデルの整備・活用・オープンデータ化プロジェクト
●「Project PLATEAU」(プラトー)とは
プラトーは、3D都市モデルをオープン化し、誰でも無料で使えるようにすることで、「Society 5.0」や「デジタルツイン」実現のためのデジタル・インフラとなる役割を果たす。東京や大阪、京都など全国56都市の3D都市モデルが既に公開されていて、企業がデータを活用するための素地は用意されている(56都市のリスト G空間情報センター
)。すなわち「デジタルツインなんてまだ先の話でしょ?」なんてスルーしていると、国家戦略レベルで進む街の「デジタルツイン」の波に乗り遅れ兼ねない。
●2022年度「プラトー」16社のユースケース
2022年度の公募では、このプロジェクトに参画する企業16社が既に決まっている。この16事業者がデジタルツインを先んじてビジネスに活用しようと乗り出した企業というわけだ。そしてそのハンドリングをアクセンチュアが担っている。
先の2022年度に参画している企業とそのカテゴリー、ユースケースを見て、どのような取り組みが行われているかチェックしてみようアクセンチュアは一昨年度からプラトーを推進するため、企業のマッチングを含めたユースケース開発とそのマネジメント、コンセプトの立案、実証実験の立ち上げ、進行のサポートなどに携わってきた。では、「デジタルツイン」とは具体的にはどのようなものか?「Project PLATEAU」は、どんなビジネスチャンスを秘めていて、参画している企業はどのような取り組みを始めているのか、アクセンチュアに聞いた。
左が、アクセンチュア株式会社 ビジネス コンサルティング本部 ストラテジーグループ マネジング・ディレクター 藤井 篤之氏、右が同ビジネス コンサルティング本部 テクノロジーストラテジー&アドバイザリーグループ テクノロジー戦略 プラクティス マネジャー 増田 暁仁氏
●デジタルツインが生み出すメリットとは
「デジタルツイン」とは、リアルの街の測量データを素にそのままコンピュータの仮想空間上に再現すること。リアルの世界(フィジカル空間)とほぼ同じ環境の仮想空間上で、データ分析、シミュレーション、あるいは自動運転やドローンなどのモビリティの開発、エンタテインメントなど、幅広い用途で活用することができる。
そこでフィジカル空間とほぼ同じ環境のデジタル空間を創造するためのデータが必要になるが、「デジタル上の地図」を提供するなら国土交通省の役割と受け止めて、オープンデータとして提供することになった、それが「Project PLATEAU」だ。
編集部
街づくりのデジタルツインが注目されている理由を教えてくださいアクセンチュア
DX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されていて、デジタルツインは街づくりのDXのひとつで、デジタルツインによって新しいビジネスチャンスが生まれています。例えば下図のように、従来から街づくりに関連してきた企業や組織と言えば、自治体、不動産デベロッパー、設計会社、地質調査、測量、ゼネコン、商業施設等でしたが、DXによって都市計画や設計のデジタルソリューション企業、都市OSやそれに付随したソフト開発会社、衛星やドローン測量、3Dモデリング、自動運転やロボット開発会社、ARやVRなどのバーチャル技術を持った会社など、様々な企業が都市開発や街と関わるビジネスに新規参入するチャンスが生まれています。そして多くのデジタルツイン参画企業は、目先の利益追求だけでなく、長い目で見た新規事業開発として捉えています。
街づくりのDXによって、今までにないビジネスが生まれ、プレイヤーの新規参入が期待できる編集部
なるほど。御社は「Project PLATEAU」のハンドリングをしていますが、プラトーの特徴を教えてください。アクセンチュア
「Project PLATEAU」は都市空間そのものをデータ化する3D都市空間情報プラットフォームです。単なる都市のデジタイズではなく、3D都市モデルによる「街づくりのDX」を目指しています。
リアルの都市空間をデジタル上で構築し、デジタル上のシミュレーションやコンテンツをリアル空間へフィードバックする相互連携によって大きなメリットが生まれる3D都市モデルを提供する価値は大きく分けて3つあります。「ビジュアライズ(視覚性)」「シミュレーション(再現性)」「インタラクティブ(双方向性)」です。
「ビジュアライズ:
」は3D都市モデルによって都市空間が立体的に視認できるようになり、説明力や説得力が向上することです。「シミュレーション:
」は高精度な3Dモデルのバーチャル空間のメリットでは、リアル社会では難しい実験やシミュレーションができて、データが取れることです。また、機械の制御やコントロールもできます。「インタラクティブ:
」はリアルとバーチャルの空間が相互に情報を交換し、作用し合うためのプラットフォームを提供します。
不動産業に「ビジュアライズ」を活用した例では、駅から物件までの道のりをバーチャル空間でリアルに疑似体験でき、道中のコンビニの場所や危険な箇所等の有無をビジュアルで解りやすく確認することができる。また、エンタメでは渋谷や銀座の上空を飛んだり、海岸線のドライブをバーチャル空間で楽しむこともできる。都市部ではドローンの飛行は簡単にはできないが、バーチャル空間上ではいつでも「シミュレーション」できて、太陽の位置や悪天候による飛行の影響も実験できる。その結果を機能や自律飛行の開発に活かすことで双方向性のメリットも生まれる。また、海外事例では通信会社のエリクソンが5Gの電波が街並みのどこに届いていないかをデジタルツイン上で確認し、基地局の設置やサービスの充実に活かしていることも知られている。
●デジタルツインの活用事例
アクセンチュア
必ずしも「Project PLATEAU」の事例ではありませんが、既に先行して街のデジタルツインに取り組んでいる企業の例をいくつか見ていただくと解りやすいと思います。CGコンテンツ制作企業の積木製作が不動産業に活用した事例では、物件の提案や紹介をする際に、従来のCGパースだけでなく、動画やVRウォークスルー、眺望シミュレーションなどのコンテンツを制作しています。
韓国のMORAIは自動運転のシミュレーションとAI学習にデジタルツインを活用しています。実在しない都市でのシミュレーションより、デジタルツイン技術で再現した実在の韓国20都市以上で自動運転の実験を行う方が有効ということで、大規模なプラットフォームを構築している例です。
いま話題の「コモングラウンド」の取り組みも始まっています。コモングラウンドリビングラボの運営委員会では、竹中工務店、日立製作所、三菱総研なども参画しています。リアル空間とバーチャル空間の間にロボットが日常的に見る共通基盤「コモングラウンド」を作り、ロボットが見る世界をデジタル空間側で共通的に定義し、遠隔操作や自律走行を支援するしくみです。プラトーにもメタデータを配置する機能があるので、「コモングラウンド」の構築にも有効と考えています。
次は竹中工務店のプラトーでの事例です。大阪をデジタルツインで再現し、大型の工事車両の通行をシミュレーションして、通行や回避して最適なルートを導出しています。大型車両は一般の道路でも曲がれない箇所や、進入すると危険な箇所、学校の周辺など、実際には通行できるルートに制限があるためです。また、工事車両の台数や車種による騒音のシミュレーションで分析しています。
●都市のデジタルツインとメタバース
編集部
B2Cではエンタテインメント分野でも期待されているようですね。都市のデジタルツインとメタバースを連携したような。アクセンチュア
三越伊勢丹、NTTドコモなどが既にプラトーを使ってメタバースとしての取り組みを行っています。三越伊勢丹は新宿をバーチャル空間に再現し、世界中から新宿を楽しめるプラットフォームを構築しています。バーチャル空間の新宿店で店員とコミュニケーションしながらショッピングを実現することで今まで培ってきた百貨店としてのノウハウが活かし、ECにはない魅力を提供できると考えています。百貨店内部の詳細なデータは三越伊勢丹が持っているので高精度にデジタルツイン上で再現できます。また、ショッピングだけでなく散策や待ち合わせなど、新宿で過ごす時間を楽しむ付加価値を提供したいと思えば、プラトーが提供する新宿のデータを使って簡単にデジタル化した街を実現することができます。NTTドコモは銀座エリアの街の魅力と文化をメタバースで発信しつつ、買い物体験も提供しています。
Psychic VR Lab(サイキック)では、東京、大阪、名古屋、札幌、福岡、京都の6都市のデジタルツインの都市空間で拡張現実体験が可能となるプラットフォーム「STYLY」を構築しています。クリエイターのリアルメタバースへ参入を促進し、都市にXRコンテンツが溢れることを目指しています。また、VR空間のように街そのものをバーチャルで構築するだけでなく、リアルな街に広域ARプラットフォームを開発し、景観にコンテンツやキャラクターを重ねるようなコンテンツ管理システムの開発も行っています。
■Real Metaverse Platform「STYLY」:Psychic VR Lab:
MESONと博報堂DYHDによるプラトー活用の事例。リアルの現地ARユーザーと、遠隔地からアクセスしているVRユーザーが自然にコミュニケーションできるこのプロジェクトは地域活性化や観光促進コンテンツとしてプラトーを活用したものだが、新しい体験を生み出すものとして今後も話題作りのトリガーになりそうだ。また、街並みとARデジタル広告の表示を組み合わせたビジネスやマネタイズも期待できる(権利面での検討などが今後行われていく準備段階にある)。
●メタバースの可能性から目を背けるべきではない
アクセンチュアは、メタバース市場が右肩上がりで伸びると予想している。
活用方法によってはデジタル空間の可能性はとても大きい。例えば、筆者はたまに講演を行っているが、フィジカル空間ではせいぜい最大で100人程度収容の会場が多い。しかし、コロナ禍でオンライン講演になってからの観客数は500〜800人規模で開催していて、リアルの限界をやすやすと超えていることがわかる。もっとグローバルの視点では、Epic Gamesが開催したTravis Scottのバーチャルライブに集まった観客は全世界規模でなんと1230万人超。売上はわずか9分間で2000万ドルに達したという。デジタルネイティブ世代にとっては、リアルとバーチャルの世界に境界がないことの方が、むしろ自然なのかもしれない。
●デジタル都市モデルの課題
ここまで、デジタルツイン、プラトー、メタバースについて解説してきたが、それぞれがどのようなものかが概ね理解してもらえたと思う。プラトーに限らず、デジタル ツインやメタバースは黎明期にあり、成長していくための今後の課題もある。例えば、プラトーから提供されるデータは航空測量で生成された3Dモデルだ。街の景観の3Dモデル化によってもたらされるメリットは膨大だが、一方で更に地下鉄や地下道などの地下空間、ビル内部の情報などを都市情報として組み込みたいというニーズもあるだろう。地下鉄のデータは別途オープンデータとして公開されているものの、プラトーとして一元化されたデータとして提供される方が望ましい。また、ビルひとつひとつ、内部のBIMデータは建築・施工会社が持っていて、これはセキュリティ上なかなかオープンにはならない。例えば、屋外と屋内を行き来するロボットを開発する場合、屋外や行動、歩道はプラトーのデータを使って自律運転システムを学習させることができるが、建物内の自律運転はデータがないので難しい。自社や関連企業が保有・管理する建物であれば、BIMデータを組み合わせて屋内の走行に活用するなど、工夫しつつ利用の範囲を広げていく必要がある。課題はあるものの、それでもプラトーが提供する3D都市モデルは現時点でビジネス活用に有効であり、それらの課題とは今後、折り合いを付けながら活用が検討されていくだろう。
アクセンチュアはプラトーについて、ユースケースやビジネスマッチング等を支援する活動をおこなっている。デジタルツイン、メタバース、プラトーに興味があれば、相談してみても良いだろう。
■PLATEAU Concept Film: