「医師の働き方改革」始まる! ――患者への影響は?くも膜下出血経験・新月ゆきさんが聞いてみた
2024年4月から、「医師の働き方改革」の新制度がスタートする。令和元年のデータによれば、医師の4割が年間960時間、さらにその1割はなんと年間1,860時間を超える残業をしているという。この状況を解決すべく、誰もがちゃんと休みを取りつつワークライフバランスを意識した働き方が出来るようにする、というものだ。
……と言われても、これはお医者さんの世界のお話。一般の人にはあまり関係ないような気もする。しかし、いままでハードワークをしていたお医者さんの労働時間が減るということは、夜中に倒れて救急車で運ばれてもお医者さんがいません、みたいなことになったりしてしまうのではないか。はたまた、いままで以上に診療までの待ち時間が長くなってしまうのではないか。そんな不安も、あるにはある。
そこで、実際にご自身がくも膜下出血で倒れたことがあり、そのエピソードをマンガにして公表しているブロガーの新月ゆきさんから、厚生労働省で医師の働き方改革を担当している医政局医事課の佐々木康輔さん・大髙俊一さん・藤川葵さんに、気になることを質問してもらった。3人とも、もともと現場で働く医師として現場で働いた経験を持つ、「医系技官」だ。
医師の勤務体制、そして救急隊の仕組みとは?
—— 私がくも膜下出血で倒れたのは、夕方の17時半くらいでした。救急車で病院に運ばれたのは18時ごろ。すでに診療時間外だと思うのですが、それでもしっかり対応して頂きました。だからこそ気になったのですが、お医者さんの勤務時間ってどうなっているんでしょうか……。
その医療機関の役割や地域によってまちまちで一概には言えないんですが、ハードなケースを紹介します。全体の1割の医師が年間1860時間の残業、つまり1週間に直すと40時間近い時間外・休日労働をしているんです。法定労働時間(週40時間)のだいたい倍くらい働いている、ということ。平日はもちろん毎日働いて、土日も夜も宿直当番とかがあって。勤務時間外でも、オンコールといって何かがあったら電話で呼び出されることもあります。また、複数の病院での勤務を掛け持ちしている人もいますし、長時間に及ぶ手術でどうしても勤務時間が長くなってしまったり……。
救急診療に従事しているような若い医師の例ですと、夜中の0時くらいには寝て、朝7時くらいには病院に行く感じですね。患者さんの外来が8時30分頃からはじまる病院が多いので、そうなるとその前に病棟の患者さんの回診などを終えないといけない。だから必然的に7時過ぎには病院にいないと、という感じです。
もちろん、所属している診療科や医療機関の機能によってはもっと短い人もいます。また、だいたい医師になって20年くらいすると、だんだん勤務時間は減っていくことが多いですね。一方で病棟の若手医師は、どうしても常に患者さんの状態を把握して上司に相談したり、さらに手術なども経験していかないといけない。そのため勤務時間が多少長くなる傾向があるんです。
—— ということは、私が時間外に運ばれたときは、多少無理をして診ていただいたということでしょうか。逆に、対応してもらえないケースもあるのかな……と。
それは大丈夫です。救急車を呼んだ場合ですと、ちゃんとその救急患者さんを対応できる医療機関に運ばれるような仕組みになっているんです。救急隊の人たちは、この患者さんは重症なのか、どの病院に運ぶべきかを判断して動いていますから。
新月さんは脳外科を受診されたのだと思うのですが、夜でもちゃんと脳外科の患者さんを受け入れている病院をあらかじめ救急隊は把握しているんです。だから、基本的にどこでも安心して診てもらえるような医療システムになっています。
想像ではありますが、きっと新月さんのケースは救急部門の先生が画像の撮影(CT撮影)までは対応して、そこで脳外科の専門の先生を呼ぶなり、電話で相談するなりして、複数の先生方が協力して治療に当たられたのだと思います。救急車が行くような病院は、この時間まではこの先生、次はこの先生に代わって、と当番がしっかり決まっているので、時間外だから対応できない、ということはないんです。
ICUの体制を、どの病院・どの診療科でも出来るように
—— それなら安心ですね。ICUに入っているときも、24時間体制で看護師さんがいまして、ふと夜中に目が覚めると緊迫した様子でほかの患者さんの対応をしているのを見ました。
たとえばICUでしたら、日中は2人の患者さんに1人の看護師さん、みたいにある程度の人数が配置されることがほとんどです。夜間は人数がやや少なくなりますが、看護師さんだけでなく医師も常にいる。患者さんが急変した場合にはすぐ対応できるような体制がICUでは取られています。
それに、想定される急変というのはある程度わかっているので、「こういう場合はこう初期対応をしましょう」という指示が医師からすでに出ていたりもするんです。一般的な入院病棟では夜になると患者さん10人、20人に看護師さんが1人とかですが、急変の起こる可能性が比較的高いICUはほぼベタづきで看護師さんがいますね。だから、何かあってもすぐに対応できる。それがICUの体制なんです。
—— では、そこではお医者さんや看護師さんは、無理をして勤務時間外で対応しているわけではない、ということなんですね。
そうですね。実はICUはすでに働き方改革に取り組もうとしている体制ができているとも言えるんです。急変する患者さんも多いですし、患者さんも命ギリギリの状態で戦っていることも多い。ですから、患者さんやご家族はもちろん、医師や看護師にも結構なストレス、負荷がかかります。患者さんの痛みの訴えとか、不安を受け止める立場なので……。ですから、きちんと医療従事者同士で勤務を交代して、医療従事者側も過度なストレスを抱えないように、一旦仕事から離れられるような体制を取っているICUは少なくないと思います。
—— 私が入院していたときには、いつも対応していただく先生の他に、もうおひとりの先生がいらっしゃいました。ときどきその先生に診ていただくこともあったのですが、会議で治療方針を決めているんですよ、といったお話もあったんです。こういうことも、ICUなどではよくあるのでしょうか。
そうですね。そして、これをどの診療科、医療機関でも取り組んでいこうというのが、働き方改革でやっていこうとしていることのひとつです。これまでは属人的に、この患者さんはこのお医者さん、みたいな形で診ていたのですが、これからは、1人の患者さんに対して複数の医師によるチームで医療を進めていく。そうすることで、医師も休みを取りやすくなりますし、精神的な負担も小さくなると考えています。
そのチームには医師だけでなく、看護師。あとは栄養士や薬剤師、理学療法士、ソーシャルワーカーなども入って、まさに新月さんがお話を聞いたように、会議で話し合って治療方針を決めていく。もちろん患者さんに関する情報は、すべて共有するのが前提です。栄養士や薬剤師も専門知識を持っているプロですから、そうした専門職が集まって医療を進める。それが理想です。ですので、患者さんにもこの先生だけに診てほしい……とかではなく、チームで診ていることをご理解いただけるとありがたいと思っています。
医師の働き方改革は、“より良い医療のための改革”
—— そういう体制になっているんだ、と事前に知っていれば、いつもとは違うお医者さんが出てきても安心してお願いすることができそうです。
チームにすることによって、患者さんにもメリットはあるんです。たとえば、医師と患者も人と人ですから、どうしても特定の先生に対して苦手意識があったり、性別が違うためにうまく意見が言えないなど、相性が合いにくいこともある。でも、その先生は手術の腕はピカイチでその患者さんの病気を治すには、その先生が不可欠な場合もあるでしょう。だったら、日常的に患者さんの本音の話を聞いたりする役割は他の先生が担当しつつ、病気そのものの治療は、その手術が上手な先生のスキルを享受する、ということもできます。患者さんによって、“いい先生”って違うと思うんですよ。長く話を聞いてくれる先生がいい先生ということもあるし、「オレがいるから安心して任せて!」という竹を割ったようなタイプの先生を好む患者さんもいる。そういうときに、一人の先生にしか頼れない属人的な入院生活ではなく、医師がチーム制で自分を担当してくれる入院生活だったら、医師側も患者さん側も対応しやすいですよね。
—— 患者さんにもいろいろなタイプの方がいるし、ということですね。
ベテランの先生に相談したいとか、逆に看護師さんの言うことが聞きたい、研修医の先生と話したい、とか(笑)。もう人ぞれぞれでいろいろですから、そういうときにもチームで診ていることのメリットが発揮できる。
それに、誰がどういう説明をして、どういう話を聞いたかといった情報はみんな共有していますから、ケアもしやすくなりますよね。また、どんな不安を持っているかがわかっていれば、栄養士さんや薬剤師さんの説明の仕方も変わってきますし。
—— 複数のお医者さんや医療従事者で患者さんを診るようにすれば、お医者さんにも患者にもいいことがある。
医師も人間なので体調を崩すこともあるし、家族が病気になったり、大事な行事で休みたいこともある。そういうときに、チームのメンバーで助け合うことができれば、よりよい医療に繋がると思っています。
他の人でもできるタスクは、どんどんタスク・シフト/シェアしていく。これまでは、「おかゆが嫌いだけどどうしましょう」「薬はこのお茶で飲んじゃだめですか?」みたいな話も、すべて医師が聞いて医師が判断することもあったんです。でも、栄養士さんや薬剤師さんが対応してもいい。また、患者さんへの説明は記録を取るんですが、その作業も専門職に任せたっていいんです。何でもかんでも医師がやっていると、どうしても負担が大きくなりすぎて休みが取れない。それに、もっと必要な患者さんに向き合う時間も減ってしまう。だから、医師の働き方改革というのは、よりよい医療のための改革、と思っていただきたいですね。
“患者さんのご家族”の協力が必要な理由とは
—— お医者さんってみなさんとてもパワフルですよね。私がくも膜下出血で入院したときに対応して頂いた方は、すごくパワフルでエネルギッシュで……。でもそれでかえってワークライフバランスとかってどうなんだろう?と気になってしまいました。
これはなかなか難しいですね。医師にもよりますが、医療機関で働いている医師は、入院中の患者さんが治っていく過程に、日夜いとわず熱心に関わっていたい、つまり、活動水準が高く、自分の中から湧き出てくる前向きな動機づけがあって生き生きと働いているような状態(ワーク・エンゲイジメント)で働いている医師も少なくないんです。そのように、医師の場合は、重症の患者さんが治って元気になって退院してゆく。そのプロセスがやりがい、生きがいになっている先生もいます。ただ、やはり度を過ぎてしまうとワーカホリック、場合によってはバーンアウトすることもあります。また、独身時代は患者さんに24時間帯同するような生活をしていても良かったけど、家庭を持つと「仕事さえやっていればよい」とは、そうもいかないこともありますよね。
医師の人生にも他の仕事をしている方と同じように、いろんなステージがあるんです。なので、そのステージに応じた働き方、そして休み方を目指してほしいなと。僕らが若い頃なんて、毎日病院に泊まり込むような感じで、まるで「合宿」みたいにやっていたこともあったんです。でも、それが合わない人もいるわけですから、合宿が当たり前になってはいけない。
医師も人間なので、人によって、その仕事が大丈夫な人もいるけど、ダメな人もいる。それを許容し合って助け合えるような環境を整備することが働き方改革ですし、質の良い医療に繋がると思います。
長時間労働を全く気にしない医師同士でわいわい働いている環境が合わず、その現場から離れてしまう医師もいるし、そういった環境に耐えようとした結果、体調を崩す人もいる。新月さんを担当された先生のように、医師はパワフルで知的好奇心が旺盛な人は多いですが、必ずしもそういったキャラクターの医師でなくても、長く続けられるような仕事にしていかないといけません。
—— そのために、患者に求めることはありますか?
患者さん自身に、ということではないのですが、ご家族にはできるだけご協力頂けると助かります。ご家族に病状や治療方針の大事な説明をしたいと思ってご連絡しても、「仕事中だから」と電話が続けられず、かけ直しもなく、また、「平日の昼間は仕事があるから週末にしてくれ」と言われることもあります。ただ、基本的には平日の日中、通常の勤務時間にお願いしたいと思っています。
それも働き方改革で、家族の病気の説明を聞きにいくのに有給がとれない。そうならないようにというのは厚労省でもお願いしてきています。もちろん医師が休む時間を確保するということも大事ですが、時間内に説明を行うのはそれだけではなく、平日の昼間は、医師も看護師も人数が多いですし、栄養士さんや薬剤師さん、ソーシャルワーカーさんも病院にいます。なので、説明に同席してもらえるし、その方がその後のチームとしてのケアや方針決定にもプラスになることは間違いないんです。でも、週末や夜間ですと、その他のチームの職員が少ないから同席できず、医師しかいない。医師ひとりでは説明漏れがあったり、答えられないこともありますから……。
治療の説明中に、民間の医療保険が使えるのか?とか、退院するときの窓口ではいくら支払うのか?と、お金のことを聞かれることもあります。でも、正直、医師はそこまで細かい保険の内容や、支払い金額を把握していないこともある。そうなると医療機関の事務系の職員に聞かないといけないんですが、夜や週末は病院にお金に詳しい職員さんはいないことが多い。そこで次の日にまた「患者家族へのお金の質問回答」という仕事が持ち越しになるし、ご家族をお待たせすることになります。平日の日中ならば、そうした細かいことも含めてすべてその場である程度説明や回答をすることができるんです。
「私たちも頑張っています。ですから、まずみなさんには信じてほしいです」
—— お医者さんの労働時間のためだけではなくて、患者さんにもメリットが。やっぱり、そういう意味で家族の協力というのは不可欠なんですね。
ご家族に電話をして、説明時間を決めて、説明する部屋を予約して、みたいなことから始まりますからね。実は、その説明を行う処置そのものの実施時間よりも、処置の説明の時間の方が長いこともあるくらいなんです。また、患者さんやご家族にとっては病院での対面の説明が、直接いろいろなことを見たり聞いたりできる大事な機会なので、できれば体制が整っている日中にお越しいただけるとうれしいです。
—— 「医師が働き過ぎているから働き方改革」と聞くと、どうしても夜中など診療時間外に体調を崩しても、医療機関に行くことを控えてしまう人も出てきそうな気がします。私も、ちょっと遠慮してしまうかもしれません。時間外の診療は、できるだけ避けたほうがいいのですか?
いや、そんなことはありません。体調が悪くてツラいなら、時間外だろうとなかろうと遠慮なく医療機関に行ってほしいですし、必要な場合には救急車を呼んでください。医師の働き方改革は、患者さんの受診を制限すれば叶うものではありません。これまでと同じように、心や体がつらいときには、受診をしてください。
もちろん、不要不急の救急要請については考えなければなりません。ただ、体調が悪いけど診療時間になるまで我慢する…なんて必要はないので、いままで通り医療機関に足を運んでいただければ大丈夫です。
医師の働き方改革では、これまでのようなひとりの医師とひとりの患者、という属人的な仕組みからチームで医療を進める体制に変えてゆくことが柱のひとつになっています。昔は1(医師)対1(患者)の医療も多かったのですが、いまは医療が高度化していて、1人の医師ですべてを担うのは難しくなってきているんです。だから、少しでも負担を分散して、チームで医療を進めることで患者さんにもより安全な医療を提供できると思います。
—— 働き方改革は、お医者さんのためだけでなく、患者のためでもある、ということですね。
はい。医師の労働時間には、2024年4月から上限が設けられます。いままでみたいには、長時間働けなくなる医師がごく一部いらっしゃいます。でも、それで提供している医療が縮小したり、患者さんの受診控えになったりするようなことがないよう、私たちも日々、各都道府県庁で医療を真剣に考えている職員さんと知恵を出し合いながら、患者さんが困ってしまわないか指さし確認をしたり、解決の方策を探るために意見を交換しています。ですから、まず国民のみなさんには信じてほしいですね。そして、体調が悪ければ安心して医療機関を受診してください。
—— ありがとうございます。ただ、やはりみなさんのお話を聞いていてもとてもパワフルで。お医者さんもみなさん体を壊さないように気をつけつつ頑張ってください。
ありがとうございます!
- ・「医師の働き方改革.jp」/厚生労働省
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