昨年末、クロン・グレイシーは2R2分4秒で川尻達也を仕留め、白熱した勝負を制した(写真:(C)RIZIN FF)

2017年12月29日と31日の両日に渡って行われる総合格闘技のイベント「RIZIN」。大会の模様は31日(日)フジテレビ系列全国ネットで18時30分〜23時45分まで放映される。
かつて2007年まで開催していた「PRIDE」の系譜を継ぎ、2015年から榊原信行(実行委員長)や元プロレスラーの高田延彦(統括本部長)のもと、始動したイベントだ。今から20年前に2人が出会い、1997年10月11日のヒクソン・グレイシーとの一戦の実現に向けて動いていく様を描いた『プライド』(金子達仁著)は12月中旬に上梓された。
今年のRIZINに400戦無敗の異名を取ったヒクソン・グレイシーは来日しなかった。2年連続でRIZINに出場していた、息子のクロン・グレイシーが出場しなかったためだ。12月初頭までRIZIN側の担当者・柏木信吾とクロンの交渉は長引き、おカネの問題『グレイシー親子「RIZIN」参戦を辞退した理由』(12月29日配信)も突きつけられた。榊原信行の胸中を金子達仁が描き出す。

ファイトマネーを払うべきか否か

クロンとの交渉が極めて難航しているとの報告を受けた榊原信行は、二者択一を迫られることになった。

柏木信吾が要求されたファイトマネーは、確かに高い。だが、無理をすれば出せない額というわけでもなかったからである。それよりもはるかに高額のファイトマネーを支払った経験が、榊原にはあった。

「高田さんと最初にやった時のヒクソンには、40万ドル払ってるわけです。総合格闘技に対する認知度はいまとは比べ物にならないほど低く、地上波での放送もない試合でも、それだけ払うことができた。RIZINはフジテレビさんが放送してくれますし、スポンサーもずいぶんついて下さるようになった。もし、どうしてもクロン・グレイシーをリングにあげなければならないというのであれば、100万ドルだって払う覚悟はあります」

問題は、クロン・グレイシーにそれだけの価値があるかどうか、だった。

ある、と榊原は考えていた。

「やっぱり、日本の格闘技ファンにとってグレイシーという名前は特別な意味を持っていますし、ぼく自身、お父さんとの付き合いもありますから特別な思い入れもある。できることならばRIZINのリングに上がり続けてもらいたいって思いは、当然ありますよ」

だが、大会全体を統括するプロモーターである以上、情に流されるわけにはいかない。「クロンの言っていることはよくわかるんです。ああ、さすがヒクソンの息子だなあとも思う。でも、あの時のヒクソンにあって、いまのクロンにはないものがある。高田延彦の存在です」

過去2年続けて年末のRIZINのリングに上がったクロンだが、彼の試合は榊原たちが目論んだほどの反響は生まなかった。それは、分刻みで明らかにされるテレビの視聴率にもはっきりと現れていた。

一介のサラリーマンに過ぎなかった20年前の榊原信行が、高田対ヒクソンに1人40万ドル、計80万ドルものファイトマネーを用意できたのは、世間が、日本人が、2人の対決を熱望したからだった。最強のプロレスラーと400戦無敗とされた柔術家の対決を、何がなんでも見たいと考えた人たちが多数存在したからだった。

高田対誰か、ではなく、ヒクソン対誰か、でもなく、高田対ヒクソンだからこそ、カネは集まった。集めることができた。

「これはクロンに限った話じゃないんですが、いまのRIZINには、まだそういう熱望されるカードがないんです。クロン対誰か。那須川天心対誰か。RENA対誰か。これじゃ、爆発的な熱は生み出せないし、はっきり言うと、お金も集まらない。仮に集めたとしても、ペイできない」

むろん、そうしたカードを育てるために、榊原はプロモーターとして知恵の限りを尽くしている。だが、一つひとつの戦いに死を賭してしまうグレイシー一族に、そして戦いの舞台に飢えているわけではないクロンに、「いずれ大きな熱を生むために、こういう相手と戦ってくれ」という論理は通じない。

呼ぶか、呼ばないか。払うか、払わないか。

悩みに悩んだ末、榊原は後者を選択した。

だが、今年はともかく、クロンをRIZINのリングにあげることを諦めたわけでは、もちろんない。


今年、クロン・グレイシーを呼ぶかどうかは榊原にとっても苦渋の決断だった。写真:(C)RIZIN FF、2016年

クロンと釣り合う選手が出てきてほしい

「命を賭して戦う以上、ビッグマッチしかやりたくない、ビッグマネーでなければやりたくないというクロンの気持、ぼくにはよくわかるんです。だから、少しでも早く、ファンの中から『あいつをクロンとやらせろ!』と声が上がるような選手に出てきてほしい。それが矢地祐介なのか誰なのか。とにかく、名前が、存在が、価値が、クロンと釣り合う選手に出てきてほしい。そうすれば、たとえクロンが目の玉が飛び出るような額を要求してきたって、こちらは出しますよ」

クロンを再びRIZINに──榊原の願いが叶うときは、クロンとヒクソン、いまはこじれてしまった2人の親子関係が修復されるときかもしれない。


ヒクソンにとって、高田との一戦は生まれて初めて経験する「自分対誰か」ではない試合だった。東京ドームの花道を歩き、リングに上がる際に込み上げてきた胸の高まりは、百戦錬磨の男にとっても素晴らしく新鮮で、忘れ得ぬ経験だったという。

クロンには、まだその経験がない。

いつかライバルが現れ、ファンの予想が真っ二つに割れるような戦いが実現すれば、クロンは、誰かに助言を求める必要性を感じるかもしれない。

その求めに応えられるのは、もちろん、ヒクソン・グレイシーただ1人である。

(文中敬称略)