入試で「筆記試験」を実施しない国立大学が増えている。大阪大学、筑波大学、九州大学といった「名門校」でも筆記試験なしのルートができている。だが「筆記試験不要の大学が増えれば、学力の劣った学生が増えるのではないか」と考えるのは早計だ。事態はむしろ逆で、そうでもしないと優秀な学生を集められなくなっているのだ――。

■推薦・AOを入学定員の30%に引き上げる

入試で「筆記試験」を行わない国立大学が増えている。文部科学省によると、2017年7月現在、国立大学の6割以上がAO入試、9割以上が推薦入試を実施している。このなかには大阪大学や筑波大学、九州大学といった「名門校」も含まれる。

背景にあるのは、2015年に国立大学協会が示した「推薦入試、AO入試などの割合を、2021年までに入学定員の30%に引き上げる」という方針だ。この目標はかなり高い。

国立大学全体(大学院大学を除く)における、2017年度の推薦・AO入試の割合は16.3%で、2018年度は16.8%だった。「2021年までに30%」が達成できるかは微妙だが、各大学は「筆記試験重視」の見直しに向けて、一気にかじを切っている。

国立大学協会の広報は、数値目標を定めた理由について、「確かな学力とともに多様な資質を持った入学者を受け入れるという姿勢を主体的に示し、国民をはじめ各方面の関係者に広く理解していただきたいと考えたため」と説明する。

「多様な資質を持った入学者を受け入れる」とはどういう意味だろうか。進学情報大手ベネッセコーポレーションの藤井雅徳氏は、「地元志向の高まりで、学生の多様性が失われつつあることに、国立大学は危機感をもっている」という。これは首都圏の大学が、地方から優秀な学生を集めることができなくなっている、と言い換えることもできる。

理由として考えられるのは、経済的な負担だ。日本学生支援機構によれば、大学・短大に通い同機構の奨学金を利用している学生の割合は、10年前に比べて約1.5倍になっている(2005年度25.6%→2015年度38.5%)。同機構では、「平均給与が年々減少するなか、授業料と入学料が高止まりしていることが背景にある」としている。地方から首都圏への進学となれば、下宿代も必要だ。経済的な負担を避けるために、地元での進学を選ぶ学生が増えているのだ。

■一次選考と二次選考で合計4日間の選考

それでは筆記試験をやらない国立大学はどんな試験を実施しているのか。

例えば、大阪大学の理学部・工学部・基礎工学部が行っている「国際科学オリンピックAO入試」では、志願理由書と「国際科学コンテストに出場したことが確認できる書類」で審査を行う。センター試験などの筆記試験を受ける必要はない。

お茶の水女子大学は、2016年度入試から、新型のAO入試「新フンボルト入試」を実施。こちらも筆記試験は不要だ。調査書などを提出したうえで、一次選考と二次選考を各々2日かけて行う。一次選考では、大学の授業を体験するプレゼミナールを受講し、レポートを作成。二次選考では、文系は附属図書館を使ったレポート作成やグループ討論、面接を実施。理系は実験や実験演示、データ分析、自主研究のポスター発表などを行う。同大は「二段構えの、手間暇をかけたユニークな入試」(ウェブサイトより)としている。

九州大学の共創学部が行う「AO入試I」でも、筆記試験は行わない。一次選考での書類審査を経て、二次選考では大学での講義を受けた上でレポートを執筆。さらに討論、小論文、面接で成績を評価する。

筑波大学の「アドミッションセンター入試(AC入試)」は、書類選考と面接・口述試験で受験生を評価する。特に「自己推薦書(A4サイズで枚数は自由)」と「志願理由書(800字以内)」を重視しており、「ペーパーテスト型や学校推薦型の入試とは異なる観点から評価を行います」という。

国際バカロレア資格の証明をすれば、ペーパーテストが不要になる国立大学もある。北海道大学の「国際総合入試」は、国際バカロレア資格証書もしくは米国の学力テストである「SAT」や「ACT」の成績評価証明書を提出すれば一次選考はパスされ、二次選考の面接に進むことができる。

■日本の大学は筆記試験に頼りすぎていた

各大学の取り組みの裏には、「筆記試験での選抜に頼りすぎていた」という反省があるようだ。藤井氏は「欧米では筆記試験だけで合否を出している大学はない」という。藤井氏によれば、米国の大学であれば、筆記試験だけでなく、アカデミックな領域での受賞歴や課外活動の内容、自分に関するエッセイの提出が求められ、卒業生による面接もある。英国の大学では、筆記試験の後に大学教授とのディスカッションが行われることも珍しくないという。

なぜ海外大学では筆記試験以外の要素を重視するのか。それは筆記試験だけでは「本当に学力のある生徒」を逃してしまうかもしれないからだ。

例えば、筆記試験は得意だが課外活動などには消極的な「受験生A」と、筆記試験は苦手だが、コミュニケーション能力が高く、英語でのプレゼンテーションも得意な「受験生B」がいるとする。筆記試験では、受験生Aの能力は評価できるが、受験生Bの能力は評価できない。だが受験生Bの学力は本当に低いのだろうか。また卒業後に活躍できるのはどちらだろうか。社会が求める人材要件が時代とともに変わってきているため、判断が難しいところだ。

■「入試の早期化が進む可能性は高い」

受験生の学力が多面的・総合的に評価されること自体は、望ましいことだろう。だが評価方法が変われば、試験対策も変わる。藤井氏は、「海外では結果として入試の早期化・長期化が起きており、日本もそうなるはずだ」と語る。

「いかに早く優秀な学生にアプローチをしていくかという意味では、選抜上、“青田買い”のような状況になってしまいます。学生は早く合格したいですし、大学も優秀な生徒を早く確保したいので、入試の早期化が進む可能性は高いです」(藤井氏)

筆記試験で評価されるのは試験本番の得点だけだが、「自己推薦書」を書いたり、面接でアピールしたりするには、受験シーズンの前から広い意味での学びを積み重ねる必要が出てくる。藤井氏は「理科であれば実験して論文を書く、社会科学系ならビジネスプランを考える、ディベートの大会に出るなど、勉強の領域が変わっていくでしょうね」とみる。

受賞歴などのアカデミックな活動や、課外活動での実績なども評価の対象になるなら、学びの期間という意味では、受験の早期化・長期化が起こることになる。

■ハーバードと東大なら、全員がハーバードに行く

そこまでして複雑な試験が必要なのか。むしろ筆記試験だけのほうが負担は軽いのではないか。藤井氏は「これからの社会に向けて子どもたちが育つために必要な、高校と大学の接続のあり方を新しい概念で考えてかなければならない」と語る。

すでに海外では多面的・総合的評価を行うのがスタンダードになっている。しかもそうした大学のほうが人気を集めているのだ。

2008年にベネッセグループが開講した進学塾「Route H」では、これまでに17人が東京大学とハーバード大学やイエール大学など海外の名門大学の両方に合格している。その結果、17人全員が東京大学ではなく、海外大学に進学している。

2020年からは、大学入試センター試験に代わる大学入学共通テストで、外部検定試験を利用できるようになる。外部検定試験の候補には、海外大学の出願に使えるものが多く含まれるため、藤井氏は「日本だけではなく、海外の大学を受けようとする受験生は増えると思う」と予想する。

筆記試験不要の大学が増えれば、学力の劣った学生が増えるのではないか――。そう考える人がいるかもしれないが、事態は逆になっている。つまり筆記試験だけで入試を行うような大学には、もう優秀な学生は集まらないのだ。大学入試では、試験勉強の結果だけではなく、さまざまな経験を通して身につけた学力が問われるようになっている。机に向かう勉強だけが「学び」ではない。そうした当たり前のことに、ようやく日本の大学が気づき始めたといえるのかもしれない。

(フリーランス編集者・ライター 飯田 樹)