嫉妬で潰れてしまう人と、嫉妬で伸びる人がいる。南海キャンディーズの山里亮太さんは後者だ。相方、芸人仲間、ときにはイケメン俳優にも「嫉妬」する一方で、「生まれ変わってもこのままの自分がいい」と強い自己肯定感がある。なぜ山里さんは嫉妬の感情をプラスに変えられるのか――。

お笑いコンビ、南海キャンディーズの山里亮太さんは、自身を「嫉妬マン」と呼んでいる。「M-1グランプリ2004」で初出場ながら準決勝まで勝ち進んだあと、世間が注目したのは相方の「しずちゃん」(山崎静代さん)だった。そのとき、山里さんは「しずちゃんの人気に嫉妬するキモい男」というキャラクターになりきった。

その後の活躍ぶりは説明不要だろう。慶應義塾大学特任准教授の若新雄純さんは、テレビ番組で共演した際、「嫉妬と自己肯定」をうまく使いこなす山里さんの様子に強い関心をもったという。連載「マネジメントからの逃走」、今回は特別版として山里亮太さんと若新雄純さんの対談をお届けします。

■「比較」する苦しみ

【若新】山里さんは、比較や嫉妬に人間くさく悩みながらも、それと上手に向き合うコツを持っている人なのではないかと思っています。ぜひ、じっくりお話をさせてください。

【山里】よろしくお願いします。

【若新】人はある程度の成功を手に入れれば、それで安心して穏やかな人生を送れるかというと、そうでもないと思うんです。「勝ち組」と呼ばれても、そこにはさらに自分より優れた人、よりいいものを手にしている人、より脚光を浴びている人たちがいくらでもいます。僕たち日本人の多くは食べることには困らなくなったけれど、今度は、「他人との比較」に苦しむようになった。

【山里】おかげさまで、食うに困らない程度にはやらせてもらっていますが、確かに今、若新さんがおっしゃったように、成功して大金を手にしても、それが絶対的な幸せにはならない、その通りだと思います。そう考えると、「ああ、今日は楽しかった」と思える充実した仕事が続くことが、一番幸せでしょうね。

【若新】「充実」は、現代の重要な幸福指標だと思います。芸人としての仕事をふり返って、「充実していたな」と思うのはどんな時でしたか?

■「俺のサクセスストーリーが始まる」と思った

【山里】M-1グランプリ2004に初めて出たときは、「ここから俺のサクセスストーリーが始まる」と思いました。M-1でウケれば絶対に売れる、という成功のストーリーが自分の中で出来上がっていました。あの舞台で、しずちゃんというえたいの知れない存在を「テレビで使える」と思ってもらう。その成功戦略にハマっていく感じが、最初の充実感でした。

でも、あんなに憧れたポジションだったはずなのに、テレビ番組に出るようになってみると、そこにはもっと面白い人たちがいっぱいいたんです。伝説をたくさん持った天才たちに会ってしまうと、自分はなんて薄っぺらい人間なんだろう、自分の能力って低いなぁ、と毎日思い知らされて嫌でしたね。

【若新】立派なステージに上がったら、今度はそこにいる人たちとの比較が悩みになったということですね。東大生の多くもそうらしいです。受験に合格した瞬間は、「これで自分はもう充実した人生がずっと送れる」と感じるらしいんですけど、入学したら周りにもっとすごいやつらがいっぱいいて、すぐに比較に悩まされる。自分の存在価値を見失いかける人までいるようです。間違いなく「勝ち組」なのに。

■昔と比較しない。自分の時代に基準を置く

【山里】よく芸人友達と話すのは、“芸人がやっちゃいけないのは、先輩芸人さんが今の自分の年齢の時に何をやっていたかを考えちゃうこと”。例えば、紳助さんが「オールスター感謝祭」の司会を務めはじめたのは30代半ばです。自分がその年齢で、100人もの芸能人を仕切れたかって言ったら絶対無理。でも、そういう比較はやっちゃいけないですね。

【若新】それ、面白いですね。ある程度成功を収めたビジネスマンや上場した経営者などは、「あの成功者は、何歳ですでにこれを成し遂げていた」とよく言います。でも、それはやっちゃいけないと。

【山里】だって、時代背景が違うでしょ。その時代でそれをやったすごさは確かにある。ただ、バカリズムさんともこういう話をしますが、漫才のネタを見ると、僕らのほうがはるかに進化はしている。昔のレジェンド的な人たちは、いま僕らがやってるようなネタはできない。そう考えることで、不毛な嫉妬はやめようって。

【若新】それは現代のビジネスマンにも大切なことかもしれませんね。社会の変化はどんどん激しくなっているし、時代が変われば成功の基準も変わってきます。他人が生きた時代に基準を置くのか、自分の時代に基準を置くのか。自分の成功に、他人の成功の基準を持ち込んでしまったとたん、充実感のようなものは逃げていってしまうのかもしれません。

■嫉妬してヘコんでいる時間は無駄

【山里】すごい人を見て、自分がいかにダメかという確認作業をする時間って、人生で何のメリットもないですね。

【若新】でも、そういう「確認作業の時間」って、きっとほとんどの人間にありますよね。

【山里】嫉妬してヘコんでる時間は何も生みださないから、もったいないです。自分がダメなのはしょうがない。僕はそれを燃料にして、自分が努力を続ける方向へ持っていくようにしてきました。「この人たちはこれで評価されているけれど、自分がそれ以上の評価を得るには、これとこれをやらなきゃいけないんだ」って、つらくても自分に言い聞かせます。

その変換がうまくいっていれば、嫉妬する相手がいる限りはサボらないんです、ありがたいことに。例えば、ちょっと時間がとあいた時に、ゲームで時間をつぶすんじゃなくて、テレビやライブで使えるワードを一つ考える。嫉妬の感情は、サボらないためのストッパーであり、僕を努力させる燃料だととらえるようにしています。

【若新】アメリカの研究によると、他人との比較による嫉妬の感情は誰にでも起こるものなんですが、それをプラスの感情に変えられる人と、マイナスの感情にしてしまう人がいる。ほとんどの人たちが後者だそうです。マイナスの感情というのは、「こんなやつ、いなければいいのに」と思ったり、その人を陥れようとしたりすること。つまり、「相手を下げる」方向に嫉妬のエネルギーが働くのがマイナスです。反対に、プラスの感情というのは、嫉妬の気持ちを上方修正して、「自分を上げる」ようにすること。

つまり、激しく嫉妬することが問題なのではなく、その感情をどうしていくかが問題だということです。今の山里さんのお話は、まさに嫉妬の感情を「自分を上げる」方向に向けているということですね。

【山里】そうはいっても、僕も嫉妬の塊なんで、相手を落としたい気持ちになることはあります。相手の失敗を常日頃から願っています(笑)。そんな嫉妬の塊だからこそ、圧倒的に努力するしかないと、自分に言い聞かせているんです。「相手を引き下ろそうとしている限り、相手が上だということを認めていることになる。その時間を、自分の成長のために使わないとダメだ」って。

【若新】さらにその研究では、どういう人が嫉妬の感情をマイナスではなくプラスの方向にできるかも明らかにされています。それは、「このままの自分が好き」だと思える人。山里さんが、競争の激しいお笑いの世界で、うずまく嫉妬の感情を努力に生かせているのは、はやりの言葉で言えば「僕はありのままでいい」と思えているからではないかと思うんですが、いかがですか。

【山里】いやぁ、そうなんですよね。こんな人間ですが、僕はむちゃくちゃナルシストです。生まれ変わったら――こう言うとベタですが――もう一回このままの自分でいいと思っています。

■"ありのままの自分が好き"無条件の自己肯定

【若新】現代人の多くは、社会的な比較をすごく意識していて、自分が「ありのままでいい」と思える自尊心や自己肯定感が弱いようです。すると、嫉妬が「相手を下げる」マイナスの感情になりやすい。なぜなら、身近な人の活躍や成功は「自分の価値を相対的に下げる脅威」になるからです。

山里さんが「生まれ変わってもこのままの自分がいい」と思えるのは、仮にいろんな社会的な条件を失っても、ありのままの自分が好きだという「無条件の自己肯定」があるからだと思います。山里さんが今の自分が好きなのは、社会的に成功したからではないですよね?

【山里】そうですね。社会には、もっとすごい人はたくさんいます。ただ、僕は毎日が楽しくてしょうがないんです。ありがたいことに、自分の好きな仕事ばかりやらせてもらっているし。こういう充実した生活がまた送れるなら幸せですね。

【若新】社会的に成功する前の自分についても、同じように思いますか。

【山里】成功の前か後かはあまり関係ないんです。それに、この自分なら、また同じようなゴールにたどり着けると思う。子どもの頃から人の目を気にする性質だったから、人見知りだけれど、こう言ったら人がどう考えるか、というということをずっと考えてきた。だからこの脳みそがつくられてきた。その結果、芸人という仕事に出合うことができて、この脳みそが生かされる仕事が待っていたわけですから。

【若新】山里さんは、自分の内面やルーツを肯定してるんですね。お笑い芸人としての成功は、「もともと好きだった自分」がたどりついた場所。だから、他人との比較で嫉妬にまみれても、自分向上のエネルギーに変えられるという、まさに研究結果どおりです。

他人との比較に苦しむ現代人が、充実した幸せな人生をおくるには、「生まれ変わっても同じ自分を生きたい」と思える自己肯定の感情を持つことが必要なんだと思います。

(後編は9月7日に公開予定です)

(慶應義塾大学特任准教授/NewYouth代表取締役 若新 雄純、芸人 山里 亮太 構成=前田はるみ)