タワーマンションが林立する武蔵小杉。エリアマネジメントはできているのか(写真:7maru/PIXTA)

従来からの「更新」「刷新」を意味する”2.0現象”がさまざまな業界で起きています。電鉄業界もその例に漏れず、転換期を迎えようとしています。そんな中、私鉄が目指すべきさらなる「未来=3.0」を提言しているのが、東急電鉄の東浦亮典氏。著書『私鉄3.0 沿線人気NO.1・東急電鉄の戦略的ブランディング』でも触れている、街づくりの未来について明かします。

武蔵小杉はかつて京浜工業地帯の一角を担う一大工場地域でした。武蔵小杉が現在のように一気に発展したのは、こうした工場群が事業所統合や海外移転などによりなくなったことで、駅周辺に大規模な空地ができたからです。

そこで川崎市は武蔵小杉を市内の第三都心と位置付け、これらの工場跡地をフックに大きなまちづくり構想を練り上げ、規制緩和してタワーマンションを開発誘導した効果が表れました。

東急は武蔵小杉開発に出遅れた

田園都市線の沿線地域における東急のように、「武蔵小杉を開発したのはこの会社」という企業はありません。いくつもの大手デベロッパーが参入して、それぞれにタワーマンションなどの開発を進めました。1995年に地区内初のタワーマンション「武蔵小杉タワープレイス」が建設されて以降、雨後の竹の子のごとくタワーマンションが林立する街へと変貌を遂げました。


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武蔵小杉がある川崎市中原区は、20年前と比較すると人口増加が顕著です。19万5000人だった人口は25万8000人に。一気に6万3000人も膨れ上がりました。全国で人口減少が問題視されているさなか、短期間でこれだけの人口増を達成している街は他に類を見ないでしょう。

実は東急電鉄はこの武蔵小杉のタワマン開発競争に出遅れてしまい、今のところ2013年に駅上のマンションと商業施設を開発したのみにとどまっています。これは東急電鉄の開発嗅覚の鈍さを露呈してしまったとも言えますが、昔の武蔵小杉の姿を知っていただけに、これほど短期間で今の姿に変わるとは予想しきれなかったとも言えます。

最近では「住みたい街ランキング」で上位にランクインするほどの人気の街に成長した武蔵小杉ですが、一方で問題点も浮き彫りになってきています。

それは、ある程度計画的に造られたとはいえ、各デベロッパーがそれぞれ工場跡地などに計画した開発なので、街が全体最適にはなっておらず、交通動線は急激に増えた人口をさばききれていません。鉄道駅が朝の時間帯大混雑している様子なども報道されていますし、膨大な新住民と古くから住んでいる旧住民がうまく交流できていない、といった課題もあります。


東急の武蔵小杉駅(撮影:梅谷秀司)

全国の自治体でも例がないくらい中原区の人口が増えているのはタワマン効果ですが、地域住民間のつながりが弱く、コミュニティーも希薄です。旧住民からも「これ以上、武蔵小杉にタワマンはいらない」という意見が自治体に出されていますが、偽らざる本音でしょう。

当の川崎市も自らの施策が大成功を収めたものの、想定外の事態に悩んでおり、各デベロッパーを集めて、なんとかエリアマネジメントをやってもらえないかというオファーを重ねてきました。

しかし、そこにたまたま開発用地があるから落下傘のように降りてきたマンションデベロッパーからすると、住戸販売が完了したら当該地域から当然去っていきたいわけで、いつまでもエリアマネジメント活動に付き合う考えは持っていません。

エリアマネジメントが必要だ

昨今、欧米のトレンドの影響もあって、日本でも「エリアマネジメント」という言葉がまちづくりの業界でバズワードになっています。

一言でいえば、民間セクターの団体が「地域の治安を維持するとともに、地域価値を高めていく一連の活動」のことを指します。特定の地域や街区単位で、道路や公園といった公共空間を含めて清掃や警備、修景事業、各種イベントなども行います。

「それは役所あるいは町内会の仕事でしょう?」というのが今までの常識かもしれません。しかし、公共空間を杓子定規に管理すると「みんなの公共空間」だったはずが禁止事項だらけで、「誰のためにもならない公共空間」になってしまうという問題が生じます。

それぞれの地域の実情に合った形で、公共空間の使い方を地域に委ね、もっと多様な使い方ができるように「開いて」いく。副次的には、公共空間の管理コストが下がり、場合によっては公共空間で一定のルールの中で行った収益事業の一部を還元してもらい、ケースによってはまったく税金を投入しなくても公共空間の維持や質的向上が図れる場合もあります。

エリアマネジメントの先進地である欧米では、「BID(Business Improvement District)」という制度が確立されています。BIDとはエリアマネジメントを行う特定のエリアに不動産を所有するオーナーから資金を出してもらって、それをベースに特定のエリアマネジメント団体がワンランク上の街並みづくりや治安維持、イベント展開などを行う制度です。

オーナーにとっては、税金に加えてBIDの負担金が取られるので反対する人もいると思われるかもしれません。しかしこの活動によって地域価値が上がり、さらに居住者、来街者、就業者の増加につながれば、最終的には土地、建物を保有し、商売をしているオーナーの元へと資金が還流するのです。

一般的に特定地域内でこうした活動を行おうとすると、ヒト、モノ、カネ、情報といったあらゆる経営資源に事欠くことがつねです。その中でも資金調達がいちばんの課題となります。残念ながら先立つものがないと、ワンランク上のまちづくりはできません。

30〜40年後に問題噴出か

国内でも「日本版BID」を創設しようという機運が高まっており、国、自治体で議論が活発になっています。2018年6月には地域再生法の改正により、特定地域の3分の2以上の事業者の同意が取得できれば、市町村が活動費用に相当する資金を事業者から徴取して、エリアマネジメント団体に交付することができる「地域再生エリアマネジメント負担金制度」が創設されました。


しかし、日本国内でエリアマネジメントの成功事例と言われているのは、「大手町・丸の内・有楽町地区(いわゆる大丸有)」のように大企業が構成要員で居住者がほぼ不在の都心エリア、札幌のように行政側の強力なサポートがある地域が中心で、特に郊外部で地域住民中心の場合はなかなか成功している事例がないのが実情です。

武蔵小杉にはすでに「NPO法人小杉駅周辺エリアマネジメント」という団体が組成されており、タワーマンション住民や地域団体のキーパーソンなどを中心に活発に活動をしています。とはいえ、新たに街の住人の数が増え続け、マンションエリアも拡大している武蔵小杉においては、まだ課題山積というところでしょう。

今は勢いのある武蔵小杉ですが、一気に出来上がった街ですので、あと30〜40年も経過したらタワマンの建て替えや高齢化の問題なども表面化するでしょう。武蔵小杉の事例を見るにつけ、改めて開発にはスピードとバランスが大事だと感じます。