9月2日、味の素スタジアム。サガン鳥栖のスペイン人FWフェルナンド・トーレスは、瞬間的にマークを外そうと、何度も動き直している。しかし、パスは入ってこない。次第に流れから消された。

 ただ、トーレスは「ボールが入れば……」という体勢は作っていた。

 試合終盤、トーレスは業を煮やしたように自分が下がってパスを受け、裏に人を走らせている。ディフェンスを自分に引き寄せ、味方のマークを外した。浮かせて出したスルーパスは、コンビネーションで崩した形になり、一流選手の片鱗を見せた。


まだリーグ戦1ゴールながら、随所に才能の片鱗を見せるフェルナンド・トーレス

「Desmarque」(マークを外す)

 世界のサッカーシーンをリードするスペインでは、その動作が重要視されている。たとえデカくて速くてうまくても、この駆け引きのできないアタッカーは評価されない。マークを外せないことには、身動きは制限され、ゴールは遠のく。

 バックラインの前のスペースでマークを外し、時間的、空間的余裕を得られるか。それが成立するかどうかが攻撃のバロメータになっている。

 たとえば、8月26日のガンバ大阪戦の先制点のシーンでは、トーレスが小野裕二の縦パスを、バックラインの前へ下がって受けている。これをワンツー気味にダイレクトに戻す。これだけの連係で、フリーになった小野がミドルを打ち、相手に当たったボールが得点につながった。このとき、トーレスの背後にはもうひとりのFW金崎夢生が走り込んでおり、マークを外していた。

 2点目も、トーレスはバックラインの前を横切るパスを入れ、それに走り込んだ金崎夢生が左足で決めている。3点目は、トーレスがバックラインを横切って右サイドからのクロスを呼び込み、ヘディングで叩き込んだ。それぞれがマークを外した状態を作り、得点に結びつけていた。

 バックラインの裏に入れば、距離的にはゴールへ近づくが、必ずしも得策というわけではない。

 その感覚は、バルセロナで薫陶を受けた久保建英(横浜F・マリノス)にも共通しているのだろう。

 J1初先発となったヴィッセル神戸戦。久保は自ら左足で右サイドに展開した後、全速力でペナルティエリア内に駆け上がって、バックラインを下げている。そして味方が切り返したのに反応し、停止して、一歩下がる。相手の逆をとって、バックラインの前でマークを外し、トラップから精度の高いシュートを流し込んだ。

 酷な言い方をすれば、神戸の守備は稚拙だった。そもそも簡単にラインを破られており、バックラインはズルズルと下がっている。バックラインの前にいたはずのアフメド・ヤセルはクロスが入った瞬間に下がってしまい、エリア内で久保にスペースを与えていた。

 守る側としては、バックラインの前でマークを外された状態でボールを持たれた場合、後手に回らざるを得ない。なぜならラストパス、シュート、ワンツーなど、いくつもの選択肢を与え、焦って食いつけば、完全に裏を取られるからだ。それは待ち構える部隊が、柵も土塁も堀もなく、騎馬隊に駆け込まれるに近い。相手に殺到される感覚で、とても守りきれない。

 そこで、ボランチもしくはアンカーが、バックラインのスペースを埋め、挟み込むシステムも生まれた。

 ディエゴ・シメオネ監督が率いるアトレティコ・マドリードは”鉄壁”の守備力を誇るが、DFラインとMFラインが緊密な距離を取り、間に入った敵を殲滅する。そもそも容易にそこへ敵を入らせない。危険地帯を潰すことで、世界トップの堅守を誇っている。

 また、昨季欧州王者のレアル・マドリードも、カゼミーロをフォアリベロのように置いて、センターバックの前付近を”消す”ことを守備の軸にしていた。

 しかし一方、アンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)のような名手は、その守備陣形を”魔法”のように突き破れる。

 たとえば、湘南ベルマーレ戦ではこんなシーンがあった。左サイドで神戸の郷家友太がボールを持ったとき、しっかりマークが付かれていた。そのとき郷家は少し下がって引きつけ、後方のイニエスタへパス。湘南がラインを高くし、スペースを圧迫しようとした際だった。同時に左サイドバックのティーラトンが郷家の裏を走り、マークを外す。イニエスタはその動きを読み、鮮やかなスルーパスを出し、守備ラインを突き破ったのだ。

 イニエスタは選手の出し入れによって、マークがずれる感覚を体得している。そのおかげで、複数の選手を絡み合わせ、堅牢なディフェンスも崩せる。彼が攻撃の渦の中心となるのだ。

「個の力」

 日本サッカーではそれが叫ばれて久しいが、トップレベルではコンビネーションの確立が欠かせない。ひとりでマークを外せることは、もちろんアドバンテージだろう。しかし、それを連係につなげられるか――。そこにスペイン流の崩す極意はある。