2015年1月1日から始まった相続増税。増税前の「駆け込み贈与」で、2014年は贈与税の申告が激増した。現在、この動きは沈静化しつつあるが、統計が取れる直近で申告納税額は2000億円台を推移、依然として高水準である。ある人が、生前中に、他の人に財産を譲る(贈与)することを「生前贈与」という。今回から2回に分けて、人々の間で注目の集まる生前贈与についてふれたい。

■ある消費者金融の裁判のゆくえ

かつて存在した消費者金融大手・武富士の贈与にまつわる裁判をご存知だろうか。1997年当時、贈与税の課税は、「贈与時に受贈者(もらう人)の住所又は受贈財産(もらう財産)の所在のいずれかが国内にあること」が要件とされていたため、贈与者(あげる人)が所有する財産を国外へ移転し、さらに受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することで、贈与税の負担を回避することができた。

武富士は、1997年に香港でM&Aを実施し、買収した企業の役員に武富士元会長の長男が就任、現地で業務に当たっていた。1997年から2000年にかけて、長男は1年の3分の2を香港に滞在し、残りの3分の1を日本で過ごしている。

武富士の元会長夫妻は、オランダにある非公開有限責任会社の総出資口数800口すべてを所有しており、1998年には武富士株式1569万8800株を同社に譲渡、同社の総資産の9割をこの株式が占めるに至った。そして、1999年、同社の出資口のうち、720口が長男に贈与された。取得した出資口の経済的価値は、当時で1653億円に達する。

贈与税では、法人に対する出資の国内財産、国外財産の別については、「その出資のされている法人の本店又は主たる事務所の所在」で判断される。つまり、オランダが本社である同社の出資口は「国外財産」となり、さらに、贈与を受けた当時、長男も国内に住所がなかったことから、贈与税の課税対象から外れるとして、長男は贈与税の申告を行わなかった。つまり、実質的に、武富士株式が親から子へ、無税で贈与されることになったのである。

これを受けて税務当局は、2005年に「この贈与は租税回避行為を目的として行われたものである」として、長男に約1330億円を追徴。長男は、これを不服として、追徴課税を取り消す裁判を起こした。

裁判では、「長男の生活拠点が国内なのか、国外なのか」が争点となった。高裁は、長男には日本にも居宅があり、香港に滞在していたものの、インターネットや電話回線で武富士の業務を行っていた実態から、「生活の本拠は日本にあった」として、税務当局の追徴は適法と判断した。しかし2011年、最高裁は、1年の3分の2を香港で過ごしており、その日数から、「やはり生活の本拠は国外にあった」として当該財産が贈与税の対象とならないとの判断を示し、追徴課税の取り消しを命じた。

ただし、元会長夫妻が何度も弁護士や公認会計士と打ち合わせし、長男を香港に居住させ、長い期間をかけてこの贈与スキームを作り上げてきた経緯を重視し、裁判長からは、「海外経由で両親が子に財産を無税で移転したもので、著しい不公平感を免れない」「国内にも住居があったとも見え、一般の法感情からは違和感もある」との補足意見が述べられた。

このような行為を防ぐため、2000年、2013年、2017年と税制改正が行われ、贈与者、受贈者が国内、国外のどちらに居住しているか、またその期間はどれくらいかによって、課税対象となる財産の範囲が細かく規定されるようになった。この事例から言えるのは、贈与は適切に使用することで相続税の節税対策となるが、「租税回避」と疑われるような無理な方法は避けるべきということである。

■個人から財産をもらったときにかかる贈与税

贈与税は、個人からの贈与により財産を取得した個人に対して、その取得財産の価額を基に課される税金であり、次の2つの課税方式がある。

ひとつは「暦年課税」で、1年間に贈与を受けた贈与財産にかかる税額をまとめて計算する課税方式である。年間受贈額が110万円以下なら贈与税がかからず、申告も必要ない。この110万円を「基礎控除」という。110万円を超える部分については、累進的に10%〜55%の税率が課される。この課税方式による贈与(暦年贈与)があってから3年以内に贈与者が亡くなった場合、贈与者から相続または遺贈により財産を取得していれば、贈与者である被相続人の相続財産に、贈与財産の価額を加算して相続税を計算しなければならない。

もうひとつは「相続時精算課税」で、原則として、年齢20歳(※)以上の者が、60歳(※)以上の直系尊属(曾祖父母、祖父母、父母等)からの贈与について「相続時精算課税選択届出書」を提出した場合に適用される課税方式である。この届出書は一度、提出すると撤回することができない。そのため、提出には慎重な検討が必要である。
(※)贈与を受けた年の1月1日における年齢

相続時精算課税では、贈与によって取得した財産の価額から2500万円までを控除でき、それを超える分に、一律20%の税率を適用する。この2500万円を「特別控除」といい、暦年課税の基礎控除と異なり、すべての期間を通じて適用されるものである。贈与者が亡くなった場合、贈与者である被相続人の相続財産に、贈与財産の価額を加算し、そこからすでに支払った贈与税額を控除して相続税額を計算する。なお、この課税方式を選択すると、届出書に記載した者からの贈与については、「暦年課税」が選択できなくなる。

■いくらもらうと贈与税がかかるのか

暦年贈与では、基礎控除110万円までは課税されないため、この枠の中で毎年贈与を行えば、無税で子や孫に財産移転を行うことができる。暦年贈与を行う際に注意すべきポイントを確認しよう。

まず、「贈与契約書」を作成する。民法において、贈与は、「財産を与える意思表示と相手方の受諾があって初めて成り立つもの」とされている。贈与契約書があれば、贈与者と受贈者の間で意思表示と受諾があったことを証明できる。その際、氏名は、ワープロ書きではなく自署するようにし、その上で捺印するようにしよう。ほかにも注意点としては、初年度に「毎年110万円ずつ10年間贈与する」という贈与契約にしてしまうと、連年贈与として初年度に1100万円の贈与の約定があったとみなされ、多額の贈与税が課されてしまう可能性があることである。そうならないために、契約書は毎年新たに結び直し、その都度、「110万円贈与する」ことを明記したものにしよう。

次に、子や孫の普段使っている銀行口座に、口座振り込みなどにより資金を移動させる。こうすれば、親の口座から子や孫の口座へ、贈与による財産移転があったことが分かる。ただし、子や孫が自分名義の口座の存在を知らない、あるいは知っていても自由に使えないといった場合、贈与とみなされず、形式的には家族の名前で預金しているが、実質的には被相続人が所有者である「名義預金」であるとして、相続税の課税対象とされてしまうことがあるので注意されたい。

贈与の実態を明確に証明するために、あえて110万円を超える贈与をし、税務署に贈与税の申告と納税を行い、申告書を保管するという方法もある。111万円の贈与なら1000円、120万円の贈与なら10000円の贈与税を納めることになるが、税務署に贈与した実態を報告することで、明確な証拠を残すことができる。

最近では信託銀行などが暦年贈与をサポートするサービスを始めている。状況に応じて、そうしたものを利用するのも一手だろう。

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藤宮 浩
フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)代表
株式会社フジ総合鑑定 代表取締役
埼玉県出身。1993年、日本大学法学部政治経済学科卒業。95年、宅地建物取引主任者試験合格。2004年、不動産鑑定士試験合格及び登録。12年、フィナンシャルプランナーCFP登録。04年に株式会社フジ総合鑑定代表取締役に就任し、相続不動産に強い不動産鑑定士として、徹底した土地評価を行うことで有名。主な著書に税理士・高原誠との共著である『あなたの相続税は戻ってきます』(現代書林)『日本一前向きな相続対策の本』(現代書林)、不動産鑑定士・小野寺恭孝との共著である『これだけ差が出る 相続税土地評価15事例 基礎編』(クロスメディア・マーケティング)。セミナー講演、各種メディアへの出演、寄稿多数。フジ総合グループ(https://fuji-sogo.com/)
 
高原 誠
フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)副代表
フジ相続税理士法人 代表社員
東京都出身。2005年税理士登録。06年、税理士・吉海正一氏とともにフジ相続税理士法人を設立、同法人代表社員に就任。相続に特化した専門事務所の代表税理士として、年間600件以上の相続税申告・減額・還付業務を取り扱う。セミナー講演、各種メディアへの出演、寄稿多数。

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( フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)代表、株式会社フジ総合鑑定 代表取締役 藤宮 浩、フジ総合グループ(株式会社フジ総合鑑定/フジ相続税理士法人)副代表、フジ相続税理士法人 代表社員 高原 誠)