やがて日本に帰国する人もいるものの、優秀な研究者がアメリカや諸外国に残ることも多い(撮影:今井康一)

Google、Apple、FacebookAmazon――GAFA。現在の世界で最も影響力があるこれら4社の強さの秘密を明らかにし、その影響力の恐ろしさを説く書籍『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』がいま、世界22カ国で続々と刊行され、話題を集めている。
日本人の生活に入り込んでしまったGAFAに、日本は国家としてどう戦略を立てるべきなのか? 東京大学先端科学技術研究センター助教の佐藤信氏は、特に人材流出に関して警鐘を鳴らす。

人材への競争

グローバルな人材競争が過熱しています。オリンピックなどスポーツの世界では、裕福な国家は国籍を付与することで優秀な選手を自国に集めようと考えていますよね。私のいるアカデミアの世界でもそれは同じです。


『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』は、発売1週間で10万部のベストセラーとなっている(画像をクリックすると特設サイトにジャンプします)

日本のトップ校である東京大学は、アメリカの大学院留学のための予備校になっています。優秀な先生が良い推薦状を書いてくれて、アメリカへ渡ることができる。特に経済学などの分野でそうですよね。やがて日本に帰国する人もいますが、最も優秀な研究者はアメリカや諸外国に残ります。

ほかの国内大学と比べても予備校として機能しているだけすごいことなのですが、世界中からトップ研究者が集まるところではないし、日本出身のトップ研究者も必ずしも残らない。ですから、従来であればアジアから日本に留学してくれたであろう優秀な留学生たちが、日本をスキップしてアメリカやその他の諸外国へ行ってしまうという現象も起きています。

GAFAに代表される巨大プラットフォーム企業の勢力が高まるにつれ、人材流出が強化され、構図も変化し始めているという印象をもっています。とりわけPh.D.(博士号)を持つような高度な知識を誇る人材が、ただ海外の大学に流出するだけでなく、GAFAのような企業にも狙われるようになってきているのです。

研究者自身も、大学にいるよりも、グーグルやアマゾンの大量のデータを使えて、いい研究ができて、さらに高収入が望めるなら、そちらにいるほうがいい。母国の大学に残って研究する意義が今後ますます小さくなっていくかもしれません。

――最近、グーグルやアップルが採用に関して大学の学位を求めない方向性を打ち出してきましたが、この件についてはいかがお考えですか。

あくまでも実力主義ということですね。しかし、超天才的な名の知れたプログラマーで、そもそも学位、Ph.D.など必要ないという人は別として、実際には、企業に対して自分にどのぐらい能力があるかを証明するためにも学位、Ph.D.は有効です。アメリカのネットメディアには「アップルやグーグルに入るにはどの大学を選べばよいか」なんていう記事もあるほどです。

GAFAなど世界を規定する巨大プラットフォーム企業の引力は非常に強い。日本の企業に貢献してくれたかもしれない人材が、そうした企業に流れる現象は、今後しばらく止まりそうにありません。国家よりもプラットフォーム企業のほうがよりわれわれの生活に利便性をもたらしてくれるかもしれない時代に、「そんな企業に行くな」と引き留める人もいませんよね。

――かつてであれば「国を変えてやる」と言って官僚になっていた人々が、GAFAに入るというような現象も起きるのでしょうか。

実際にありますよ。これまでは国家の中核である省庁が社会の舵取りを担ってきた、ないし担っているという幻想があったわけですが、今後はGAFAなどプラットフォーム企業に入るほうが社会にインパクトを与える大きな仕事ができるかもしれない、そう考えるわけです。もっとも、官僚は文系出身が多く、GAFAの採用は理系出身が多いので、現実には何度も転職してGAFAを目指したり、GAFA以外のプラットフォーム企業に行ったりというかたちの変化が生じています。国家の持つ意味は相対的に小さくなっていると言えるかもしれません。

揺らぐ国家の存在意義

――GAFAのような企業が大きくなったいま、国家としてはどう考えるべきでしょうか。

国家はこれまで、戸籍をはじめとする制度を整備することで、自国の国民を把握しようと努力し続けてきました。個人を把握し、そのうえで、その人たちが幸せになるための政策を打つことを考えてきたわけです。

ところが、いまや大量の個人情報を集めるプラットフォーム企業のほうが、個人が求めているものを国家よりもよく知っている。そして、パーソナライゼーションを通じて、個人個人の生活にとって行政サービスより重要なサービスを提供している。国家の存在意義とはなんだろう、ということにもなりかねません。だからEUなどは、健全な自由競争の土壌を守るためにも、GDPR(一般データ保護規則)などの措置を通じて一部企業に個人情報を独占させまいと考えるわけです。一方の日本は手をこまねいている状況です。

スマホアプリが典型ですが、日本ではガラパゴス的に特異なものが人気です。しかし、日本語だからこそ生き残っているサービスが自動翻訳の普及で脅かされるなど、いずれそうしたサービスも、GAFAなどがビッグデータで日本市場に部分最適化したとき太刀打ちできないかもしれない。『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』には、iPhoneの登場によって、ノキアが支えていたフィンランド経済が大打撃を受けたという話が出てきます。日本にとってもひとごとではないかもしれません。

人材も国家が考えなければいけない問題です。どの国もどれだけ優秀な人材を獲得できるかを真剣に考えています。日本は、海外流出してしまう人をどう引き留めるか、どう自国に残り続けてもらうか、あるいはどう海外から誘致するか、まだまだ展望が見えません。

しかも、今後の人材競争の相手は国家ではなくGAFAのような企業かもしれません。巨大企業はガンガンお金を積んできますから、別のかたちで恵まれた環境を整えなければ優秀な人材を国内にそろえることはできません。そこでは、高度プロフェッショナル人材に日本の魅力をアピールするだけではなく、社会も多様性に寛容でなければないはずです。

日本が立ち遅れている人材議論

実は、欧米では人材流出に関する議論はもう一歩進んでいます。優秀な人材が先進国に集中しすぎることで、トップ層の人材が流出してしまった国が国力を失ってしまうことが懸念されているのです。そこで国際社会全体として、それぞれの国に優秀なリーダーを育てるため、一定期間ののちに優秀な人材を母国に戻すべきなのではないかといった議論まで行われているのです。

日本はまだこのような議論のスタートラインにすら立っていません。環境設備も整っていませんし、東南アジアからの労働者についても「日本だったら当然来てくれるんでしょ?」という程度にしか考えていない。実際には日本での労働環境が劣悪なために、比較的単純労働に近い労働力でさえ十分に確保するのが難しい現実があります。いま、国際社会にどういう変化が起きていて、どういう手を打ちうるかを考えること。国家として喫緊の課題だと思っています。

日本国内の大手IT企業で働いている人たちのなかにも、「将来的にはGAFAに行きたい」と考えている人がたくさんいます。なぜならGAFAは、影響力と資金力を武器に優秀な人材を獲得するだけでなく、快適な職場環境を提供してもいるからです。

日本の職場を踏み台にして、GAFAの日本法人に入り、そこから本社に行ってみたいと考えるのも、個人の幸せを追求した結果としては当然でしょう。しかし、国家の視点から見れば、それは日本からの人材流出ということになります。

――個人の幸せと国家の幸せがまったく別のものになっていますね。

そうですね。私の周りの日本史を専門としている日本人研究者のなかにさえ、英語が話せる優秀な層には、海外の日本研究施設や歴史関係の職を得たいと考える人たちが現れてきています。日本に読むべき史料がたくさんあるのにですよ。史料がデジタル化され、海外から閲覧できるようになってきているという事情はあるものの、給料を含めた研究環境や職場環境が圧倒的に違うということです。これは異常事態だと思います。

日本は大学にテコ入れできるか?

『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』では、大学の重要性が語られています。人材やアイデアを提供するトップ大学と近い立地が有利だとかいうように。日本においても、GAFAに対抗しうる何かを作るならば、大学はそのためのひとつの基盤になるだろうと考えます。

しかし、いまの日本の大学はそのような基盤になれるほどの価値を提供できているでしょうか。最近、大学発ベンチャー企業も増えてきてはいますが、日本の大学がそれらを大きく育てる土壌になっているのか、そのための研究を蓄積できているのか、疑問です。

企業の側も、創薬・製薬のように大規模な産学連携が進んでいる分野もあるものの、面白い研究をやっている研究室や研究者を探して、それを個々に採りに行こうという意識はまだまだ希薄です。企業も、大学をただ人材の輩出元として見るのではなく、組む相手として見る姿勢がもっとあってもよいと思います。

いま国も産学連携を押し出してはいますが、予算が削られ続ける日本の大学の現場では往々にして「民間に役立つことをやって、お金をもらって研究しなさい」という意味合いに聞こえます。それではどんどん小さくなるばかりですよ。むしろ大学に余裕を与えて、企業にはないアイデアをつくらせる、素地をつくらせるくらいの発想の転換をしないと、とてもGAFAなど海外勢に対抗できそうにない。

日本の政治家が電子メディアやネットメディアに疎いのも問題です。選挙では圧倒的な有力政治家の事務所でも、SNSの更新がぱったり止まってしまうことはザラにあります。日本がこのデジタル時代にも経済大国として世界と競争していくというのなら、いまの社会ではどこに競争が生じていて、どのように人材が流動しているのかをよく見なければなりません。しかし、そんな情報環境にいる、デジタル音痴の、高齢化した国政政治家たちが、世界の現状を理解し、適切な政策を採ることははたして可能でしょうか。

日本で「AIでBI」は成立しない

プラットフォーム企業が繁栄する時代は、国家にとっては新たな変革が求められる時代です。少子高齢化する日本が今後も経済大国であり続けられるという楽観的な見方をするケースとして、AIでBI――つまり人工知能、というよりはアルゴリズムでオートメーション化し、ベーシックインカムで富を再分配すればみんなが幸せな人生を送れるようになるだろう――などと考える論者もいます。しかし、それが成り立たないのは明らかです。

『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』にもジェフ・ベゾスがBIを主張するエピソードが出てきますが、それはアメリカだからできることですよね。GAFAやそれを追いかける企業のほとんどがアメリカにある。そして、アリババなど中国企業の名前は挙がっても、日本の企業の名は1つも挙がっていないという現実は重要です。GAFAのような企業は世界各地から富を集めていて、それは場合によっては自国内では再分配できるかもしれませんが、その富が国外、日本にまで再分配されるわけはない。

ですから、世界第3位の経済大国を維持したり、BIを実現したりしようとするなら、日本発のグローバルなプラットフォーム企業を望まなければなりません。しかし、いくら国内のスーパーエリートを支援・育成しても、彼ら、彼女たちが国外に流出してしまったらどうでしょう。母国の成長や再分配に寄与してくれる「われわれのスーパーエリート」ではなくなってしまう。その意味で人材獲得や人材流出は、国家の成長のためにも再分配のためにも、避けて通ることはできません。

GAFAなど現行のプラットフォームは、わたしたちの生活を大きく規定しています。若く、特殊な知識のない人でも、一度スマホとネット環境を手に入れ、そうしたプラットフォームを利用できれば自動翻訳などで世界中の情報に簡単にアクセスすることができる。他方、いくらお金を持っていても、デジタルリテラシーがなく、プラットフォームに乗れず、世の中から遅れてしまっている年配の方も少なくありません。そこでは経済格差とは別の、情報格差、生活スタイルの断絶が生まれています。

『the four GAFA 四騎士が創り変えた世界』は、物心ついた頃にはスマホやGAFAがあったいまの学生たちには、自分たちの生きている世界の背景や駆動力を理解するためのガイドであり、受け入れやすい本だと思います。一方で、年配の方々にとっては「こういう世界があるのか!」という驚きがあるかもしれませんね。

現在、他の先進国はGAFAの衝撃は十分に理解したうえで、「GAFAをどう飼い慣らすか?」を議論しています。日本の一般社会はまだそこまでたどり着いていません。本書は、日本人にとってはそのキックオフとなるGAFA入門書となるでしょうし、特に政策決定に携わる政治家たちには読んでいただきたいですね。

(構成:泉美木蘭)