東京都中野区にある平和の森公園で多数の樹木が伐採され、区民たちが悲鳴を上げている。同公園では2020年の東京オリンピック・パラリンピックに向けて、体育館や陸上競技場の建設、野球場の拡張工事が進められているのだ。

 かつては森のように茂っていた木々が根こそぎなくなり、むき出しとなった地表が痛々しい。2015年の構想段階から再開発に異議を唱える中野区民たちは、学習会や署名など頻回な住民運動を経て昨年11月に住民監査請求、今年4月には田中区長を被告に住民訴訟を起こした。

◆オリンピックの助成金を見込んだ工事に、多くの住民が疑問を持っている

 中野区民がこの公園にこだわる背景には、長い歴史がある。西武線沼袋駅からほど近い平和の森公園は、かつて政治犯・思想犯が収容された中野刑務所があった。区・議会・住民がともに20年間交渉して、国からの払い下げをついに実現。話し合いから、緑と水の防災公園として1985年に開園した。

「昔はもっと自然が豊かでオオタカやサギもいたし、ドジョウもとれた」と公園近くに住んで75年になるAさんは昔を振り返る。戦後の急速な宅地化で、中野区の1人当たりの公園面積は1.4屬氾堝皀錙璽好2位の狭さとなった(2017年現在)。それだけに「自然を残してほしい」という区民の思いは切実だ。

 そんな公園が今、2年後の東京オリンピック・パラリンピックの助成金を見込んで、区民の関心喚起、選手の練習場にと体育館と陸上競技場の建設、野球場の拡幅工事が行われている(参照:「オリンピック助成金を見込んだ東京・中野区の再開発で、1万7787本の樹木伐採」)。

 このようなスポーツ公園とするならば、通常は15ha以上の広さが標準だという。6.5haと半分以下の広さの平和の森公園は、あくまで近隣住民のための公園だ。2015年に再開発構想が持ち上がって間もなく、住民らは「緑とひろばの平和の森を守る会」(以下、守る会)を立ち上げ、伐採の中止と区との話し合いを求めてきた。

 しかし、何の譲歩もないまま池の水は抜かれ、今年1月15日に樹々の伐採が強行された。区長は「森を残す」と言っていたが、森は森の姿ではなくなった。時折姿を見せていた、公園のシンボル的存在のカワセミが4月10日、死骸となって公園内で見つかった。急激な環境の変化に順応できなかったのだろうか。

◆低木は工事のジャマになる「産廃」扱いで、樹木とはみなされていない!?

 住民側は、「中高木251本とそれを含む1万7700本が伐採されてしまう」と訴えている。しかし区長は「森を残す」と言っている。これはどういうことなのか。その真実を知るために、筆者は中野区都市基盤部に取材を申し込んだ。

 中野区都市基盤部・千田真史副参事は「中高木以外のツツジなど、低木については本数管理をしていません」と説明する。取り除かれる約1万7450本の低木は工事のジャマとなる「産業廃棄物」扱いだとのこと。中野区では、低木は樹木とみなしていないというのだ。

 しかし一方で中野区は、公式広報物には「低木2万2000本」と明記し、公園の「資産」として位置づけている。この矛盾点を指摘すると「ツツジ類も木ではありますが、面積で管理しており、(公式広報物に)本数が記載されている事実は理解できません」(千田副参事)。副参事自ら、区の広報物の記載に異を唱えた。いつからかツツジ類は、区の「資産」から取り除くべき「産廃」に変わったようだ。

◆「伐るけど植えるのでそんなに減りません」。……本数の問題か?

 次に、中高木251本の伐採について聞いてみた。

「251本のほか、219本を伐採(間伐)します。そこへ新木350本を植えるので、結果120本しか減らない計算になります」(千田副参事)

 伐採されるのは中高木計470本。この中には樹齢100年を超えると思われるクスノキも含まれる。樹齢の長い470本もの木が伐られれば、森がなくなるのは想像に難くない。今後350本の新木が植えられるというが、森の景観を取り戻すまで数十年は要するだろう。これでは、多種多様な生き物も棲息する場所を失ってしまう。

 樹木も生き物だ。それを多数伐採しておいて、「伐るけど植えるからいいでしょ。そのうち育つ」という態度。区長はテレビ番組の取材で「剪定して位置が変わったので、初めは少なく見えるだけ」と答えていたが、この発言からは区民への誠意も感じられない。

◆中野区の対応は「自治基本条例」違反の可能性あり

 区民の声を聞かない行政に、自治体としての責任を問えないのだろうか。4月から始まった住民訴訟を担当し、環境や人権に関する法律問題に詳しい小島延夫弁護士に、「自治体の責任」について聞いた。

 小島弁護士は「中野区には『自治基本条例』があり、これは日本でも珍しい、住民参加が盛り込まれた画期的な条例です」と語る。

 2005年、当時の「地方分権改革」を背景に制定された「中野区自治基本条例」の特徴は、徹底した住民参加だ。「区民が街づくりの主役になることが不可欠」と書かれた前文で始まり、第1章・第3条<区民の権利及び責務>には「企画立案、検討、実施、評価、見直しすべての過程に参加する権利を有する」と、区政へ参加できる区民の権利を定めている。

「この条例を踏まえると、中野区の対応は法的に住民参加の手続きを完全に無視しています」と小島弁護士は断言した。

「ただし、強制力はありません。ドイツや米国で広く認められている住民参加の条文が、日本の都市計画法にはない。訴訟がしにくく、訴訟で是正することも限定的なのが大きな問題点。法制度の欠陥です」

 日弁連は2004年に行政訴訟センターを設置して行政チェックの強化に取り組んでいるが、政府も裁判所も消極的だという。

 となると、今回の平和の森公園の再開発で唯一問える責任があるとすれば「財務上の価値の減少」。そこで、再開発によって公園の価値が財務会計上いくら減ったのかを証明し、その責任を問うていくという。具体的には、伐採される樹木約250本・3000万円相当の損失や、水辺の絶滅危惧種であるミナミメダカが失われる損失を想定している。

 住民訴訟は第1回口頭弁論が今年4月16日に行われ、傍聴席の定員100人を超える住民らが東京地裁に押し寄せた。次回、6月13日の第2回口頭弁論に向けて、小島弁護士は住民ととともに準備を進めている。

◆区長選挙で工事反対派区長が当選すれば、2期工事を撤回または見直し?

 いま、田中現区長の任期満了(4期16年)による区長選挙(6月10日投票・11日開票)が目前に迫っている。現区長は今回も立候補を表明。候補者は他に、市川稔氏(中野区議会議員)、酒井直人氏(元中野区職員)、吉田康一郎氏(元都議会議員)、南俊輔氏(会社役員)の計5人だ。住民によるアンケートでは、工事に賛成なのは現職田中氏のみ。市川、酒井、吉田氏は2期工事を白紙撤回または見直すという。南氏は無回答。

 中野区の区長選投票率は、過去5回とも3割前後と低調だ。区民構成は20〜30代が36%、単身世帯が60%。若い単身者が多く、選挙への関心も薄い。そこで母親たちのグループ「子育て環境向上委員会@中野区」では、「子育て環境をよくするために選挙への関心を高めよう!」と、5月5日の「ナカノ・キッズフェス2018」で、区長選候補5人と親子が直接ふれあえるスタンプラリーを開催。すると、500人の参加者があったという。

 平和の森公園を利用する近隣住民にとって、陸上トラック建設などの再開発は、子供を安心して遊ばせられなくなるのではないかという懸念材料になっている。また区立幼稚園20か所が廃止・民営化される政策など、今の区行政への疑問が母親たちの間でも高まってきている。

 6月10日が投票日の区長選で現職が敗れると、平和の森公園で10月から始まる2期工事を中止できる可能性がある。中野区民はこれまでの区政をどのように評価するのだろうか? 選挙での判断が待たれるところだ。

<取材・文・撮影/中山貴久子>

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