日本では、身柄拘束があまりに簡単に行われていないか(写真:EKAKI/PIXTA)

日本の司法制度は籠池夫妻を不当な苦しみから解放することができるのだろうか。誰に聞いてもウソつきな3流カップルの籠池夫妻には、人気者のヒーローのような経歴はない。彼らをよく言う人を見つけるのは事実上不可能だ(筆者は実際探してみた)。

それでも、彼らはこの世界で「立派」と称される人たちと1つだけ共通点がある。不当勾留されていることだ。南アフリカの指導者ネルソン・マンデラやミャンマーのアウンサンスーチー、中国人反体制活動家劉暁波といった殉教的な人々が自分の主義主張のために投獄されたことを、世界は褒め称えている。

昨年7月から勾留されたままの籠池夫妻

籠池夫妻にはそんな人道的な大志はないが、彼らの勾留は、日本の刑事手続きが不当であることを示している。そして、日本人のみならず、在留外国人や観光客に至るまで日本の刑事手続きに翻弄されているすべての人に警鐘を鳴らしている。

籠池夫妻は昨年の7月から勾留されている。いまだにいかなる罪でも有罪とされておらず、理論的には、判決が確定するまで無期限で勾留が続く可能性があるのだ。原理上、彼らは勾留されるべきではない。刑事訴訟法89条は一部の例外を除いて「保釈の請求は許されるべき」と定めている。しかし、夫妻の件を担当する裁判官は、「被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき」には保釈は却下されるべきとする89条の4項の例外を行使して、保釈を認めなかった。

この件に関しては、そのような危険性はないと言っていい。事件の証拠は裁判に向けてすでに押収されており、籠池夫妻は日本以外に逃げ場所がないからだ。

にもかかわらず、勾留するというのはいかにも日本的だ。つまり、被告人にとっては正当な理由もないのに勾留されるのが当たり前で、保釈は例外というお決まりのパターンである。「10年前には被告人が釈放されることは基本的に不可能だった。検察の『勾留請求』の99%以上が認められていた」と、弁護士で現在は日本の監獄人権センターの事務局長を務める田鎖麻衣子氏は推測する。「今でも97%程度は認められている」。

日本の裁判官は法律を適用し、検察をコントロールし、勾留が適切に行使されることを確かにするために雇われているはずだ。しかし、裁判官は明らかに、検察をコントロールするという責務を事実上放棄しているように見える。

日本人は不思議なことに自国の司法制度の内情をよく知らない。私が日本人とこの問題について話すと彼らはだいたい、自分たちが耳にしている内容、そして自分たちより知識がないはずの外国人から聞かされているということにショックを受ける。確かに、この国では勾留の可能性は比較的ごくわずかだ。「ほとんどの人が留置場に入らないので、どんなにひどい状況なのか誰も知らない」と、弁護士の谷口太規氏は語る。

悪名高い「人質司法」

日本で警察が誰かを逮捕すると、書類送検まで48時間勾留することができる。そこから検察は、24時間以内に捜査を行うことになっているが、捜査が長引きそうであれば、裁判官に対して勾留請求をすることが可能だ。起訴前に勾留できる期間は最大20日間に上る。

つまり、逮捕から考えると被疑者は最大23日間勾留されることになる。この間、被疑者はほとんどの場合、法律で決められている拘置所ではなく、長期の勾留には向いていない警察の留置場(代用監獄)に収容される。逮捕勾留されれば仕事などは休まなければならず、それだけで名誉が傷つく可能性が大いにある。

長期間にわたって被告人を勾留し、自白を促すこうしたやり方は、法律業界では「人質司法」と呼ばれている。「このシステムは完全に法律に反して行われている。被告人は有罪と宣告されるまでは無罪と推定されるべきなので、勾留は標準ではなく、例外であるべきだ」と、谷口弁護士は語る。

「自白に基づく日本のシステムは『強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない』とする憲法第38条に反するものだ」(谷口弁護士)。

検察が最終的に起訴しない場合も、警察による逮捕履歴が残るというリスクがある。逮捕につきまとう悪いイメージは強く、勾留者は失業したり、社会的信用を失ったりする可能性が高い。

しかも、日本の留置場の環境はお世辞にもほめられたものではない。互いを傷つけることは禁止されているが、たとえば治療などに必要な薬でさえ日常的に手に入れることができないという最低限の人権さえ認められていない空間だ。「もし、勾留者がぜん息だとしても、自分用の薬さえ持っていくことができない」と、前出の田鎖事務局長は話す。

ナイフを所持していただけで19日間勾留

「籠池夫妻の事件が一般の人々の認識を高めることになるかどうかはわからない。女性が被害者となった村木厚子事件のほうがずっと影響力があった」と、冤罪と戦うNGOイノセンス・プロジェクトの日本版メンバーで甲南大学の笹倉香奈法学部教授は話す。「奇妙なことに、2016年には大規模な犯罪司法制度の改定があったのに、勾留の話題は議題に上らなかった。このシステムを誰も変えたくないのだ」。

こうした日本の司法制度に対して、外国人も懸念を抱いている。彼らはたいてい、来日して数カ月間は日本の非常に低い犯罪率を褒めるが、しばらくして、この国で司法がどのように機能しているかを知ると驚きを覚える。日本に関する「悪いうわさ」はたいてい口コミで広がっていく。

あるフランス大使館スタッフが、フランスのヴォージュ(日本アルプスのような山深い地域)から日本に2週間滞在する予定でやってきた若い観光客の話をしてくれた。彼らは、道を尋ねるために六本木交差点にある交番に入ったところ、警官からバッグの中身を見せるように言われた。その中に、田舎暮らしでは持ち歩くのが当たり前のペンナイフが入っていたことで逮捕され、19日間も勾留されてしまった。

「ようやく釈放されたものの、日本の司法制度にうんざりして、逃げるようにさっさとフランスに帰ってしまった」(大使館スタッフ)という。

東京に滞在するある外交官は、自国の男性が勾留された際の経験を振り返りこう話す。「非常に軽い罪で勾留される例が後を絶たない。日本で身柄を拘束されることは真実を突き止めることと、罪を罰することがセットになっている」。これは非常に残酷なことだ。

たとえば、ある74歳のアメリカ人は、刃渡り5センチのナイフを所持していたというだけで10日間勾留された。また、麻薬がらみで勾留された別の男性は、難病に侵されていたにもかかわらず、自身の医者にコンタクトすることも許されなかった。

日本の司法制度に守られていると感じない

日本人からすれば、短期間の勾留に聞こえるかもしれないし、医者に連絡できないのも仕方ないと思うかもしれない。しかし、特に欧米人からするとこれは大変な人権侵害であり、多くの日本語を話せない外国人にとっては恐怖であり、人生を狂わせる事態に発展する可能性すらある。

実は筆者も一度だけ警察に連れていかれたことがある。しっかりねじ止めしていなかったスクーターのナンバープレートが落っこちてしまったからだ。その日、面接があったため、私はそうとうちゃんとした身なりをしていた。だからスクーターが「不似合い」に見えたのだろうか。私をパトカーに乗せると警官は、私をいちべつして「盗んだんだろ? ほら、言っちゃえよ。時間無駄にしなくて済むから」と言い放った。

警察署で何時間も過ごした後、警察は私を家に帰した。日本では犯罪の心配はないと確かに感じる。しかし、司法制度に安全に守られているとは感じない。

国際社会からも日本の司法制度の評判は良くない。とりわけ日本の長期勾留については、昨年、国連特別報告者が懸念を表明するなど、人権を軽んじているなどの理由から国際的に批判され続けている。日本は2020年に、京都で14回目となる「国連犯罪防止・刑事司法会議」を開く予定で、その内容はかなり野心的なものである。これは日本にとって、自らのシステムを見直す絶好の機会になるのではないか。