「冷酷」とまで言われるアマゾンの徹底した合理的なやり方とは?(撮影:尾形文繁)

今やEC業界の王者の座に君臨するアマゾン。日用品もワンクリックで購入できるようになり、消費者の生活が便利になっていく一方、アマゾンは日本の小売業界を脅かす存在にもなっています。アマゾンと取引のある企業からは、「アマゾンに顧客を取られる」「アマゾンは冷酷な会社だ」といった声を聞くこともあります。

アマゾンは、なぜここまで強大な企業になり、「冷酷」とまで言われるようになったのでしょうか。そして、日本企業はアマゾンにどう対抗していくべきなのでしょうか。これらの答えを導き出すには、まずアマゾンの経営戦略を知る必要があります。

私はアマゾンジャパンで、2002年から2006年までSCM(サプライチェーン・マネジメント)のマネジャーとして、物流や倉庫オペレーションまでの管理をしており、多くの採用面接もしてきました。今回はアマゾンでの経験を踏まえて、アマゾンがEC王者であり続ける理由の1つを考えてみたいと思います。

何から何までKPIで管理

アマゾンの経営の特徴は、何と言ってもその「ロジカルさ」にあります。アマゾンでは、データや数値で物事を判断して、に最良の策を遂行していくことを徹底しています。なかでも、アマゾンのKPI(Key Performance Indicator=重要業績評価指標)には、そのロジカルさが如実に表れています。

KPIは、業績を見るための重要な指標のことです。多くの企業がKPIを設定していると思いますが、実際にはそのほとんどがKPIを見るだけで終わってしまっているのではないでしょうか。一方アマゾンのKPIは非常に実効性があり、日々のオペレーションや経営判断に本当に活かされています。

アマゾンのKPIには、システムの稼働状況や、どのくらい正しく表示できていたか、ショッピングのセッション数がどのくらいあったか、注文数、CVR(Conversion Rate=サイトを訪れた人のうち購入に至った割合)、新規顧客の比率、価格、サードパーティー比率、コスト、不良資産率、在庫欠品率、配送ミスや不良品率、また、倉庫で1出荷にかかった時間や、どれだけ納期どおりに出荷できたのか、などが設定されています。

そして、カスタマーサービスでは、出荷に対してどのくらい問い合わせがあったのか、電話の問い合わせを一定の時間内に何%取れたか、メールの問い合わせに対して一定時間内にどれだけ返せたか、1回で簡潔に答えられたか、また、回答に関するアンケート結果をもとにした顧客満足度なども見ています。

各KPIの数字は非常に細かい単位で見られ、0.0X%というレベルで目標が立てられます。これらのKPIについて、社員はすべて同じフォーマットで資料を作り、年対比や目標対比、直近の推移などの数値を出していきます。

こうすることで、自分の担当部署だけでなく、上流から下流までの全体のビジネス状況を見ることができます。アマゾンでは、販売機能や物流機能がそれぞれ独立せずに社内で一体化しているため、上流から下流までどの機能の業績も同一フォーマットで確認できることが重要なのです。

数字はコントロールするもの

アマゾンでは、各KPIを週次でレビューする、WBR(Weekly Business Review=週次経営会議)という会議があります。各KPIにオーナー(主担当者)が決められており、WBRではそれぞれが先週の状況、今週の進捗と目標達成の見込みについて説明していき、それに対して、ほかのKPIのオーナーたちが厳しく質問していきます。

そのため、WBRでは数値の理由、今後の方策や改善策、さらには、前年との比較のため前年の数値の理由についても答えられるようにしておかなければなりません。ちなみに、日本のWBRは1〜2時間、グローバルのWBRであれば3〜4時間に及ぶこともあります。アマゾンではこれを毎週行い、その結果をビジネスに反映させているのです。

このWBRについて、非常に印象的だったエピソードがあります。私が当時オーナーを任されていたKPIで目標を達成し、意気揚々とWBRに参加したときのことです。私が自信満々に「We met the goal!(目標を達成しました)」と話したところ、「どうして目標を達成できたんだ?」という質問を受けたのです。

そのままスムーズに次に進むだろう、と思っていた私は一瞬パニックになってしまいました。そこで言われたのが「数字というのはコントロールするものだから、目標を達成しようがしまいが、理由をすべて理解しておかないと何の意味もないんだよ」という言葉でした。

それ以後、その考え方は自分の中にたたき込まれて、数値に関してはなぜそうなるのかを徹底的に考え、データを用意するようになりました。アマゾンでは、目標は達成して終わりではありません。どんな成功も、理由がわからなければ再現性がない、ととらえられてしまうのです。それほどまでに徹底してwhyを突き詰めるところも、アマゾン特有の文化だと思います。

KPIの例を取ってみてもわかるとおり、アマゾンではビジネスがとにかくロジカルに動いています。こうした合理的な考えや、緻密なデータや数値に基づいてビジネスを動かすことを徹底しているからこそ、薄利多売と言われる小売業の世界でアマゾンはここまで強大化することができたのです。しかしこの徹底した合理主義は、アマゾン内部だけではなく、アマゾンとかかわる取引企業にまで及んでいます。

有利な条件を引き出すための「カスケード」

その顕著な例が、「カスケード」と呼ばれる仕組みです。これは、他社に対して競争優位性を築こうとする取引企業の努力を利用して、アマゾンにとって有利な取引条件を引き出していく仕組みのことです。

日本の書籍流通の世界には、トーハン、日本出版販売(以下、日販)、大阪屋栗田(以下、大阪屋)といった卸業者(取次)が存在します。書籍のネット通販を行うアマゾンから見た仕入先は、この取次会社になるのですが、アマゾンは取次会社にさまざまな条件を提示して互いを競争させるのです。

そして、最も好条件の会社から順位付けをし、上位の会社から順番に購買リストを渡していきます。順位トップの会社がリストの50%を納品すると、リストは次の順位の会社に回ります。そして、そこが30%納品し、残りの20%が次の順位の会社に回るのです。この仕組みがカスケードです。

カスケードの順位を決める条件の1つが正味(仕入れ価格)です。当然アマゾンは正味の低い会社を優先しますから、大阪屋が正味80円、日販が85円、トーハンが90円という数字を提示してきたら、大阪屋が順位のトップになります。しかし、もし翌月に日販が79円という数字を出してきた場合、アマゾンは容赦なくトップを入れ替えます。

これが、多くの日本企業とは異なるアマゾンならではの合理主義的なやり方です。日本の一般的な書店では、通常「◯◯書店の△△店は大阪屋から仕入れる」と決まっているもので、「今月は日販のほうが安いから、日販に切り替えよう」とはしません。ちなみに、大手日系ネット書店などはシステム上、帳合の変更は可能なのですが、取引先に気を遣って実際には行っていません。

書店に限らず、「いつもお世話になっているから」と取引先に気を遣い、義理人情をもってビジネス判断を下すのが日本の商慣習です。しかし、そんな平和な日本のビジネスの世界に、アマゾンが本気の資本主義をもって乗り込んできたのです。

何十億という決裁権を持ったアマゾンの人間は、「この条件で承諾いただけないのであれば、契約は破棄させていただきます」と言って、平然と取引を打ち切っていきます。義理人情がまったく通用しない、アマゾンの徹底した合理的なやり方は、日本企業には衝撃的でしたが、アマゾンとの取引額が1000億円という巨額の規模になってくると、どんな不都合な条件も呑まざるをえないのです。

なぜそこまで「冷酷」になるのか

このように、アマゾンとかかわる取引企業からすれば、合理的すぎるアマゾンのビジネスのやり方が冷酷に見えるのも仕方ありません。しかし、アマゾンがこうした合理主義を徹底するのは、アマゾンが「顧客至上主義」を大切にしているからなのです。


アマゾンのビジネスの判断基準は「それが最終的に顧客のためになるか」です。そのため、一見冷酷なやり方であっても、データと数値をもって完璧にマージンコントロールを行うことで、その利益をどこよりも「速く、安く、高品質の」サービスという形で顧客に還元しているのです。

アマゾンの取扱商品が増大する昨今、アマゾンの強大化を危惧している企業は多いでしょう。しかし、この徹底したアマゾンのロジカル経営と組織文化は、一朝一夕でまねできるものではありません。

真っ向からアマゾンとぶつかっていくのではなく、アマゾンの「顧客至上主義」という考え方を取り入れつつ、長年培ってきた自社の強みや、新たなビジネスの種を見つけ、磨いていくことが大事なのではないでしょうか。そうすれば、アマゾンにすべての顧客を奪われることはないでしょう。