公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏の連載、今回は「イングランドサッカークラブが徹底する完全菜食主義」

 Jリーグやラグビートップリーグをみてきた公認スポーツ栄養士・橋本玲子氏が「THE ANSWER」でお届けする連載。通常は食や栄養に対して敏感な読者向けに、世界のスポーツ界の食や栄養のトレンドなど、第一線で活躍する橋本氏ならではの情報を発信する。今回は「イングランドサッカークラブが徹底する完全菜食主義」について。

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 スポーツの世界でもベジタリアンが増えている今、世界で最も注目されているスポーツチームの一つが、イングランド・フットボールリーグ2に所属する、フォレストグリーン・ローバーズ(以下、FGR)です。

 FGRでは選手やスタッフにヴィーガン食を提供しています。ヴィーガンとは、ベジタリアンよりも厳格に植物由来の食品にこだわる完全菜食主義のこと(アメリカ栄養士会での定義)。ベジタリアンには「牛乳・乳製品はOK」「卵はOK」という人もいますが、ヴィーガンは動物性のものは完全にNG、なかには、はちみつを摂らない人もいます。

 FGRがクラブでヴィーガン食を提供するようになったのは、2010年、グリーンエネルギーの会社「エコトリシティ」がオーナーになったことから始まります。当初は受け入れられない選手もいたようですが、「レッドミート(牛や豚、マトンなどの赤身の肉)をやめる」→「ホワイトミート(鶏肉)をやめる」→「魚をやめる」と段階的にヴィーガン食に移行。選手だけでなく試合の日に販売するホームスタジアムのマッチミールも、すべてヴィーガン食を提供するようになり、2017年には初のヴィーガン認定クラブとなりました。

“ヘルシー、テイスティ、フレッシュ”が売りというFGRのマッチミールはすべて、「The Vegan Trademark」という世界基準を満たすヴィーガン料理の認証を獲得。肉や乳製品を除くだけでなく、イギリスで指定される14品目のアレルギー物質も除去しているという徹底ぶりです。マッチミールのラインナップは、ベジバーガー、ビーガンピザ、サラダ、スイートポテトフライ、ファヒータ(豆のトルティーヤ)などなど。なんとコーラもオリジナル。「グリーンコーラ」というコーヒー豆から作ったカフェインレスのコーラだそうです。

 そして、一番の売りはイギリス人が大好きなミートパイのヴィーガン版「THE Q PIE」。具材は、マッシュポテト、ねぎ、豆、玉ねぎ、ピーマン、そして植物性タンパク質で作られたQUORN(クォーン)。QUORNは肉の代わりに使われるマッシュルームのパテで、ベジバーガー(植物性の食材で作られるハンバーガー)の定番食材の一つ。トマトのソースにしょう油などで味付けして焼き上げているそうです。

 当初は選手同様、サポーターからもマッチミールの「ヴィーガン食」にはブーイングが集まったそうですが、今ではすっかり名物に。ただし、どうしてもヴィーガン食は食べたくない、というサポーターはハムのサンドイッチはスタジアムに持ち込みOKとのこと。面白いですね。

ヴィーガン食の提供だけでなく、環境問題の啓蒙活動にも積極的

 私がFGRに感銘を受けたのは、単にクラブ内やサポーターにヴィーガン食を提供するだけでなく、サッカーと食を通して、環境問題の啓蒙活動に取り組んでいる点です。

 例えば、クラブでは「Fit2Last with FGR」という子供たちを対象にした体験型プログラムを実施。健康的に食べることの意味、ヴィーガン食についての講義、調理実習で基本的な食の知識を学べる上、運動やレクリエーションのメリット、サステナビリティやグリーンエネルギーについて、そしてプロサッカーチームの背景までを1日かけて学べます。

 また、2019年には「ヴィーガン食を食べてみたい」という子供たちの声に応え、ケータリング会社を設立。地元の小学校から大学まで、ヴィーガン食をケータリングするというサービスもスタートしています。

 ホームのニューローンスタジアムももちろん、エコ仕様。屋根にはソーラーパネルを設置し、グラウンドは化学肥料を与えないオーガニックピッチと、あらゆる角度から、環境問題に取り組む姿勢がみられます。

 FGRの取り組みについて語ったデール・ビンス会長のインタビューを読んで感じたことは、スタジアムに来てもらうことで、たくさんの人にサステナブルな生活を理解してもらいたい、という思いです。ヴィーガンという生き方、環境に優しい生活、そしてサッカー選手としての新たなライフスタイル。これらを地域住民と一緒に体験し、考える場所を提供し、「地球や健康のためにできることをしよう」というメッセージを送る。素晴らしい社会活動だと感じます。

 スポーツチームやアスリートたちは、差し迫った環境問題とサステナビリティという社会の課題にどう向き合えばよいのか。どのようにスポーツを調和させて社会に貢献していくか。FGRの取り組みは、これからのスポーツ界の指針になると思います。(長島 恭子 / Kyoko Nagashima)

長島 恭子
編集・ライター。サッカー専門誌を経てフリーランスに。インタビューや健康・ダイエット・トレーニング記事を軸に雑誌、書籍、会員誌などで編集・執筆を行う。担当書籍に『世界一やせる走り方』『世界一伸びるストレッチ』(共に中野ジェームズ修一著、サンマーク出版)、『つけたいところに最速で筋肉をつける技術』(岡田隆著、サンマーク出版)、『カチコチ体が10秒でみるみるやわらかくなるストレッチ』(永井峻著、高橋書店)など。