ジュビロ磐田
名波浩監督インタビュー(後編)

MF中村俊輔(横浜F・マリノス→)をはじめ、FW川又堅碁(名古屋グランパス→)、MFムサエフ(カルシ/ウズベキスタン→)、DF高橋祥平(ヴィッセル神戸→)ら、新加入組の活躍が光っているジュビロ磐田。彼らの加入によってチームはどう変わったか、名波浩監督に話を聞いた――。
(前編はこちら>>)

――「好調」と言っていい今季前半戦だったと思いますが、やはりそこには”(中村)俊輔効果”が大きく影響しているのでしょうか。

「それは大きいでしょ、誰がどう見ても。俊輔の移籍加入が決まった当初は、(40歳間近のベテラン獲得には)批判的な声も少なからずあったみたいだし、FW川又堅碁に対しても、『点を取っていないFW(昨季は名古屋グランパスで17試合出場5ゴール)を獲ってどうするんだ』という声が自分まで届いてきた。でも、選手を獲得するときというのは、100%活躍してくれる保証なんて当然ないし、そこには多少のギャンブル的要素があるのかもしれない。その意味で言えば、彼らを獲ることでチームが劇的に変わるかどうかはわからなかったけれど、チームをよくするための”味つけ”というか、”スパイス”にはなると思っていました。

 だから、自分自身は周りに何を言われようが、彼らを信頼し続けているし、今はホント、その信頼以上のもので応えてくれている。練習を見ていても、既存の選手たちの刺激になっているのは間違いない。今までとはちょっと違う風を吹き込んでくれましたね。俊輔を中心に居残り練習もどんどん長くなってきて、正直なところ、監督としては『やりすぎだから、早く上がれ!』という気持ちもあるんですけど(苦笑)」

――名波監督は昨季、「うちは横から縦へという展開が少なく、スルーパスも少ない」と話していましたが、今季の磐田にスルーパスが増えているのも”俊輔効果”ですか。

「スルーパスが少なかったのは、出し手が見てない、あるいは受け手がもらおうとしてないというような、ふたりの関係性だけが原因ではなかったと思っています。今季のジュビロは俊輔が入ったことでボールが収まり、彼が前を見てくれるので、周りの選手には『俊輔にボールが入るだろう』という予測が立ちやすくなりますよね。それを予測しやすくなると、選手は頭で考える前に、たぶん体が自然と動き出すんですよ。

 ということは、3人目の反応がよくなる。3人目が反応よく入ってくれば、受け手はそれが目に入るから、『あっ、クサビに顔を出さなきゃ』となる。今はまだ、受け手の動きが(3人目の動きの)後追いかもしれないけれど、結果として連動性が生まれてきている。これが後追いではなく、もっとオートマティックになれば、より中央突破の回数も増えると思います」

――MF川辺駿(かわべ・はやお)選手などは、前へ出ていくタイミングがとてもよくなったように見えます。

「実は今季開幕前のキャンプでは、最初の1カ月近く、どの練習でもわざと川辺を俊輔とは組まさなかったんです。紅白戦や対外試合はもちろん、3対3とか、5対5の練習とかでも、1月中は同じチームにしなかった。駿は番記者さんたちに俊輔について聞かれると、ふてくされて『僕、一回も一緒にやっていないんで』と愚痴っていたらしいですけど(笑)」

――どんな狙いがあったんですか。

「対戦相手としてなのか、ピッチの外からなのかはともかく、まずは『見ることが大事』だからです。若い選手というのは、新しく入ってきた選手と一緒にやると、だいたい自分のプレーを押しつけたがる。『オレの特徴はこれですよ』『オレがやりたいのはこういうプレーですよ』と。

 でも、そうじゃない。まずは見て学び、俊輔をどういうふうに使うか、ということを考えてほしかったんです。周りの選手がボールを受けたときに、俊輔はどういうタイミングで顔を出すのか。俊輔がどういうタイミングでボール持っているときに、周りが出ていかなきゃいけないのか。そういうことは、自分のなかですり合わせていかないと本当の答えはわからない。監督やコーチがどんなに言葉で伝えても、それは机上の空論に過ぎませんから」

――本人には、なぜ俊輔と組ませないかは伝えなかったのですか。

「『ちゃんと俊輔を見ておけよ』なんてことは、あえて言いません。プロなんだから、それは自分で考えないと。そうやって突き放しておいて、本人のストレスがちょうどいい具合にたまってきたところで、ポンと同じチームにして、そこからすり合わせに入りました」

――外から見させた効果はありましたか。

「最初の頃は、せっかく俊輔がいいアングルで落ちてきても駿がそれを使わないので、いい”化学反応”がまったく起きませんでした。なぜ駿が俊輔を使わないかと言えば、さっき言ったように、もっといいところに自分から(ボールを)出したいから。でも、それをやっていると、違うイメージを持っている選手をスルーしてしまうことになる。それでは、俊輔を獲得した意味がありません」

――いつ頃から、互いのすり合わせがうまくできるようになったのでしょうか。

「俊輔も『オレがこうしたときに、おまえはこう顔を出せ』というようなことを、最初から言うタイプではないですからね。俊輔も、こうしてやったほうがいいかな、これは言わないほうがいいかな、と悩みながらやっていたみたいです。きっと、ストレスをためながらやっていた部分はあったんでしょう。

 それが最近はふたりの会話も増えてきて、やっと駿も俊輔の”取り扱い説明書”がだいぶ分厚くなってきたんじゃないかな。第8節の鹿島アントラーズ戦(3-0)あたりから、駿と俊輔の関係性がグッと高まったような気がします」

――名波監督も俊輔とはよく話をするんですか。

「もちろん。こうしたほうがいいんじゃないかとか、いろいろとコミュニケーションをとるなかで、新しい発見もありますよ」

――新しい発見というと。

「例えば、(第16節の)FC東京戦の前日に、試合前日にはあまりやらない紅白戦をやったんです。俊輔から『しっくりこない部分があるので、もう一回やっておきたい』という提案があったので。その紅白戦では、前半は1トップ+2シャドー、後半は2トップ+1トップ下でやりました。

 そして、試合後にコーチ陣を集めて、どっちがよかったかと聞いたら、全員が2トップ+1トップ下のほうが、バランスがよかったと。ところが、俊輔だけでなく、DF大井健太郎やMFムサエフなど、選手5人くらいにひとりずつ話を聞いていったら、全員一致で『1トップ+2シャドーのほうがいい』と言うんです。だったら、それでいこうということになりました」

――ピッチ内の感覚を優先したわけですね。

「別に監督としての仕事を放棄するわけではないけれど、ピッチの中の選手たちが気持ちよくやれる状況を作ることが一番大事だと思っているので。自分が現役のときも、ピッチ内の判断でやり方を変えることはしょっちゅうあったし、実際、今もそれがうまくいって結果も出ているわけですからね。

 それに、チーム全体で意思を共有してやった結果であれば、成功か失敗かは大きな問題ではない。成功体験として残るか、失敗体験として残るかはわかりませんが、どっちに転んだとしても、ピッチの中で責任を持ってやったのであれば、その体験によってさらにチーム力はついてくると思うし、もう一段レベルアップすることにつながると思います」

――ジュビロはまだ外国人選手の枠が空いています。例えば、外国人FWがほしい、というような希望はありませんか。

「強化部がどう考えているかはともかく、現場としてはいらないと思っています」


チームの得点源として活躍している川又堅碁。右はムサエフ

――必要ない、と。

「外国人FWを獲らないということは、川又に対する『お前が年間を通して出続けなければいけないんだぞ』『そういう覚悟を持って、練習から常に全力でやれよ』という無言のメッセージでもあります。川又は、23ゴール取った2013年以外、J1では1シーズン出続けたことがありません。でも、まだ27歳ですからね。

 興梠慎三(浦和レッズ)、佐藤寿人(名古屋グランパス)、前田遼一(FC東京)とか、多くのストライカーが30歳あたりから改めて点を取り出している。それを考えれば、27歳はまだ若い。にもかかわらず、外国人FWを獲ってしまえば、その可能性にフタをしてしまうことになりかねない。FW小川航基にしても、今季絶望のケガをしてしまったのはアンラッキーでしたが、同じことが言えますよね」

――さて、中断明けの初戦(第19節)は7月29日、いきなり現在3位の川崎フロンターレとの対戦になります。

「守備の時間が増えると思うし、パスを回されて、体力を消耗するゲームになるかもしれないですけど、今まで通りやるべきことをやって、しぶとく戦えばいいと思っています。とにかく、自分たちのよさを出していくことですね。選手にはいつも言っていることですが、あきらめないとか、さぼらないとか、そういうことが大事になると思います」

――その川崎戦には、6連勝がかかっています。

「5連勝でここに来るというのは、いい意味で想定外でしたが、それは自信を持ってやってきた結果だし、6連勝できるかどうかは別にして、『これなら川崎が相手でもいけるんじゃないか』という空気を作れたことはよかったと思っています」

――現在ジュビロは、勝ち点31の7位。首位との勝ち点差は10です。現状を受けて、多少なりとも最終目標が変わったのではないですか。

「たとえ、現有の倍の戦力があったとしても、それが変わることはないですね。今の我々の目標が『いかに早く勝ち点40を突破するか』であることは、昨季からずっと変わっていないし、目標を上方修正するならば、それを突破してからであるべきですから。あえて順位で言うなら、J1の18クラブをAとBの2ランクに分けたとき、Aランクに入りたい。つまり、9位以内に入りたいということくらいです」

――とはいえ、数字上は優勝も十分に射程圏内です。

「確かに、思ったほど力が抜けているクラブはないですよね。でも、だからといって我々にも優勝のチャンスがあるとは、夢にも思っていません。ジュビロはこの10年くらい、ひとつ勝ったらふたつ負けるというようなシーズンをずっと送ってきています。

 なので、変に優勝を夢見て、届かなかったときに落胆するくらいなら、順位という意味でも、サッカーのクオリティーという意味でも、少しずつでいいから確実に上がっていく快感というものを、まずは今の選手たちに味わってもらいたい。それが今の自分の率直な気持ちです。少なくとも自分自身は全然勘違いもしていないし、何というか……、そんなにこう……、夢を見ることもないですね」

前編から読む>>

■Jリーグ 記事一覧>>