老後資金をどう準備するのが正解なのか。重要なことは想定外のリスクに備えておくことだ。シニアの読者4人の「お金に関する想定外」を紹介しよう。第1回は「生涯賃貸のつもりが親の介護で住宅ローン」――。(全4回)

■生涯賃貸のつもりが親の介護で住宅ローン

【定年時の貯金額】マイナス1000万円以下

あんな豪邸に暮らす人は、さぞやお金の余裕もあることだろう――。松井さんの自宅は、誰もがうらやむ横浜市内の高級住宅街にある。間取りは6LDK。父親が所有する一戸建てを2000年頃に松井さんが建て替えたものだが、この家こそが人生最大の誤算。老後を脅かす元凶となっている。松井さんは当時をこう振り返る。

松井さん(仮名)63歳、男性、専門商社総務(再雇用)●家族構成/実母、妻、長男(独立)、長女(独立)

「私も妻も家にこだわりがなく、ずっと公団で暮らしていたのですが、父が倒れ、看病に疲れ果てた母から“同居してほしい”と頼まれたのです」

生涯賃貸暮らしのつもりだった松井さんには頭金の蓄えもなく、ほぼ全額を住宅ローンで賄った。豪邸にするつもりはなかったが、当時は2人の子どもが独立前で、それなりの部屋数が必要だった。定年退職時点のローン残高は1600万円。返済は75歳まで続く。固定資産税の負担も重い。

松井さんは、化学系の専門商社を60歳で定年退職し、継続雇用で現在も同じ会社に勤務している。30代で現在の会社に転職し、その後は総務の屋台骨として会社を支えてきた。しかし、55歳を超えると昇給停止。60歳で定年を迎え再雇用されてからは給料が大幅ダウンし、賞与もなくなった。

「年収が半分になったイメージです。実は定年前に転職活動をしていたんです。当時の稼ぎより多い年収600万円以上の総務部長として内定しかけたのですが、最後に話が流れてしまったというようなこともありまして……」

65歳まではこのまま働く予定だが、その後の見通しは立っていない。

■老後をさらに脅かす存在が現れた

退職金もほぼ使い果たしてしまった。中途入社だったため金額がそれほど多くなかったこともあるが、ここでも想定外のことが続いた。

1つは家のリフォームだ。建て替えてからすでに20年近くが経過している。住み続けるにはメンテナンスが必要だ。業者にチェックしてもらい、外壁を中心に補修してもらうことになった。

「最初は軽自動車1台分くらいの費用との話だったのですが、さらに補修が必要な部分が出てきて、結局、高級セダンが買えるくらいの金額になってしまったのです」

ほかに蓄えのない松井さんは退職金を切り崩すしかなかった。

もう1つは長男、長女の結婚だ。

「特に長女ですね。結婚式はもちろん、買い物に連れ出されるたびにいろいろなものをねだられて。結局100万円単位で援助することとなりました」

実は松井さんには、家のローンを完済するために温めていたプランがあった。それは長男に家を譲り、ローンを引き継いでもらう方法だ。しかし、長男は仕事が忙しく、結婚前から自宅に寄り付かなくなり「この先も戻るつもりはない」と宣言されてしまった。

「それでも自宅を売却すれば、ローンを完済してある程度の資金が手元に残りますから、深刻にならずにすみます」

ところが、ここにきて松井さんの老後をさらに脅かす存在が現れた。19年、長男と長女のところにそれぞれ生まれた孫だ。

「孫にこれほどお金がかかるとは思ってもいませんでした」

一緒に出掛けるたびに洋服やおもちゃを買わされると言うが、松井さん自身も喜んで買っている面もある。これまで孫を溺愛する知人の話を聞いてもまったく共感できなかったが、いざ同じ立場になってみると、気持ちは180度変わったと言う。

「いまは、飲み会に誘われても断っています。お酒を控えて孫に使うお金を確保しなければなりませんから」

老後生活のマネープランを考える際には「孫予算」も想定しておいたほうがよさそうだ。

理解ある妻と小さい家への住み換え検討中

(ライター 向山 勇 撮影=岡村隆広)