任天堂がつまずいた「顧客単位」への対応

3月17日に急遽発表された任天堂とDeNAの業務・資本提携は、株式市場とゲーム市場の双方に驚きをもって受け止められた。任天堂はこれまで自社で開発したソフトは、自社のハードでしか遊べないという「ハード・ソフト一体型ビジネス」を手がけてきたが、今回の提携により、そのビジネスモデルの一部を見直すことになるからだ。

これからは任天堂のハードだけでなく、スマートフォン向けのゲームに任天堂の「IP(知的財産)」が登場することになる(※1)。この変化は任天堂にとってどのような意味があるのだろうか。

これまで家庭用ゲーム市場はハードの世代交代に大きく依存してきた。任天堂の「ファミリーコンピュータ」、ソニーの「プレイステーション」など、世代交代のサイクルにおいてはプラットホームの勝敗が鮮明であり、ゲームソフト会社は一人勝ちするプラットホームに重点的にゲームソフトを供給することが合理的であった。一方で、ハードを供給してプラットホームをつくる企業(任天堂やソニーなど)は、何年かに一度のサイクルで最大シェアを獲得しても、サイクルごとにユーザーが移り変わってしまうという課題があった。

ところが、携帯電話の普及で業界の競争原理が大きく変わった。特に2010年に急成長したソーシャルゲーム市場の影響が大きい。ここでのゲームは、ウェブブラウザ上で遊ぶ「ブラウザゲーム」が主流で、携帯電話の種類にかかわらずプレイすることができた。こうしたソーシャルゲームは新たにゲーム市場へ参入した企業のプラットホームから配信された。ここでプラットホームの保持者となり大きく成長したのがDeNAやグリーだった。

ソーシャルゲームでは、1年半から2年に1度の頻度でキーカテゴリーの変遷(釣りゲーム→アクションバトル→カードゲーム)が見られた。このスピードは専用機と比較して非常にはやい。日本人がカードバトルのゲーム性を好むといった理由だけではなく、そこには明確な仕組みが存在していたと考える。つまり、(1)カードゲームはゲームデザイン上、客単価(ARPU)が高くなりやすく、(2)人気タイトルはライフタイムバリュー(顧客生涯価値)が高くなるため、(3)人気タイトルの提供会社が豊富な資金力で大量のマーケティング費用を投下することで、売り上げを向上させる好循環に入った、と分析できる。結果として、資金力のある会社が提供する大型タイトルに収斂が進むと同時に、ゲーム内のアイテムの換金性が高まるなど「射幸心を促進している」と問題視され、2012年ごろから市場は縮小する。

その間、携帯電話はスマートフォンに置き換わり、ゲーム市場も「ブラウザゲーム」から「アプリゲーム」へと移行した。DeNAもブラウザゲームではプラットホームの保持者であったが、スマートフォンの普及に伴いアプリゲームを開発する企業のひとつという位置づけとなった。代わってプラットホームの保持者となったのは「iOS」のアップルと「Android」のグーグルである。ブラウザゲームは開発コストが低く新規参入も容易だったが、アプリゲームでは相対的に開発コストが高くなり、タイトルにも規模が求められる。こうした変化により、ゲーム業界においては、バーティカルに専門性のある事業モデル(開発/マーケティング等で専門的な技術やリソースを保有するモデル)によって利益を生み出す力が必要となっていった。

任天堂はゲーム業界におけるこうした構造変化について早い時期から認識し、「クラブニンテンドー」(※2)のようにゲーム機単位から顧客単位でサービス提供を試みてきたものの、大きな成果を達成することができなかった。今後はDeNAという外部資源を活用することで不得意とするサーバー管理や運用面を強化する効果が期待できる。

■モバイル市場では「伝統企業」が復権か

興味深いことに80年代前半に米国で起きたゲーム市場の崩壊、いわゆる「アタリショック」から市場を健全化させたのは任天堂の「ファミリーコンピュータ」である。品質の悪いソフトが市場に溢れることで、ゲーム市場全体が顧客から見放されるという「アタリショック」の反省を受け、任天堂はゲームソフトメーカーとライセンス契約を結び、安定的に良質なソフトを供給する戦略をとった。そうした戦略のうえで、任天堂はこの30年、IPライブラリーの価値を積み上げてきた。どうすればその価値を維持しつつ、ユーザーに適切な価格を支払ってもらえるか。任天堂はこの数年におきたソーシャルゲームの高課金現象やキーカテゴリーの変遷について研究しながら、その手法を探してきたと考えられる。

日本のアプリ市場は現在5000億円程度と推計される。世界のモバイルゲーム市場の規模は2014年で175億米ドル(約2兆円)であり、約6割がアジア市場、うち半分近くが日本であると推計される。今後モバイルゲーム市場を牽引するのはアプリ市場であると考えられる。急成長期は一巡したが、15年.20年のアプリ市場の年平均成長率は8%程度を予想する。競争環境が厳しく顧客獲得コストが上昇傾向にある中、今後は任天堂や家庭用ゲームソフトに源流をもつ「伝統的ソフト会社」がシェアを拡大し、資金力のない開発会社が淘汰されるなど、ゲーム市場での再編が進行する可能性が高いと考える。

今回の事業提携のメリットとリスク要因を整理したい。

まず任天堂にとってのメリットは、(1)モバイル運営ノウハウ(DeNAより継続的な運営ノウハウやユーザー行動解析のノウハウが得られる)、(2)ネットワーク強化(DeNAのノウハウでこれまでリーチできなかった層への訴求力向上)、(3)オーナーシップ(任天堂が納得する方針以外は採用されないという合意)だと考えられる。一方、任天堂にとってのリスクは、(1)既存事業とのある程度のカニバリゼーションの可能性、(2)無料から有料化のトランジッションの難航(無料でも十分に遊べるゲーム設計の場合、有料化が難しくなるリスク)だと考える。

これに対して、DeNAにとってのメリットは、(1)安定的収益源の確保(任天堂の有力IPを活用したゲームの受託運営業務による安定収益源を確保できる公算が高まる)、(2)ターゲットは全年齢層へ(現在の主なユーザーターゲットは20.30代だと考えられるが、任天堂との協業で若年層を含む全年齢層をターゲットにできるようになる)、(3)グローバル認知度の向上(グローバルにプレゼンスを高めることができる)など。リスクは、(1)開発スタンスのギャップによる開発遅延リスクや、(2)ゲームへの課金に対して全般的に消極的になる可能性(任天堂との協業ではないオリジナルタイトルについても全社の開発スタンスとして「ガチャ」などの課金促進施策に対して消極的になる可能性)などが考えられる。

スキームの詳細がまだ発表されていないため、任天堂とDeNAの両社の業績に与える収益影響額を現段階で定量化することは難しい。年内に第一弾のアプリゲームが投入される予定だが、IP保持者である任天堂が前面に出てゲーム性・課金方法・販促手法についてイニシアチブをとると考えられる。任天堂の狙いは、(1)同社コンテンツ価値を毀損しないことを最優先とし、(2)アプリのみならずゲーム専用機で遊ぶコンテンツのユーザーの総数を増やすこと、と理解されるが、今後の展開に注目したい。

※1:任天堂は「マリオ」や「ゼルダ」などのIP資産をもつが、記者会見では具体的な例示はなかった。会見では「活用する任天堂IPには例外を設けないがタイトルは厳選する」「ゲーム専用機向けタイトルをそのまま移植することはしない」とした。
※2:クラブニンテンドーは、ソフトやゲーム機本体を購入すると、ポイントが付与され、オリジナルグッズなどと交換できるサービス。2003年10月にスタートしたが、2015年1月に終了が発表された。任天堂はDeNAと、スマートフォンやパソコンなどにも対応した新しい会員制サービスを、今秋までに共同開発する予定という。

(モルガン・スタンレーMUFG証券 アナリスト 長坂美亜=答える人 AFLO=写真)