■返還命令が出ても、「連れ去り親」は無視できる

米国務省は、国際的な子供の拉致に関する2018年の年次報告書で、日本をハーグ条約の義務不履行国の1つに認定した。

国際結婚などが破綻したとき、一方の親がもう片方の親の了承なしに子を自分の母国に連れ帰ることがある。連れ去られた親側から見ると、これは違法性が高い行為。そこで子をひとまず元の常居地国に返還することを定めたのがハーグ条約だ。日本は2014年に批准して、18年2月までに23件の返還命令を出している。にもかかわらず、なぜ不履行国と名指しで非難されたのか。

実は米国務省も日本に一定の評価をしている。条約批准以降、連れ去りの件数は減少傾向にあるからだ。

問題は、返還命令が出たのに、それに従わない親がいること。23件の返還命令のうち、6件は代替執行(執行官が子を解放する強制執行)になったものの、親の妨害に遭うなどして6件とも失敗した。強制執行の実効性の弱さを指して、米国務省は不履行と批判しているわけだ。

■海外では、子を隠す親は留置所に入る

裁判所から返還命令が出ても親が従わないとき、日本では、どのような手順で強制執行されるのか。

強制執行は、返還しない日数に応じて金銭の支払いを義務づける間接強制からスタートする。国際間の子の連れ去り案件を数多く手掛ける本多広高弁護士によると、「1日1万円の支払いを求められる例がある」とのこと。

間接強制後2週間経過しても返還されなければ、執行官による解放実施が行われる。しかし、ハードルは高い。

■最大の障壁は、親への実力行使が困難だという点

「執行官が立ち入れるのは原則、『債務者(連れ去った親)の住居その他債務者の占有する場所』(ハーグ条約実施法第140条)。幼稚園や小学校への立ち入りは、例外的にしか認められません」

解放は子が債務者と一緒にいるときに限られる。たとえば親が子を親せきに預けて雲隠れしたらお手上げ。「親が子の所在を隠したら、留置所に拘束されることもある」という海外とは大違いだ。

最大の障壁は、親への実力行使が困難だという点だ。

「アメリカでは、玄関に出てきた親の手首を捕まえ、その隙に他の執行官が子を解放することもあります。日本では、子の目の前で親を抑えると、『子の心身に有害な影響を及ぼす執行』と言われかねない。そのリスクが執行官にとってプレッシャーになっています」

そこで、法制審議会は18年6月にハーグ条約実施法改正試案をまとめるなど、法改正の動きも出てきた。

ただ、本多弁護士は「海外並みになるかどうかは現段階ではわからない」と指摘。

「日本は、民事執行法も当事者の自主的解決能力に期待する建てつけになっていて、強制執行力が弱い。ハーグ条約の強制執行は、より執行しやすい内容になることを期待しています」

(ジャーナリスト 村上 敬 答えていただいた人=弁護士 本多広高 写真=共同通信)