[画像] 【連載エッセイ】映画監督・武 正晴の「ご存知だとは思いますが」第16回「カリフォルニア・ドールズ」

中・高・大と映画に明け暮れた日々。
あの頃、作り手ではなかった自分が
なぜそこまで映画に夢中になれたのか?
作り手になった今、その視点から
忘れられないワンシーン・ワンカットの魅力に
改めて向き合ってみる。

文●武 正晴


愛知県名古屋市生まれ。明治大学文学部演劇学科卒業後フリーの助監督として、工藤栄一、石井隆、崔洋一、中原俊、井筒和幸、森崎東監督等に師事。『ボーイ・ミーツ・プサン』にて監督デビュー。最新作『百円の恋』では、第27回東京国際映画祭の日本映画スプラッシュ部門作品賞をはじめ、国内外で数々の映画賞を受賞。

 
 

第16回「カリフォルニア・ドールズ」


イラスト●死後くん
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作品概要:その日暮らしの地方巡業を続ける女子プロタッグ「カリフォルニア・ドールズ」とマネージャーがアメリカン・ドリームをつかむまでを描いた奮闘記。『北国の帝王』『ロンゲスト・ヤード』のロバート・アルドリッチ監督による遺作。

製作年    1981年
製作国    アメリカ
上映時間   113分
アスペクト比 ビスタ
監督     ロバート・アルドリッチ
脚本     メル・フローマン
撮影     ジョセフ・バイロック
編集     アーヴィング・ローゼンブルム
       リチャード・レーン
音楽     フランク・デ・ヴォール
出演     ピーター・フォーク
       ヴィッキー・フレデリック
       ローレン・ランドン
       バート・ヤング他
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※この連載は2016年8月号に掲載した内容を転載しています。



 6月3日“ザ・グレーテスト”モハメド・アリが74年の戦いを終えてこの世を去ってしまった。今夏、格闘技団体で働く人々の映画を撮ろうとシナリオ作成していた僕は思いを巡らしてしまった。テレビで「キンシャサの奇跡」を見てしまったのは僕が小学1年生の秋だった。最強無敵の絶対王者ジョージ・フォアマンの丸太のような両腕からのパンチにアリは打たれ続けていた。
 「蝶のように舞い、蜂のように刺す」フットワークは影を潜めていた。しかし、それはアリの秘術「ロープ・ア・ドープ」であったことを僕は8ラウンドに知った。打ち続けて疲労困憊したフォアマンに耐えきったアリが蜂の右ショートを浴びせた。フォアマンの巨体がゆっくりとマットに崩れ落ちるのをアリと一緒に僕は眺めていた。翌日の小学校の至る所で奇跡を目撃した少年達がアリの秘術を再現しようと夢中になっていた。僕もその一人で、フォアマンの役は倒れるのが難しかった。



 1976年6月26日、モハメド・アリとアントニオ猪木が日本武道館で異種格闘技戦を戦った。小学3年生の僕は学校から家まで走って帰ったことを憶えている。世紀の一戦を家族とテレビ観戦した。次元の超えた15ラウンドの戦いは僕のような子供には到底理解できるものでなく、大人達は世紀の凡戦と呼んだ。以降僕はプロレス、ボクシングに夢中になって行く。



コロンボが多くの映画に出ていることを知った

 女子プロレス映画『カリフォルニア・ドールズ』。その公開封切を僕は見逃している。テレビの日曜洋画劇場でようやく観られたのが高校2年の秋だった。主演のピーター・フォークは『刑事コロンボ』からの大ファンだった。小学生の時、夜更かしが許されたのが日曜日のNHKでの『刑事コロンボ』を見る時だけだった。ピーター・フォークが大好きになった僕はテレビの洋画劇場で“コロンボ”が多くの映画に出ていることを知った。『大反撃』、『グレートレース』、『名探偵登場』、『名探偵再登場』、『アンツィオ大作戦』脇役ではあるがクセモノ的登場が毎度楽しかった。ピーター・フォークが主演で実在の強盗を演じた『ブリンクス』は劇場で観た。初めて本人の声を聞くことができて感激した。



 映画『カリフォルニア・ドールズ』は美女レスラータッグチーム(カリフォルニア・ドールズ)を売り出して一儲けしようとするマネジャー、ハリー・シアーズ(ピーター・フォーク)の奮闘記だ。ベテランレスラーのアイリス(ヴィッキー・フレデリック)と若手ホープのモリー(ローレン・ランドン)の3人でアメリカ中をポンコツ車で渡り歩く。ナンバープレートには「TAG TEAM」と書いてあるのに笑ってしまう。


 車内道中のハリーとドールズ達のお喋りが楽しい。説教と格言で彼女達をチャンピオンに導こうとハリーのトークはいつも絶好調なのだが、現実は厳しい。安モーテルで傷んだ身体を休め、ファストフードで生活費を切り詰め、暖房の効かないポンコツ車の中で震えるドールズの前途は多難だ。
 カーステレオからはハリーのお気に入りのイタリアオペラ「パリアッチ(道化師)」がエンドレスでかかっている。「なんでいつも同じ曲ばかり。何と歌っているの」とドールズに聞かれたハリーは「どんなに辛くても町から町へと歌い歩く道化師は俺たちと同じなんだ」と二人を鼓舞する。「俺は人間としてはダメだがマネジャーとしては一流なんだ」というハリーのソウルソングだった。



 ギャラをピンハネするセコイ興行師エディ・シスコをバート・ヤングが好演。『ロッキー』シリーズのもう一人の主人公、ロッキーの冴えない義兄ポーリー役でお馴染みだ。ピーター・フォークとバート・ヤングの罵しり合いと用心棒役のレニー・モンタナのボケっぷりが巧みで感心してしまう。

 500ドルの契約金のために田舎にある製錬所のカーニバルで泥レスショー出演を拒むドールズ達に「笑われ、楽しんでもらうのがレスラーの仕事だろう」とハリー。泥レスで見世物になって笑われ、プライドが傷つき泣き悲しむアイリスを慰めるハリー。「笑われたんじゃない、みんな楽しんだんだよ」。ピーター・フォークの名演に熱いものが込み上げる。盟友ジョン・カサヴェテス作品『こわれゆく女』のピーター・フォークを僕が知るのはもう少し後のことだ。



ラスト27分に亘るプロレスは映画の教科書

 カリフォルニア・ドールズとハリーの奮闘努力の甲斐あって、ビッグチャンスが舞い込んでくる。クリスマスに北米チャンピオン(トレビの虎)とのタイトルマッチがネバタ州リノで決定。ハリーのドールズへの一世一代の献身ぶりと大勝負が見事だ。『ロンゲスト・ヤード』で魅せた名匠アルドリッチ監督の手腕にため息が出てしまう程ラストの大円団が見事なのだ。
 6試合あるプロレスの試合シーンはどの場面もキメが細かく、特にラスト27分に亘る“リノの熱戦”は堪能して欲しい。女優達のレスラーぶりや、試合撮影の華麗なテクニックと編集作業は映画の教科書だ。プロレスの試合の観客達の満足した笑いと歓声で締めくくられるこの映画はエンタテインメントの基本が何であるかを教えてくれる。



新作の撮影前日に改めて見直してみた


 6月24日に僕は2年ぶりの撮影を行なった。リングで戦う選手達の熱戦と観客達の熱気を撮らせてもらった。人生と命をかけて戦う選手達の魂が撮れた。奇しくも前日の6月23日はピーター・フォークの命日だった。 撮影前日僕は『カリフォルニア・ドールズ』を見直していたのだ。6月26日はアリと猪木の戦いから40年目を迎える。ハリーのお気に入りの『パリアッチ(道化師)』の「衣装をつけろ」の中にこんな歌詞がある。

ーーお客様はここに金を払って笑いに来るんだ。笑うんだ道化師よ
苦悩と涙をおどけに変えて苦しみと嗚咽を作り笑いに変えてしまえ。ーー

 お互いに力のかぎり殴り合い、蹴り合い、戦い、傷つけ合った選手達に惜しみない歓声と拍手が観客席から湧き上がっているのを僕は暫く眺めていた。


 
 


●この記事はビデオSALON2016年8月号より転載
http://www.genkosha.co.jp/vs/backnumber/1587.html


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