田代まさしさん(60)。若い世代にとっては、歌手時代やバラエティー番組で活躍した姿よりも、「薬物使用で繰り返し逮捕された元タレント」のイメージが強いかもしれない。覚醒剤取締法違反容疑で最初に逮捕されたのは、もう16年前なのだ。

現在は、薬物依存症更正支援施設「DARC(ダルク)」のスタッフを務めつつ、自らの薬物中毒体験を発信してその恐ろしさを伝える活動をしている。そのひとつとして、インターネット上で田代さんのリハビリ生活の1日を仮想体験できる「360度動画」が公開された。

共同生活のありのままが映し出される

「A Days of...薬物依存症 田代さんの一日」というタイトルの動画は、NHKがネット上に公開している。田代さんが入居しているDARCを舞台に、その生活ぶりを追っている。

冒頭、施設のドアを開けて田代さんが中に入ってくる。軽く右手を挙げて「おう、来てたんだ」と呼びかけて着席した後、こう自己紹介する。

「こんにちは。薬物依存症者の田代まさしです」

3回の逮捕と7年間の服役。過ちを何度も繰り返し、「意志の弱い、ダメな人間だと思っていました」と吐露する。その中でDARCを知り、薬物中毒からの更生を目指す仲間と会った。薬物をやめられなかったのは、意志の弱さや「ダメ人間」だからではなく「病気だった」ことを教えられ、「目からうろこが落ちました」と一気に語った。

全8分28秒の動画は、パソコンのマウスやカーソルを操作して画面を360度回転できる。例えば、田代さんが他の入居者と一緒にいるシーンでは、田代さん以外の人物の動きや部屋の背景と、場面全体をくまなく見られるのが特徴だ。マウスの真ん中に付いている「ホイール」を回せば、画面を拡大してぐっと寄ったり、逆に引いて広い範囲を見たりできる。

料理や食事、仲間たちとの会話といった、共同生活のありのままの様子が映しだされる。回復プログラムの中心となる、入居者たちによるミーティングでは、各自が過去の薬物中毒体験や本音をさらけ出す。広間で輪になって椅子に座り、繰り返し語り合う。芸能界時代のプレッシャー、そこから気分を変えようと手を出した薬物――。ミーティングは1日3回開かれる。

「何を話しても見捨てられない。自分にも居場所があるんだと思えるようになるんです」

と田代さんは話す。

「薬が勝っちゃうんですよ」と苦しい胸の内

「大切なもの全部、失った」という田代さんが動画で訴えたかったこと、それは薬物の恐ろしさだ。誰もが「なぜ薬物をやめられないのか」と問うだろうが、それでも「薬が勝っちゃうんですよ。もう、どうしようもないの」と苦しい胸の内を明かす。

一般社会に戻ったら「刑務所帰り」とレッテルを張られてしまう。仕事もない、周りから叩かれる、苦しくなってまた薬物に手を出してしまうだろうと、田代さんは正直に話す。薬物依存症から脱するために、今はDARCという「居場所」で同じ境遇の仲間と暮らし、話し合うことで勇気になるという。

田代さんの動画に関して、ネット掲示板やツイッターの反応は必ずしも好意的ではない。それでも中には「これすごいな」「こういう世のため人のためになるVRはアリです」「孤独感から手を出す人、勧められて手を出す人、理由は人それぞれだな」といった感想を書き込む人もいた。

田代さんは2度目の出所を果たした後の2015年以降、DARCスタッフとして働くかたわら、自身の薬物体験を告白した著書を出版、16年3月にはラップのメロディーにのせて薬物の恐ろしさを訴えた「リハビリマーシー」という曲をリリースし、独自の手法で「ストップ薬物」の活動を続けている。