手軽に全方位を撮影できる360度カメラ Insta360シリーズの新製品「Insta360 ONE」。ぐるぐる回して映画『マトリックス』のようなバレットタイム撮影ができたり、撮影した「後」にカメラワークを変えて1080p 動画を抜き出せるFreeCaptureなど、多彩な機能で話題を呼んでいます。


↑バレットタイム機能例

Engadget編集部では、この Insta360シリーズのメーカー 深圳Arashi Vision社を3年前に創業した若き CEO 刘靖康 (Liu Jingkang)氏、通称JKにインタビューする機会を得ました。オフで日本に遊びに来ていたJKに、原宿でざっくばらんに訊いた内容をご覧ください。

ハッカーだった学生時代 



ーー 本日はお忙しいところ、貴重なお時間を割いていただきありがとうございます。JKさんは日本語を話されるんですね。

「少しだけ。高校生のころ、日本のアニメをたくさん観ていて、少しの日本語を勉強しました」

(以下、日本語と英語の双方で進めたインタビューを日本語に統一して編集しています)。

ーー これが最初の質問というのもアレですが、どんなアニメを観て勉強されたんですか?

『NARUTO』と『名探偵コナン』です。NARUTOは連載が終わって『BORUTO』がはじまりましたが、コナンは20年経ってもまだ小学生ですね(笑)。

ーー 本題と関係ない質問から入ってしまいました。それでは改めて、読者に向けた自己紹介をお願いします。

JK Liuといいます。 2010年から2014年まで、南京大学でソフトウェアエンジニアリングを学びました。Insta360カメラの会社 Arashi Visionは卒業する数か月前に立ち上げました。今は起業して3年目です。

起業したきっかけは、数年前にインターネットでPanoの360度ビデオを見て非常に感銘を受けたことです。「これこそ次世代のストーリーテリングだ。思い出を再体験したり、共有するとても強力な道具になる」と思い、360度カメラを作る会社をはじめました。そうして開発したのが、Insta360 nano, Air, Pro, ONEといった製品です。


▲Insta360 ONE

製品は100以上の国で販売していて、従業員は200人以上になりました。360度撮影こそ未来だと信じて、もっと有力なブランドになるため、さらに高品質で、持ち運びやすく、使いやすいカメラを作ってゆこうと考えています。

ーー 大学ではソフトウェア工学を学んだということですが、特に画像処理だとか光学系だとか、カメラに直接関連する分野を専攻したわけではないんですね。でも、学生時代からハッカーとして有名だったとお聞きしました。どんなことをされてたんですか。

(日本語で)「ああ、あれはイタズラ」(笑い)

ーー え!? そっちのハッカーかよ!

中国に360という大企業があるんですが、社長の電話番号を調べて、(当時の)社長さんに直接電話したことがあります。この事件が1番有名です。

(編集部注:当時中国のネットを騒がせていたセキュリティ企業 Qihoo 360 (奇虎360) のCEOの携帯番号を、インタビュー動画中の音声から解析。確かめるため実際にかけてみた事件。ネットで話題になる)

でも、僕の自慢は2012年に学校のとあるシステムを分析した話。うちの学校は体育のトレーニングのとき、カードを通さないといけない仕組みでした。合計50回タッチしないと単位が取れないのですが、あるとき「学生たちはいつも友達とか彼氏彼女と一緒にトレーニングしに来るな」と思ったんです。

それで、誰と誰がいつも一緒に来ているかをそのシステムにアクセスして、データを分析しました。その結果、いわゆるソーシャルグラムが得られたので、誰と誰が一番仲がいいとか、この二人はカップルみたいなことをまとめた文章をいたずらっぽく発表したんです。(電話番号解析の事件ほどは) 大騒ぎにはならなかったですが、僕の自慢です。

ーー そういういたずらって捕まったりしないんですか? 

捕まったりはなかったですが、ちょっと怒られましたね(笑)。

プロ製品で研究開発、一般向けに小型化して普及



ーー 起業して3年ですが、プロトタイプを作っているとき、ここまでの規模の企業になることを想像しましたか。

3年でこの規模の企業になるのは、当時は想像できていなかったです。もうちょっと時間がかかると思っていました。

ーー つまり、3年でないにしろ数年で成功することは予測していた。

1年目と2年目は製品がまだ全然売れていなかったですし。3年目から発展しました。

ーー でも、3年目の会社にしては製品数が多いですよね。

そうですね。起業して1、2年で技術を蓄積して、開発してきたものが一気に製品になった段階です。

ーー Insta360シリーズは、コンシューマー向けと、プロフェッショナル向けの二正面で展開しています。360度カメラのメーカーでも、どちらかに片方に集中する場合が多いと思いますが、会社としてどちらに力をいれているのでしょうか。



利益としては一般の消費者向けが大きいです。ただ、プロフェッショナル向けのInsta360 Proをプロの方が色々と面白く使ってコンテンツを制作してくれることで、一般ユーザーが360度カメラやInsta360に関心を持つようになり、コンシューマー向けのInsta360 nanoやInsta360 ONEが欲しくなるサイクルがあります。

ーー Proはコンシューマーに広げるための役割も担っているんですね。

Proは、日々進歩する最新技術を使って開発しています。そういった意味でプロ向け製品はすごく大事です。まずプロ向け製品のために新技術を開発実装して、そこから小型化することでコンシューマー向けの nanoや air、ONEになる流れです。

ーー 3年前と言えば、RICOHの360度カメラ「THETA」がすでに発売されていました。資金力も開発力も全く違う大企業が先行していたわけですが、後からスタートアップで同じ分野に参入してビジネスチャンスがあると思ったのはなぜですか。

(日本語で)「リコーはセンパイと思ってます」。まず僕たちは、RICOHさんのことを、技術も理念も先端を行っている先輩みたいに思っています。RICOHさんは、360度カメラの一般消費者の市場を開拓しました。ただ、ひとつの製品では消費者は満足できません。ひとつの分野でも、たくさんの企業が必要です。

僕たちの製品は機能がたくさんあって面白いし、ソフトウェアの開発スピードも速いです。僕たちの会社はまだまだ小さいですが、小さいからこそ社員が力をひとつに合わせて、ひとつの目標に向けて走れます。RICOHさんは大企業で、ほかのカメラも扱っているので、そういうところで勝負できると思っています。

ーー 最新モデルの Insta360 ONEでは、モバイルアプリで使える編集機能 FreeCapture を大きな売りにしていますね。スマホを構えて、一度撮影した360度映像のなかに入り込むように、もう一度自由なカメラワークで通常のビデオを撮るように編集できる。使ってみて非常に楽しい、可能性がある機能だと思いました。あれはいつ頃から開発していたんですか?


▲FreeCaptureを使って編集した動画

今年の1月2月くらいに開発をはじめて、4月に開発完了しました。

ーー 速っ!もともとアイデアは暖めていて、実装に4か月程度ということですか。

PCで360度動画を編集できる Insta360 Studioというソフトは昨年からリリースしています。こちらでも、画角の変換やスモールプラネット効果のような編集はできました。ただPC版ということで、どうしても大多数のユーザーにとっては難しいし、面倒です。

どうやったらもっと使いやすいものが作れるのかを考えた結果、モバイルアプリで、スマホ本体のジャイロを360度動画ビューアのように使うこと、指一本でズームなども操作できること、この2つのアイデアをあわせてFreeCaptureが生まれました。

360度ですべてを一度撮影しておいて、後から必要な部分だけを普通の動画に編集すること自体はめずらしくないですが、モバイルアプリだけで、スマホ動画を撮るように簡単にできる点が FreeCapture の違いですね。

将来的にはAIを使った編集を実現する



ーー ちょうどGoogleのイベントで、「Google Clips」というカメラが発表されました。手に持ってシャッターを切るのではなく、テーブルなどに置きっぱなしにして使う製品です。

AIが被写体を認識して、家族やペットがちょうどシャッターチャンスになった瞬間を撮ってくれるという、いわばカメラマンも内蔵したカメラのような。ロボットがレンズを動かすかわりに、広角レンズで捉えて必要な部分を切り出したりズームするようです。

後から手動なのか、AIでリアルタイムかの違いはありますが、全体を捕らえて抜き出すという点で360度カメラやFreeCaptureとどこか通じるものがありますね。

そうですね。僕が一番欲しいと思うのは、FreeCaptureの自動化。たとえば将来的にはAI技術を利用して、そのGoogleのカメラみたいに自動的に角度を選んだり、自動的に編集してビデオを作れれば良いと思います。

ーー いまのFreeCaptureにも、360度動画中の被写体をタップすれば、あとは画像認識で自動的に追いかけて1080pの通常動画を出力する SmartTrack はありますね。たとえばこれが被写体の顔を識別したり、もっと高度になってゆくような?

そうですね。AIの技術が必要になりますが。

ーー Arashi VisionはAIのエンジニアはどれくらい雇ってますか?

AIは今はまだあまり研究していません。ただ、AIが自動的に編集してくれる機能は、ユーザーにとって大事だと思っています。Google
だけでなく、GoPro も QuikStories という自動編集を出していますし、今後とても重要になってくる機能だと思います。

今回、日本に遊びに来て写真や動画をたくさん撮りました。でも良い写真を選んだり、ビデオを組み合わせて編集したりするのは......うーん(苦笑)。とても大変です。将来的にはAIを利用して、自動で写真や動画を選んでくれればすごくいいですね。

ーー 人工知能とコンピュータビジョン、あるいはコンピュテーショナルフォトグラフィといった分野は、Googleやマイクロソフト、アップル、Facebookなど世界的な巨大企業が今まさに莫大な資金を投入して競争しています。Arashi Vision も急成長しましたが、AIの研究開発に使える予算は桁が違います。どうしますか。

カメラメーカーとして思うことは、GoogleやFacebookはカメラのような最終製品よりも、業界のインフラストラクチャや標準を作って、ほかの会社に使わせることが目的だと考えています。AIフォトグラフィー技術のAPIやSDKをリリースするだろうし、カメラメーカーはそれを利用することでもっと良い製品が作れるということです。

ーー AIや、コンピュテーショナルフォトグラフィといった、これからカメラにとって中核となってゆくであろう技術についても、自社開発せず単に使う側になるのに抵抗はないですか。

AIにはまだ注力していないといっても、自社開発してる部分もあります。例えば、Insta360アプリでユーザーがシェアした動画一覧のカバー写真は、機械学習で自動生成してます。今月リリースしました。これは過去8か月、手動で編集を続けていたデータを機械学習した結果です。それまではただの歪んだ360度写真サムネイルでしたが、いまはベストな見え方を自動で表示するようになりました。

ーー なるほど。GoogleなどのAPI は使って、自社で開発すると。でも用意されたものを使う側に回ることで、傘下に入るというか、いずれどこにでもあるAndroidスマートフォンのメーカーのようにガワを作るだけになってしまうのでは、と不安に思うことはありませんか。

うーん......実はInsta360 ONEのチップは、他の会社もまったく同じものを使っています。でも、会社によっていろいろなプロダクトやサービスができる。AIも同じです。基盤となる技術は同じでも、アイデアしだいで面白い機能が生まれます。コアとなる技術は大事ですが、それをどう使って、どう一般消費者に提供するか。そこがすごく大事だと思いながら製品を開発しています。

ーー 今後の製品も楽しみにしています。本日はありがとうございました。

(編集部より:JKことLiu氏は物腰柔らかな、好青年そのものといった印象。製品や技術についての受け答えは明晰で、まだまだ内に秘めたアイデアがありそうと感じさせる人物でした。

インタビュー後のプレゼンテーションでは、Insta360 Proを使ったデプスマップ生成やステレオ立体視、試作中のライトフィールドカメラ、MEMSで撮像素子を微細にシフトして小型化と高解像度を両立させる技術など、今後の意欲的な取り組みも紹介。

ハードとソフト、どちらの面でも、次はどんなことでワクワクさせてくれるのか楽しみです。)