もくじ

ーポルシェ911 「ターボ」の歩み
ー数値で振り返る「930ターボ」
ー当時の自動車雑誌の評価は?
ー完ぺきなコンディションに酔いしれる
ー「ウッ! と声が詰まるほどの速さ」
ーサウンドやシフトフィールは?

ポルシェ911 「ターボ」の歩み

助手席にひとが乗っているかどうかにかかわらず、ポルシェ911を運転していて寂しく感じることはない。

シンプルなインテリア、左側に寄ったオルガン式のアクセルペダル、おばあちゃんのビクトリア調の衣裳箪笥のプレートのように折り重なったVDO製メーター、RRの駆動方式、数多くのヒストリー、そして評判。

1マイル走るだけで向けられてくる数々の賞賛の眼差し。あるいは時に批判的な視線を含めてドライバーを飽きさせないからだ。

ポルシェは、1969年に911と914-6用にターボチャージャー搭載の2ℓ901型エンジンを試作していたから、ターボチャージャーの開発競争の先頭に立つ可能性も十分にあった。しかしながら開発計画は棚上げされた。

そこで同社は1975年まで待ち、強力な917/10Kと917/30KLで1972年と73年のCan-Am選手権を制覇した後に2994ccの911ターボをようやく発表したのだった。

カレラRS 3.0に似た新型モデルの広く設けられたトレッド幅、フロントとリアの巨大なアーチは注目を集めたものの、なんといっても911ターボの永遠のシンボルはこの「ホエールテール」形のリアスポイラーがアイコンになった。

数値で振り返る「930ターボ」

911ターボは、930/50エンジンをRS 3.0から受け継いだ。スペックシートには、電子制御点火装置、圧縮比6.5:1の鍛造合金ピストン、ボッシュ製KEジェトロニック点火装置、そしてKKK製ターボチャージャーの文字が記載されている。

こうしたメカの相乗効果により、5500rpmで264ps、4000rpmで35.0kg-m、さらに0-96km/h加速が6秒、そして最高速度が251km/hという高い性能が生み出されたのだった。

当時の金額で£24,449(345万円)したターボ車のインテリアは、むき出しのRSRとは異なり、長距離走行が想定されている。

ちなみに、当初は500台の生産が予定されていたものの、911の生産計画が1981年以降も延長されるのに伴い、ターボ車の生産も延長された。

1977年には、3ℓモデル(2819台が生産された)が、インタークーラー、大型のコンプレッサー、圧縮比7:1の3299ccエンジンを搭載し、トルクを引き上げ、信頼性を高めるために設計を大幅に改良した930/60に置き換えられた。

これにより、5500rpmで304ps、4000rpmで452kg-m、最高速度が時速257km/hに達し、0-96km/h加速が5.3秒まで短縮された。

そして外観は、3.3ℓモデルからインタークーラーと相性の良い、さらに迫力のあるティートレー形のスポイラーが採用された。

エンジンが大型化され、クラッチの設計が変更されたため、リアのオーバーハングを長く取る必要性が生じ、重量配分に関してはあまりメリットがなかったというのは残念だが。

当時の自動車雑誌の評価は?

一方プラス面で見ると、こうした改良のおかげで、この時代で最も加速性能の高いクルマになった。

3ℓのターボ車について、Motor誌は「これほど印象的なクルマは、ほとんど試乗したことがない」と締めくくる一方で、3.3ℓのタイプに関しては「レーシングカーの性能にセダンの快適さを提供する、というポルシェの宣伝文句を全くもって裏切っていない」といった、ポジティブな意見を、当時書き記した。

加速、最高速、ハンドリング、そしてブレーキのいずれをとっても秀逸であり、このモデルは1989年まで生産が継続された。

膨大なトルクを扱うため、マニュアルトランスミッションにようやく5速が追加されたのは、最後の年になる1989年のこと。しかし、その頃には自動車誌の評価も辛めになり「最悪の重量配分」を批判する記事も登場した。

マイケル・イータフ氏の走行11万kmの個体の年式は1981年。「160km/hで走っていても」と、イータフ氏は切りだす。「ターボが効くことはありません。ブーストはゼロで、滑るように穏やかに走るだけです。そこでアクセルを踏み込むと、途端に急加速し始めるのです。もう、これには驚くしかありません」

「ただし、かなりの速度でも騒音に悩むことはないですよ。4速トランスミッションのギアはどれも高速寄りのセッティングですが、トルクは膨大ですからね」

完ぺきなコンディションに酔いしれる

911のフロントの挙動は、前方の状況をポジティブかつ的確に把握できる状態と、初心者マークを付けたドライバーのように疑心暗鬼に陥り綱渡りをしているかのような緊張感に襲われる状態との、極端なまでに細い線を行きつ戻りつする。

最高の気分に浸れるか、車輪がフラつくスーパーのカートのように感じるかは、個体のコンディションにもよる。ノーズが軽く、フロントサスのスプリングレートが高すぎることは信頼感を低下させ、ホイールバランスの偏りやバンプステアを疑いそうにもなる。

しかしながら、このクルマは違う。

完全に乾ききった路面で、ステアリング操作を落ち着いて行いさえすれば、911のもうひとつの顔である「ハイド」が表面化する心配はなく、さらにもっと極端に言えば、この現代において、クラシックな930ターボのコントロールを失うとすれば、よほど間の抜けたドライバーだということになる。今回の試乗では、重量配分やバンプステアなど、いずれも気にならなかった。

この911は、ストレートで高速走行しているときも安定しており、ドライバーに不安を与えることはなかった。ただただ無心で速度域の頂きへと切り込んでいくだけだ。

ステアリングは軽く、一貫性があり、前向きで、パワステへの過度な信仰を戒めてくれる。ロールはわずかであり、高速走行可能な起伏に富んだ道の上り、下り、そして段差を現代の多くのクルマが真っ青になる性能で駆け抜ける。

コーナリングはどうだろう?

「ウッ! と声が詰まるほどの速さ」

ベンド、S字、そしてカーブを抜ける際のポルシェのトラクションにも非の打ちどころが見当たらない。

変速する際、うっかりするとギアボックスをガリガリと鳴らしてしまう場合があるものの、注意深く操作すればすんなりとゲートに吸い込まれる。

エンジンのサウンドトラックは威圧的であり、パワーはサイズウェルの原子力発電所のごとく高出力かつ安定している。

インタークーラー搭載(かつ1万8770基生産された)3.3ℓエンジンのターボチャージャーは、3ℓエンジンほど自己主張が激しくないものの、イータフ氏の言葉を借りれば、「ブーストが掛かれば豹変します」ということになる。

タコメーターが最中心部にあるものの、ウインドウ越しに見る前方の光景から目を離すことができない。しだいに顔が引きつってくるのがわかる。

2016年の基準からすると、当然もっと速いクルマは存在する。しかしそれでも、ウッ! と声が詰まるほどの速さは全くもって色あせていないのである。

サウンドやシフトフィールは?

ただ、911ターボの扱いやすい車幅(公表値は1775mmである。911ターボが、現在のフォルクスワーゲン・ゴルフよりも24mm小さいというのは、にわかには信じがたいのだが)のおかげで、細い道でもヒヤリとすることはほとんどない。

2速、3速、4速は思ったよりもゲートの奥の方まで入る。アクセルを踏み増すと、バイブレーションの効いた重低音から、水平対向ならではの音を伴った、ソウルフルな叫びへとエスカレートしていく。

全てが溶け合って官能的で勇壮な雄叫びに変わるのだ。この音色には、ある種の依存性さえある。

世間とそれにおもねる連中が、ターナー賞受賞作品を無条件に絶賛するのと同じように911に熱狂する中、筆者はかつて、水平対向6気筒エンジンのポルシェ911に根強い不信感を持ち、醒めた目で見る非主流派に属していた時期もあった。

しかしながら、素晴らしい911ターボとの再会が、911に対する筆者のそうした偏見を動揺させ、ひびを入れ、そしてついには木端微塵に打ち砕いてしまったのだった。