アマゾンの創業者ジェフ・ベゾスはプログラマー出身だ。このため会社経営でもプログラミングと似た手法を取る。まずはベータ版を作り、実際に動かしながら改善点を見つけ、修正していくのだ。たとえば顧客数やアクセス数、在庫欠品率といった「重要業績指標」には、0.01%単位でこだわり、毎週全世界で会議を行うという。そうした「理系経営」の凄みを紹介しよう――。

※本稿は成毛眞『amazon 世界最先端の戦略がわかる』(ダイヤモンド社)の一部を抜粋・再編集したものです。

■「コミュニケーションなんかいらない」

アマゾン創業者のジェフ・ベゾスの組織観がうかがえるエピソードがある。研修の際に、数人のマネージャーが従業員はもっと相互にコミュニケーションを取るべきだと提案したところ、ベゾスが立ち上がり、「コミュニケーションは最悪だ」と力説したという。ベゾスにとって、コミュニケーションを必要とする組織は、きちんと機能していないという証拠でしかないというのだ。

ベゾスが求めるのは、協調などするよりは個のアイデアが優先される組織である。つまり、権力が分散され、さらにいえば組織としてまとまりがない企業が理想だという。たとえば、AWS(アマゾンウェブサービス)を開発している部署はアマゾンゴーには興味がない。それがいいというのだ。その意味では、ローマ帝国のように勢力を広げていく、一見、何の事業会社か説明が難しいアマゾンはベゾスの理想をまさに体現しているといえよう。

ベゾスは、理系のトップらしいところが出ているように思う。たとえば、経営数値にあまりとらわれないところだ。公認会計士など、文系の人間は、今期の決算の数字を見るようにトレーニングされているが、理系は後付けでしか勉強していないから、自分のやりたいことをやる。キャッシュフロー経営などは、そこから生まれているのではないか。

当然のことながら、AI(人工知能)などテクノロジーへの感性も理系の方がある。たとえば、理系には実験がつきものだ。実験したら失敗することがあることを、経験的に知っている。アマゾンは、よくベータ版を作ってテストをする。これは、まさにプログラミングの原理と一緒だ。コンピューターのプログラムは、とりあえずサブシステムという各部品のベータ版を作る。これと同じく、アマゾンは、あらゆるジャンルで中途半端でいいから出し、Plan Do Seeをよくしているといえる。計画、実行、評価を繰り返す企業である。

■企画会議では「プレスリリース」を準備

たとえば、ベゾスとアップルのスティーブ・ジョブズとの違いは、そのまま会社のカラーに当てはまる。ベゾスはエンジニアなので、ものごとの構造や作り方を知っている。アマゾンの経営にも、ネットを使ったテクノロジー会社を作りたいという気持ちが表れている。

ジョブズは夢追い人であり、デザイナーだ。アップルも言ってしまえば「かっこいい」から始めた。そんなアップルは、GAFA(編集部注:「ガーファ」。アメリカのIT大手、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの4社をさす)の中でもハードウェアを作る能力が最も高い。

ベゾスは、理念の追求に本当に貪欲だ。「全ては顧客のために」を御旗(みはた)に、無駄を徹底的に省く。幹部でも飛行機のビジネスクラスは禁止。とはいえ、働きに対する報酬はケチることはなく、日本では30代後半から40代後半の部長職ならば、年収は2000万円前後だという。

また、企画会議では、6ページにまとめられたプレスリリースを模した資料を用意するらしい。それを、出席者が最初の20分をかけて読むことから始まる。パワーポイントなどスライドは使わない。これは、最初からプレスリリースの形にすることで、プロジェクトの完成形を作り上げ、さらに顧客目線を意識させる狙いらしいが、会議の冒頭で、出席者が資料を読むために20分間の沈黙を続けるというのはなかなか聞いたことがない。

■細分化された独自の業績指標で目標管理

金融業界の経験があるベゾスが立ち上げた会社らしく、数字に徹底的にこだわる社風でも知られる。アマゾンはKPI(Key Performance Indicator=重要業績指標)至上主義とも言われる。月、週、日などの期間を決めて、業務内容によって細かく設定された目標を達成したかどうかをチェックしていくのだ。たとえば小売業ならば、来店客数や客単価などの目標を定めていく。しかし、アマゾンのKPIはもっと極端に細分化して管理しているという。

システムの稼働状況はもちろん、顧客からアクセス数、コンバージョンレート、新規顧客率、マーケットプレイス比率、不良資産率、在庫欠品率、配送ミスや不良品率、1単位の出荷にかかった時間などに細分化されている。それぞれの管理担当者に、地域ごと、倉庫ごと、システムごとに割り当てられているという。

このKPIの数値をもとにアマゾンでは毎週地域単位、グローバル単位で会議が開かれる。その会議では具体的な向上策のみを話すと言われている。各KPIには責任者がいて人事考課などにも大きく影響する。恐ろしいのは、このKPIの目標管理を0.01%単位(通常は0.1%単位)でしていることだ。なぜ目標を達成でき、あるいはできていないかを考え、日々の取り組みの改善につなげる。

これも、とりあえずベータ版を作り、実際に動かしてみて、改善点を見つけ出して、プログラムを修正するというプログラマーの手法と一緒だ。そのうえで、すべてのいいところを合体させて最終製品にするのだ。プログラマー出身のベゾスの面目躍如の経営手法だ。

■もうダメというところまで働かされる

ベゾスはアップルの故スティーブ・ジョブズやフェイスブックの創業者のマーク・ザッカーバーグ、テスラ・モーターズ最高経営責任者のイーロン・マスクなどに比べると、日本では馴染みがないかもしれない。果たしてどのような人物なのか。『ジェフ・ベゾス 果てしなき野望』(日経BP社)を読むと、彼の一面をうかがい知ることができる。

部下には長時間労働や、週末の休みを返上して働くのを強いるのは当たり前。有能でなければズタボロに捨てられ、有能な人物ならもうダメというところまで働かされる。日本のブラック企業が生ぬるく見える過酷さだ。ちなみに、求める人材は「どのような課題を与えられても、さっと動いて大きなことをやり遂げられる人物」とか。そのような有能な人物は自ら起業してしまうのではないかと思ってしまうが。

■かんしゃく持ちだが懐は深い?

会議の席でベゾスの意に沿わないと当然ながら罵倒される。「俺の人生を無駄遣いするとはどういう了見だ」と言うらしい。いちいち怖い。別のミーティングでは「そんなに頭が悪いのなら、1週間ほど考えて少しはわかるようになってから出直して来い、と罵ったことがあった」とも。怒りが爆発した時は凄まじく、怒るときには感情を抑えることができなくなるため、感情を制御するために専門のコーチを雇っているとの噂もあるほどだ。

同書は、ベゾスの恐怖政治の側面や勤労環境の厳しさを浮き彫りにしているが、ベゾスは著者に社内の取材の許可を出している。当然、取材すればベゾス本人や会社の評判にマイナスになる情報が出てくることは理解しているだろうから、じつは懐が深い人物なのかもしれない。

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成毛眞(なるけ・まこと)
書評サイト HONZ代表
1955年、北海道生まれ。中央大商学部卒。マイクロソフト社長を経て投資コンサルティング会社インスパイアを創業。書評家としても活躍。著書に『黄金のアウトプット術 インプットした情報を「お金」に変える』『成毛流「接待」の教科書 乾杯までに9割決まる』『AI時代の子育て戦略』など。

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(書評サイト HONZ代表 成毛 眞 写真=ロイター/アフロ)