■欧州に引きずられる形で脱炭素を菅政権が掲げたツケ

5月14日、梶山弘志経済産業相は閣議後の記者会見で「今夏の電力需給が全国的にここ数年で最も厳しくなる」と述べた。これを受けて、新電力各社の間からは「大手電力が巻き返しか」との声が相次いで漏れた。

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原発の新増設などに取り組むことを促す提言書を梶山弘志経済産業相(右から2番目)に提出する「電力安定供給推進議員連盟」の細田博之会長(同3番目)ら=2021年4月23日、東京都千代田区 - 写真=時事通信フォト

経産省によると、電力の供給力の余裕度を示す予備率は北海道と沖縄を除くエリアで7月に3.7%、8月は3.8%を見込んでいる。安定供給には最低でも3%が必要なことを考えると、需給面でギリギリの水準となる。

東京電力福島第一原子力発電所の事故直後には全国の原発が止まり、予備率がマイナスになったこともあるが、それを除けば今夏の予備率はここ数年で最も低い。さらに今年の冬は、夏以上に厳しくなる恐れもある。

こうした状況について、大手電力の中からは「年明けの時期にもかなり電力は逼迫(ひっぱく)した。その混乱を未然に防ぐ意味での大臣の表明かもしれないが、乗り切れるかどうか不安だ」との声が漏れる。その一方、「日本のエネルギーの現状をしっかり見極めないなかで欧州に引きずられる形で脱炭素を菅政権が掲げたツケが回ってきた」と冷めた見方もある。

■特に懸念されるのが「LNG不足」の再来

今夏や次の冬の電力不足の原因は大手電力が火力発電所の休廃止が相次いで進み、電力の供給力が落ちているからだ。新電力の中では「電力の供給力を上げるためには『やはり原発が必要だ』という世論を誘導するためではないのか」といぶかしむ向きも多い。

実際、足元の卸電力市場の取引価格は再び上昇してきている。日本卸電力取引所(JEPX)で毎日取引するスポット価格(24時間平均)は5月の平均が1キロワット時7円前後で推移。20年5月の月間平均値である4円台に比べ6割ほど高い。

スポット価格は1月に寒波の襲来と発電燃料の不足で150円超まで急騰した。その後、2〜3月は前年同期に近い水準に戻ったが、足元で再び上げ足を速めている。企業活動が回復してきたのと、火力発電の燃料となる液化天然ガス(LNG)の在庫も減ってきているからだ。

特に懸念されるのがこの冬に問題になったLNG不足の再来だ。コロナ感染で大手電力はLNGの在庫を絞ってきた。そこに寒波が到来して電力の需要が急騰したために電力不足が生じたわけだが、もう一つ、LNGを巡っては不安材料が持ち上がってきた。東南アジアでのLNG需要の高まりだ。

■フィリピン、タイ、ベトナムがLNG輸入を拡大中

フィリピンでは同国電力大手のファーストジェンが来年の初輸入に向けて、6月に基幹設備の建設を開始した。同国唯一のマランパヤのガス田は27年にも枯渇すると推定され、発電量の2割を占める天然ガス火力発電が立ち行かなくなる可能性が高まっている。同国の電力需要は40年まで年5%以上増加する見通しだ。

タイやベトナムでもLNGの調達拡大が進む。タイは民間企業へのLNG輸入が20年に解禁された。これまで国営エネルギー会社のタイ石油公社(PTT)が独占してきたが、民間電力大手のガルフ・エナジー・デベロップメントや財閥Bグリム系の企業にもLNGの取引免許が与えられた。タイもフィリピンと同様、国産の天然ガスが枯渇傾向にある。このため、11年から始めたLNG輸入を37年に約320億立方メートルと18年の6倍超に増やす計画だ。

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まだ輸入実績がないベトナムでも、国営石油最大手のペトロベトナムグループが南部のバリアブンタウ省で22年にもLNG基地を稼働させるなど、約10カ所で基地プロジェクトが進行中だ。

■新電力を経営破綻に追い込んだ「電力不足での料金高騰」

自国でのLNG枯渇に加え、脱炭素の世界的な流れも東南アジア各国がLNGの調達を急がせている。石炭火力に比べて二酸化炭素(CO2)の排出量の低減につながる天然ガスの活用は重みを増している。石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)によると、20年の世界のLNG需要のうち東南アジアは5%程度だったが、30年には13%程度まで伸び、世界の需要を牽引するという。現在、世界需要の約2割を占める日本や、急速に調達を増やす中国にとっても無視できない存在になる。

LNG争奪戦の過熱でスポット価格がまた高騰するようだと、自前の電源を持たない新電力は、経営への打撃が再び深刻化する。通常、暖房不需要期となる5月は余ったLNGを消費する期間だが、「今年は電力余剰が少なく、余ったLNGを使ってつくる安値の電気の入札がかなり減っている」と経産省は警戒する。

新電力は今年に入り、3月に大手の一角を占めるF-Power(エフパワー)が経営破綻した。東京地裁に会社更生法適用を申請、負債総額は464億円(帝国データバンク)で今年最大の倒産案件となった。低料金を武器に18年4月には販売電力量で新電力首位に立ち、売り上げも1000億円を超えた。

しかし、急成長の半面、自前電源だけでは需要に追いつかず、電力卸市場からの調達を拡大していったのがあだとなった。調達できなかった電力分を大手電力に穴埋めしてもらったかわりに支払う200億円にも及ぶインバランス料金が発生。折からの電力不足による料金高騰で通常の10倍を超える支払いを迫られ、破綻に追い込まれた。

■自前の電源を持たない新電力の破綻は止まらない

さらに、新電力ベンチャーのパネイルも5月に東京地裁に民事再生法の適用を申請した。主力の電力小売事業で安値受注を続け、収益が悪化していた。AIを活用した電力管理システムの開発計画を打ち出し、大企業との提携にも乗り出していたが、実現できずに経営が行き詰まった。

16年の電力小売り全面自由化以降、大手電力以外の異業種から参入した新電力の事業者は約700社に増えた。新電力の販売電力量は全体の約2割まで占めるまでになった。自由化による電気料金引き下げを目指してきた政府だが、今夏や冬の電力が再び逼迫し、卸価格が高騰すれば自前の電源を持たない新電力の破綻は止まらないだろう。

経産省もインバランス料金の上限や分割支払いなどを導入して新電力の経営を支援しているが、「過去の安売り合戦で新電力各社の体力はかなり奪われている」(新電力幹部)との声は多く、予断を許さない。

大手電力の経営も厳しい。この年明けの電力不足への対応のために高騰したLNGの調達を余儀なくされたため、電力大手各社の前期の業績は大幅な減益となった。ライバルの大阪ガスからLNGの「おすそ分け」を受けた関西電力はようやく稼ぎ頭の原発の再稼働にこぎつけたが、多くの大手ではまだ多くが止まったままだ。

特にこれから迎える冬にかけて予備率が3%を切るともいわれている東電は、柏崎刈羽原発での相次ぐ不祥事で、原発再稼働に向けて動きづらい状況が続いている。

■アマゾンのデータセンター7つで、消費電力は原発1基分

LNGの値上がりによる発電コストの上昇や原発の停止など利益がそがれる中、大手電力が再エネに充てる余裕はなくなってきている。その間隙を縫うように、再生エネルギーの分野では米アマゾン・ドット・コムは大手商社などと組んで、日本国内に独自の発電所を建設することを検討している。

アマゾンは日本にある自社のデータセンター向けに独自に発電所を建設する計画を進めている。太陽光や洋上風力で得た再生エネルギーをアマゾンのデータセンターに供給する。すでに複数の商社に発電所建設を持ち掛け、協議している。

アマゾンの計画ではこの独自発電所の最大発電能力は数十万キロワット。大型データセンターは1カ所で原子力発電所の10分の1にあたる10万キロワットの電力を消費する。アマゾンは国内に7カ所のデータセンターを持つが、すべて再生エネで賄うとすると、原発1基分に相当する規模になる。

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東京電力など大手電力にとってみれば、有数の大口需要家であるアマゾン向けの電力供給契約は喉から手が出るほど欲しいところだ。しかし、今、大手電力にアマゾン専用の大規模の再生エネ発電所を建設する余裕はない。

アマゾンは水面下で東電などと交渉していたが、ガス火力や原発の再稼働を見込む中で、東電など大手電力の再エネへの取り組みは遅れている。「東電の煮え切らない態度にしびれを切らしたアマゾンが大手商社に持ち込んで入札となった」(大手投資銀行幹部)という。

仮に大手商社がアマゾンからの受注を獲得すれば、東電など大手電力の取引先はまた一つ減ることになる。

■洋上風力発電は規模に勝る欧州勢の草刈り場になる恐れ

ここにきてトヨタ自動車が取引先の部品メーカーに対して、再エネ活用による脱炭素の取り組みを要請するなど、大口需要家が再エネへのシフトを急いでいる。この受注合戦に乗り遅れるようだと、大手電力はいよいよ原発の再稼働に頼らざるを得なくなる。

政府はこの夏に中期の電源構成を決めるエネルギー基本計画を打ち出す予定だ。2030年の再生エネの比率を現在の18%(19年度)から30%台後半まで引き上げる見通しだが、自由化で期待した新電力は退潮の一途だ。

再エネで有望視される洋上風力発電も規模に勝る欧州勢の草刈り場になりそうだ。再エネを系統電力網に流す規制が不完全な状態にしたまま進めた自由化の中で、脱炭素政策を掲げたことで電力業界は混迷の度を深めている。

こうした状況下でアマゾンが日本の電力市場に進出すれば、インパクトは強烈だろう。東日本大震災以降、原発を含めたエネルギー問題を放置してきた政治の不作為のツケはあまりにも大きい。

(プレジデントオンライン編集部)