元ドイツ代表監督のクリンスマン氏の名前が浮上しているが…

 日本代表はロシア・ワールドカップ(W杯)でベスト8進出を逃した。

 そしてベルギー戦が終わったばかりだというのに、「次期監督にユルゲン・クリンスマンが決定的」との報道が出ている。これには違和感しかない。

 クリンスマンは2006年ドイツW杯で母国ドイツ代表の指揮を執り、その後はバイエルン・ミュンヘン、アメリカ代表の監督を務めた人物である。

 クリンスマンがダメだと言うつもりはない。ドイツ代表の大改革を行った監督であり、先進的なアイデアを持っている指導者だ。バイエルンではクラブハウスに仏像を設置するなど、斬新すぎて理解に苦しむところもあったとはいえ、日本代表の抜本的な改革を望むなら良い人選なのかもしれない。

 ただ、ドイツ代表時代はヘッドコーチのヨアヒム・レーブが戦術面を担当しており、クリンスマンに従来の代表監督の働きを期待しているなら筋違いである。技術・戦術面を担当する実質的な監督とセットで考えるべきだ。そもそもクリンスマンが生粋の「改革者」であり、旧体制と伝統の「破壊者」であることを日本サッカー協会は理解しているのだろうか。もちろん、本当にクリスマンを招聘するならの話だが……。

 まだ一部報道で出ているだけだが、クリンスマンという人選以上に違和感があるのは、まさにこのタイミングで次期監督の名前が出てくることである。

 よく、次期監督は日本人と外国人のどちらがいいかという質問をされるのだが、国籍を第一に問うこと自体がナンセンスだ。監督は国籍や人種よりも、能力とチーム事情に合っているかどうかの適合性を問うべき。監督としての手腕や実績もさることながら、日本代表を率いるにあたっての相性も重要だ。そこをしっかり考えないと、イタリア料理のシェフに中華料理を作らせるようなことになりかねない。


アジアカップまで時間がないなかで無理に代える必要はない

 このタイミングで次期監督の話になることに違和感があるのは、料理にたとえれば協会側が何を食べたいのか決まっているように思えないからだ。協会が明確な見通しを持っていて、それに従ってたとえばクリンスマンに任せたいというなら話は分かる。ところが、協会が日本代表に関してのビジョンを発表したという話を寡聞にして聞かない。

 何年にW杯ベスト4とか、FIFAランキング何位とかいう話ではない。もっと具体的かつ技術的な見通しだ。それがなければベスト4など絵に描いた餅ですらなく、単なる願望ないし夢と呼ぶものにすぎない。

 日本がこの先、どういうサッカーをして、どういう進化の過程を辿るのか。そのために必要なことは何か。将来図を描いていることが前提であり、それがなければどの監督が合っているかどうかの判断ができないはずである。つまり、もし本当にクリンスマンを監督に招聘するつもりがある一方で、協会になんらビジョンがないとすれば、いざ監督が来てみて「全然合っていませんでした」という可能性は十分にあるわけだ。そんな無責任な監督人事を、しかも拙速にやらなければならない理由はどこにもない。

 毎回思うのだが、アジアカップが半年後に控えている時期に監督を代えなくてもいいのではないか。今回は幸いにもW杯で良いプレーを披露できた。選手の入れ替えは避けられないとはいえ、西野朗監督の続投にそれほど異論はないだろう。ろくに時間も与えずに新監督にアジアカップを任せるより、少なくともアジアカップまでは西野監督を継続させ、その間に協会のビジョンをしっかりと構築しつつ、それに合致した監督に代えたいならばそうすればいい。

 ビジョンもなく、唐突にクリンスマンの名前が出てきたことには違和感しかない。


(西部謙司 / Kenji Nishibe)