イギリスで昨年、メディアに取り上げられ話題になった102歳の女性が、このほど一人息子の死の知らせを耳にした数時間後に息を引き取った。年老いてもタバコとワインをこよなく愛し元気だった女性も、やはり息子の死が相当なショックとなったのだろう。英『Glasgow Live』をはじめとする複数メディアが伝えている。

メイジー・ストラングさんはスコットランドのグラスゴーにあるニュートン・マーンズの老人ホームで昨年10月5日、102歳の誕生日を迎えた。その時そばにいたのはメイジーさんの一人息子のサンディーさんで、元気に長生きしている母親へ祝福の言葉を贈っていた。

メイジーさんは1914年10月、第一次世界大戦開戦の数週間後に生まれ、16歳の時に新聞社に入社した。仕事ができたことから昇進も早く、10年以上にわたりグラスゴー市内の「the Daily Express」社で編集秘書を務めていた。その後、法律事務所や病院で精力的に働き、上司に退職を勧められたのは70代に入ってからだったという。

タバコが大好きだったメイジーさんは75年以上1日20本喫煙し、白ワインを愛飲していた。90歳を超えて大腿骨折により1か月の入院を余儀なくされた時に禁煙したが、好きなワインは嗜み続けた。102歳の誕生日を迎えた時も、ワインで乾杯しているメイジーさんの姿が各英紙で報じられ、息子サンディーさんも「母は実年齢よりも若く見えるでしょう。調子の良い時には80代、いや70代にも見えますよ」と元気な母を祝っていた。

そんなサンディーさんが膵臓がんと宣告されてから息を引き取るまで、わずか1か月ほどだった。65歳だった。

サンディーさんは、母のメイジーさんに似て頭脳明晰な人物だったようでケンブリッジ大学を卒業後、1974年にグラスゴーにあるハチソンズ・グラマースクールの英語教師として勤務し、1987年に同校の副校長に就任した。

あまりにも早すぎたサンディーさんの突然の訃報に、学校側はサンディーさんが熱心な教職者であったことを称賛しその死を惜しんだ。また元教え子からも多くの追悼が寄せられたという。そしてサンディーさんの死にショックを受けたのは、教え子や学校関係者だけではなかった。

たった一人の息子の死の知らせを聞いたメイジーさんは、数時間後にホームで息を引き取った。元気な姿を見せていたメイジーさんも、息子の死がよほどこたえたのだろう、まるで申し合わせたようにサンディーさんに続いて旅立っていったのである。

なお4月には、英レスターシャー州で71年連れ添った老夫婦がそれぞれ5kmほど離れた場所で、わずか4分差で亡くなっていた。
出典:http://www.glasgowlive.co.uk
(TechinsightJapan編集部 エリス鈴子)