7月にテレビでも紹介されるなど世間をにぎわせた「ポテサラおじさん」。一体なぜ日本では、母親への要求が高いのか? (写真:Table-K/PIXTA)

今年4月、札幌で子どもを連れて道を歩いていた妊娠7か月の女性が、後ろから歩いてきた50代の男に足でお腹を蹴られる事件がありました。都内でもマタニティーマークをつけた妊婦さんがホームで体当たりをされ、すれ違い様に暴言を吐かれるということが発生しており、私の周辺でも「最近、妊婦さんに強く当たる人が多い」という話を聞きます。

また、先月8日、惣菜コーナーで高齢の男性が子連れ女性に対して「母親ならポテトサラダくらい作ったらどうだ」と言い放ち、そのまま立ち去った様子について書いたツイッターが10万リツイートを超え、その後、テレビなどでも取り上げられるなど大きな注目を集めました。

なぜ日本では妊婦や子連れ女性をターゲットとした嫌がらせが後を絶たないのでしょうか。

ちょっと残念な「ポテトサラダ論争」

惣菜コーナーでの出来事についてメディアやSNSで議論となった際、「ポテトサラダを手作りするのは意外と手間暇がかかる」「労力を考えると市販のポテトサラダを買ったほうが安上がり」「市販のもののほうが美味しい」「いや、手作りのポテトサラダのほうが美味しい」など様々な意見が出ました。

ただ最後までポテトサラダという「食べ物」を中心に語られていたこと、そして論争が「お母さん」がポテトサラダを作るべきか否かに終始していたのはちょっと残念でした。

考えてみれば、これだけ選択肢が多い今の世の中、ポテトサラダを手作りしようが、市販のポテトサラダを買おうが自由なはず。それを認めようとせず、市販のポテトサラダを買おうとする子連れ女性に対して「ひとこと言ってやりたい」中高年の男性の加害性については、あまり問題視されていなように見えました。

今回の件に限らず、日本の中高年男性が怒りっぽくなっていることはメディアでもたびたび取り上げられてきました。彼らが特に「自分よりも若い女性」に対して暴走しがちなのは、日本の社会が女性、とくに「お母さん」に対して多くを求めがちな一方で、彼女たちを低く見てきた結果ではないでしょうか。

世界経済フォーラム(WEF)が昨年公表した「ジェンダー・ギャップ(男女格差)リポート」によれば、日本は153カ国中121位。一昨年は110位で順位を11位も落としたことから、女性たちを低く見る状況は明らかです。前述の「ポテサラおじさん」のように、自分の期待通りの行いをしない母親を見かけたら、それを批難する男性が出てくるのも日本では自然なことなのかもしれません。

ハードルが高すぎる「お母さん」という仕事

日本の社会は「お母さん」に対してあれこれと色んなことを求めがちです。たとえば、お弁当について。朝5時に起床してお弁当を作るお母さんは沢山いますが、「5時に起きてお弁当を作るなんて偉い」という声がある一方で、「母親なんだからそれぐらいは当たり前」という見方も幅を利かせています。

さらに、ただ作ればよいというものではなく、冷凍食品を使うのはよくないだとか、子どもが喜ぶようなお弁当(つまり「キャラ弁」)でなければいけないなど、お母さんへの要求は実に細かいです。

3人の子どもを育てる友人女性は、よくFacebookにキャラ弁の写真をアップしています。サッカーのワールドカップの時期には海苔を使っておにぎりをサッカーボール風にしてみたり、クリスマスシーズンにはブロッコリーでクリスマスツリーを作ったり、コロナ禍の今はキティちゃん風のおにぎりの口もとに長方形のチーズをのせてマスクをしているように見せたりと、とにかく凝っています。見ているこちらは楽しませてもらっていますが、こういったことを日常的に求められている日本のお母さんは本当に大変だなとも思います。

「手作り」が求められるのはお弁当に限ったことではありません。以前、知人女性が「娘が私立に行っているんだけど、学校の決まりで母親のお手製の布バッグを作らなくてはいけなくて。私、お裁縫が苦手なものだから、業者に頼んだんだけど、(業者の)タグがついたまま娘が学校に持って行っちゃって、お手製でないのが学校にバレて大変だったのよ〜」と語っていました。

彼女は笑い話のように話していて、私もつい笑ってしまったのですが、よく考えてみたら、「母親がお手製のカバンを作ること」を学校側が勝手に決め、それに違反すると「母親が学校からお叱りを受ける」というのも、かなり変な話です。

いきなりですがドイツの主食はジャガイモです。そのためジャガイモ料理のバリエーションは豊富で、もちろんポテトサラダもあります。日本のようなマヨネーズを使ったものではなく、お酢を使ったものが主流です。かといって家で常にポテトサラダを常備していなければいけないということはなく、当然「お母さんならポテトサラダを作れ」というような説教も聞いたことはありません。

また、ドイツのもう一つの主食としてパンがあります。筆者は日本に住んで20年経ちますが、面白いのは日本の女性によく「やっぱりパンは手作りするのですか」と聞かれることです。

確かに日本ではパンを手作りすることが流行っていて、自宅用のパン焼き器も発売されているぐらいです。ところが毎日パンを食べるドイツでは「パンはパン屋さんで買うもの」であり、自宅でパン作りをする女性は少ないのです。

パンが主食であるドイツの女性よりも、パンが主食ではない日本の女性のほうがパン作りに凝っているのはなかなか興味深い話です。もしかすると「女性は何でも手作りをするのがよいことだ」という考えが日本には根付いているのかもしれません。

ドイツの母親は「手作り弁当」に悩まない

そんなドイツですから、当然子どもが外で食べるものに関しても、日本でいう「手作り」のものはありません。

そもそもドイツには「お弁当」という概念はありません。お昼になると、子どもたちはPausenbrot(パウゼンブロート、「休み時間のパン」という意味)を食べます。ハムやサラミを挟んだサンドイッチを持たせる場合もあれば、子どもの健康を考えて密閉容器を持たせる親もいます。そして気になる密閉容器の中身は……バナナとリンゴです。リンゴは4分の1ぐらいの大きさに切りますが、バナナはそのまま入れますし、子ども用に果物をかわいくアレンジしたり細かく切ったりはしません。

日本人からすると味気なく見えるかもしれません。ですが、ドイツでは歯の健康を考えて細かく切らずに「まるごと」が常識です。

冒頭で紹介した事件のように、妊婦をターゲットとした嫌がらせや暴力行為が後を絶たないため、日本ではマタニティーマークをつけることに不安を抱いている妊婦も多いようです。

ドイツはというと、実はマタニティーマークがありません。これは決して妊婦に冷たい社会というわけではありません。

電車やバスなどの公共交通機関で妊婦だとわかれば、女性も男性も積極的に席を譲ります。そうはいってもパッと見て妊婦であるか否かの判断が難しいのはドイツも同じです。ではマタニティーマークのないドイツではどうしているのかというと、妊婦が自ら座っている人に話しかけます。

「妊娠しているのですが、すみませんが譲ってもらえませんか?」と。筆者もミュンヘンの地下鉄で何回かこの光景を見ましたが、言われたほうは“Aber natürlich!(「もちろんです!」)”と満面の笑顔で席を立つので、見ていてほのぼのとします。

子育て女性にもっと優しくしませんか?

日本の感覚だと、女性自ら「私妊娠しているので、席を譲ってもらえませんか?」と話しかけるのは違和感があるかもしれませんが、ドイツはもともと公共交通機関などで知らない人同士で会話をするのはごく普通のことですし、困った時に知らない人に声をかけることも普通です。

そういった背景があるため、ドイツではマタニティーマークの需要はなく、それよりも「会話」が重視されています。妊婦さんに限らず、何かをしてほしい時は、自分の口で述べて会話をすべきだ、というのがドイツ社会のコンセンサスなのです。

今の日本は「子育ては女の仕事」だと考える人が多い一方で、実際に子育てをする女性はきつく当たられるという何とも理不尽な社会です。子を持つ女性だって同じ人間である――そのコンセンサスが日本社会で欠如していることが冒頭の事件のような暴走中年やポテサラおじさんを生み出しているのではないでしょうか。