●画像を用いた主な検査方法
頭痛やマヒなど、さまざまなパターンの症状がある脳腫瘍の一種・脳リンパ腫。万一疾患が疑われる場合は病院での精密検査が必要となる。一体、どのような種類の検査があり、それぞれにどのような特徴があるのだろうか。

今回は高島平中央総合病院脳神経外科部長の福島崇夫医師に脳リンパ腫の検査および治療法などについてうかがった。

○画像検査のスタンダードはMRI

脳リンパ腫は全身のリンパ系組織に発生する腫瘍の中で、脳や眼球などの中枢神経系にできるものを指す。元来欧米に多い病気ではあるが、近年になって日本でも患者が増加傾向に。特に50〜70代の高齢者で罹患(りかん)するケースが目立ち、俳優の故松方弘樹さん(享年74歳)も脳リンパ腫によって命を落とされている。

発病の原因は不明で、何らかの理由でリンパ組織がない脳自体から発生する症例が大半。免疫力の低さと罹患率の関係性が指摘されているが、相関を裏付けるだけの医学的根拠は現時点までに得られていない。腫瘍ができた位置にもよるが、主な症状は「頭痛」「吐き気」「嘔吐」「言語障害」「視力障害」「マヒ」「認知機能低下」などがある。

では、実際の臨床現場ではどのような検査が行われているのだろうか。まずは画像を用いた各検査の特徴をまとめた。

■脳CT検査

放射線を利用して対象物をスキャンし、コンピューター処理によって対象物の内部画像を構成する検査。くも膜下出血などの出血を伴う脳疾患の検査にもよく用いられる。

■脳MRI検査

強力な磁石でできた筒状の構造物内に入り、磁気の力を利用して体の臓器や血管を撮影する手法。前述のCT同様、造影剤を用いる造影検査の一つで、脳や筋肉など水分の多い部分の画像診断に優れる。脳リンパ腫の主流な検査法。

■ガリウムシンチグラフィ

脳以外の臓器から腫瘍が転移して脳リンパ腫を発病している可能性もあるため、脳と一緒に全身を検査する際に効果を発揮する。特殊な放射性薬剤を体内に投与した後、ガンマカメラと呼ばれる特殊なカメラで全身を撮影し、腫瘍を見つける。腫瘍以外に炎症部分も感知するため、画像に病変が映りこんだとしても必ずしも腫瘍というわけではない。

■PET検査

ガリウムシンチグラフィ検査同様、全身をスクリーニング検査する際に用いられる。PETは「陽電子放射断層撮影」を意味する。特殊な検査薬を注射し体内に投与して、PETカメラという特殊なカメラで全身を撮影。がん細胞に目印がつくため、一目で腫瘍位置がわかる。全身検査の主流となりつつあるが、検査をできる医療施設は限られる。

●脳脊髄液からがん細胞を見つけるための検査
以上が画像を用いた検査方法だが、このほかに患者の細胞や血液を用いる検査もある。併せて紹介しよう。

■脳脊髄液細胞診

脳脊髄液を採取し、がん細胞が確認できるか否かを調べる検査。腰椎くも膜下腔より針で穿刺し、脳脊髄液の一部を採取する「腰椎穿刺(せんし)」という検査が行われるが、実施にあたっては注意が必要。

脳腫瘍などの脳を圧迫するような病気があって、脳内の圧力が非常に高まっているときに腰椎穿刺で腰から脳脊髄液を抽出すると、脳ヘルニア(脳嵌頓<のうかんとん>)を誘発する。高まっていた頭蓋内圧は開いた穴へと逃げ場を見つけ、そのときに発生する圧力のエネルギーによって脳組織の一部が正常な位置からはみだしてしまう。

場合によっては命に関わるため、腰椎穿刺実施前には頭部CTなどの画像検査をあらかじめ行い頭蓋内圧に留意する必要がある。

■血液検査

脳リンパ腫には特異的な腫瘍マーカー(正常細胞には見られず、悪性腫瘍から特異性をもって産生される物質)があるため、血液検査でその腫瘍マーカーの数値を見ることもある。

○脳リンパ腫の診断確定には病理検査が必須

そして最後は病理検査だ。福島医師は「画像だけで判断すると見誤ることがあるため、腫瘍の診断は病理診断が鉄則です」と話す。

脳リンパ腫かどうかを確定させるには、これまでに紹介した検査を踏まえたうえで、人体から採取された細胞組織を特殊な顕微鏡で検査する。この手順を踏まえ、最終的な診断を下すのが基本となる。ただ、脳リンパ腫は脳深部に発生することが多いため、病理検査にはしばしば定位的脳腫瘍生検術が用いられる。

■定位的脳腫瘍生検

頭蓋骨に開けた小さな穴から針を刺し、組織の一部を採取する検査法。侵襲性が低く、頭皮の傷も小さくてすむ。

●罹患後の平均余命は3年、5年生存率は……?
最後に治療法方についても触れておこう。脳リンパ腫の治療は、化学療法を実施してから放射線療法を行うのが近年のスタンダードとなっている。

通常、腫瘍は摘出量の多寡が予後に反映されると言われている。だが、リンパ腫に関しては腫瘍を仮にすべて取り除いたからといって予後が良好になるわけではない。また、脳の深部に腫瘍があるケースも少なくないため、原則として無理な摘出手術はしない。それでも、7〜8割の症例では「化学療法を経てからの放射線療法で腫瘍が縮小します」と福島医師は解説する。

脳リンパ腫の化学療法に有効とされている「メトトレキサート(MTX)」を大量投与する「MTX大量療法」や、MTXに複数の抗がん剤を組み合わせた「多剤併用療法 」が化学療法ではよく用いられる。この後、脳への放射線照射を行う。脳リンパ腫は多発性のケースが多いため、腫瘍部位だけではなく、すべての脳部分をくまなく照射する「全脳照射」が一般的だ。ただ、高齢者はこの限りではない。

「高齢者患者に全脳照射を行うと、放射線障害による高次脳機能障害を招きやすいです。場合によっては全脳照射を控え、放射線治療専用の装置であるガンマナイフやサイバーナイフなどで定位的放射線照射(腫瘍に対し、多方向から放射線を集中させる方法)を行い、正常脳への被爆量を抑える治療法をとるという選択肢もあると思います」

この化学療法と放射線療法のセットは、確かに一定以上の治療効果を患者にもたらしてくれる。それでも、脳リンパ腫が体にもたらすダメージは、その治療効果を上回ることが往々にしてある。

「悪性の脳リンパ腫を発病すると、化学療法と放射線療法を行っても平均余命は3年ぐらいと言われています。5年生存率は30〜40%ほどではないでしょうか。全身にできる他の悪性リンパ腫よりも、脳リンパ腫は予後が悪いです」

○今後の日本で脳リンパ腫患者が増える可能性

総務省が2016年6月に発表した「平成27年国勢調査」は、日本の総人口の4分の1にあたる26・7%は65歳以上であることを示している。また、厚生労働省が発表した「平成27年簡易生命表」によると、日本人男性の平均寿命は80.79歳、同じく女性の平均寿命は87.05歳となっている。脳リンパ腫は50〜70歳の高齢者に罹患するケースが多い。超高齢社会に突入している日本では、患者増加への"基盤"が日々、つくられていると言っても過言ではないだろう。

脳リンパ腫の症状には言語障害や認知機能低下など、周囲の人間が気づけるものもある。ただでさえ予後の悪い脳リンパ腫は初動が肝要。自分の身近な人に明らかにこういった兆候が見られたら、一度きちんとした検査をするよう勧めたいものだ。

○記事監修: 福島崇夫(ふくしま たかお)

日本大学医学部・同大学院卒業、医学博士。日本脳神経外科学会専門医、日本癌治療学会認定医、日本脳卒中学会専門医、日本頭痛学会専門医、日本神経内視鏡学会技術認定医。大学卒業後、日本大学医学部附属板橋病院、社会保険横浜中央病院や厚生連相模原協同病院などに勤務。2014年より高島平中央総合病院の脳神経外科部長を務める。

(栗田智久)