■DeNAから分社化したベンチャーの実情
ライブ配信サービスを運営する「SHOWROOM(ショールーム)」は、DeNAの一事業部が分社化して設立した、ベンチャー企業である。
スマートフォン向けのアプリでアイドルやタレントのライブを配信する。配信者は視聴者から「ギフティング(投げ銭)」を受け取って収益を得ることができる。いわば路上ライブで道行く人から投げ銭を得る仕組みを、ウェブ上で構築したものだ。
配信者側も視聴者側も利用は無料。SHOWROOMは投げ銭の一部を手数料として得ることで収益源(売り上げ)としている。
■非上場企業の決算書を入手する3つの方法
SHOWROOMは非上場企業である。上場企業であれば、四半期ごとに決算発表を行い、詳細な決算数値が公表されているが、非上場の会社はそのような情報はない。だからといって、まったく情報がないわけではない。
株式会社は、定時株主総会の終結後遅滞なく決算公告をすることが、会社法第440条で義務付けられている。決算公告とは、いわば簡易的な決算書だ。この決算公告の掲載義務は、設立まもない会社でも、家族だけで経営している零細企業でも、株式会社という組織形態をとっている以上は、従わなければならないルールである。
SHOWROOMも株式会社であるため、設立1期目から決算公告を毎年掲載している。
ちなみに、決算公告を掲載する場所は、「官報」「日刊新聞」「電子公告」の3種類がある。この3つのうち、どこに掲載するかは会社が任意に選ぶことができるが、大多数の会社は「官報」を選んでいる。
経済合理性を考えれば「電子公告」が選ばれるはずだ。「官報」「日刊新聞」は有料の掲載料を支払う必要があるが、「電子公告」であれば自社のホームページに掲載することで、実質無料で決算公告の義務を果たせるからだ。
■人目に触れない「官報」から見えた経営の実態
しかし、非上場企業にとっては、できる限り自社の台所事情(決算書)を大っぴらにしたくない、という気持ちがあるのだろう。業績が悪ければ世間のイメージ・印象が悪くなるだろうし、逆に業績が良すぎれば、ねたまれたり、従業員からもっと給料を出せと文句を言われたりする恐れがあるからだ。
「電子公告」の場合、インターネット環境さえあれば、誰でも手軽に決算書を見ることができてしまう。「官報」の販売店は各都道府県に1カ所程度しかなく、一般の人の目に触れられることは極めて少ない。「日刊新聞」は、一般大衆へのさらされ度合いとしては「電子公告」と「官報」の中間に位置付けられる。
つまり、できるだけひっそりと決算公告を載せるには、「官報」が最適なのである(図表1)。
SHOWROOMも「官報」に決算公告を掲載している。ということで、普段、人目に触れられることが少ない「官報」を基に、SHOWROOMの決算状況や将来性を徹底的に分析してみたい。
■4期連続で赤字
まず、SHOWROOMの業績の推移から確認しよう。
資本金5億円以上または負債総額200億円以上の会社(いわゆる大会社)は、貸借対照表と損益計算書を決算公告で掲載する義務があるが、それ以外の会社は貸借対照表と損益計算書の一部である当期純利益しか開示義務がない。
SHOWROOMは大会社ではないため、業績を見ようにも当期純利益しかわからない。売上高や営業利益は非開示だ。
しかし、当期純利益だけでも危険な兆候が見て取れる。設立以来、4期連続で最終赤字が続いており、しかも赤字の幅が拡大している。第3期では当期純損失が1.5倍に増加し、第4期にはさらに2倍以上の当期純損失となっている(図表2)。
単一事業なので、SHOWROOM以外の事業で会社全体の足を引っ張っているわけではない。純粋にSHOWROOMが軌道に乗っていないのだ。
アプリ自体は人気なので、ユーザー数は増えているのかもしれないが、開発費や広告宣伝費が多額にかさんでいるのだろう。いまだ損益分岐点を超えられない状況だ。
■債務超過に転落し、極めて危険な状況に
さて、ここまで読んだところで、賢明なあなたならこう思うだろう。
「SHOWROOMは設立から4年しかたってない。赤字なのは当然でしょ?」
確かにその通り。多くのベンチャー企業は、初期段階は特に、サービスや機能の強化に注力する。いわゆる「先行投資フェーズ」にあるため、早期の黒字化はそもそも考えてないことが多い。
特にSHOWROOMのようなプラットフォームビジネスは、いかにユーザーを集め、視聴時間を稼ぎ、メディアとしての価値を向上させるかが、ビジネスの成否を左右する。
現に、メルカリも、米ウーバーテクノロジーズも赤字のまま上場している。「赤字? それが何か?」と言わんばかりだ。つまり、設立4年のベンチャー企業が赤字なのは、何ら不思議ではない。普通の姿だ。
ところが、SHOWROOMは普通でないといえる別の理由がある。4期目で債務超過に陥ってしまったのである(図表3)。
債務超過とは、負債が資産を上回っている状態、つまり純資産がマイナスのことを指す。通常は純資産がプラスで、かつ、その純資産が資産総額の30%以上あるのが企業としてのあるべき姿だ。30%を下回ると、財務的な安全性が低いと評価される。SHOWROOMは純資産が30%下回っているどころの騒ぎではない。マイナスなのである。
債務超過の会社は、通常、銀行から新規で融資を受けられない。上場企業であれば、上場廃止に追い込まれる。極めて危険な経営状態を意味するのである。
■出資したいVCは山ほどいそうだが……
今度はこう思う人もいるのではないだろうか。
「そうはいっても、ベンチャーキャピタル(VC)から出資してもらえば、債務超過なんてすぐに解消できるんじゃないの?」
確かに、いまはカネ余りの時代。多くのベンチャーキャピタルが投資をしたくてウズウズしている。SHOWROOMぐらい知名度のある企業であれば、諸手を挙げて出資するベンチャーキャピタルは山ほどいそうなものである。
ところが、話はそう単純にはいかない。その難しさはSHOWROOMの過去のファイナンス実績から推測できる。
SHOWROOMは、少なくとも過去2回増資をしていることが決算書から読み取れる。第1期から第2期、第2期から第3期にかけて、資本金および資本剰余金がそれぞれ増加しているが、それは増資をしているからにほかならない。
過去2回の増資の引受先は親会社であるDeNAではない。DeNAの有価証券報告書を見ると、SHOWROOMに対する持分比率が90.0%→81.8%→74.1%と低下しているからだ。DeNA以外の投資家(ベンチャーキャピタルだと思われる)が増資の引き受けをしているため、相対的にDeNAの持分比率が低下しているのである。
DeNAのプレスリリース(2015年6月24日)によれば、設立直後はDeNAが9000株、ソニー・ミュージックエンターテイメントが1000株を保有していた。その後のDeNAの持分比率の低下割合から逆算すると、1回目の増資で1001株、2回目の増資で約1144株を発行していることが分かる。
それぞれの増資によって、いくらの資金を調達できたかというと、1回目が1億円、2回目が1200万円となっている(資本金と資本剰余金の増加額から算出できる)。
1回目が1001株発行して1億円の資金調達できたのにもかかわらず、2回目は1144株発行して1200万円しか資金調達できていないのである。1株当たりで計算すると、1回目は10万円だったのに、2回目はたったの1万円程度での新株発行だったのだ。実に10分の1の株価下落だ(図表4)。
■株価は10分の1に大暴落
株式を新規で発行する際、第三者である専門家が、企業の実態を詳細に調査し(これを財務デューデリジェンスという)、妥当な株式の価格を算出(これをバリュエーションという)する。
バリュエーションの手法は複数あるが、ベンチャー企業の場合、DCF(Discounted Cash Flow)法を使うのが一般的だ。DCF法とは、事業から生み出される将来のキャッシュフローを現在価値に引き直すことで、現在企業がいくらの価値があるのか、そしてその企業が発行する株式の価値はいくらなのかを算定する手法だ。
外部に公表していない詳細な財務情報を徹底的に調べ上げ、将来の成長性なども加味したうえで、適正な企業価値(株価)を算出するというプロセスを踏む。そのため、バリュエーションの結果である株価は、企業の実態に限りなく近い数値といえる。
仮にSHOWROOMが「今は先行投資段階で、将来収益化する(キャッシュを生み出せる)事業の見通しが立っている」のであれば、株価は上昇するはずだ。それが逆に10分の1にまで大暴落しているのである。企業価値が大幅に毀損していると言わざるを得ない。
■増資したくてもできないジレンマ
SHOWROOMは今、債務超過を解消したくてもできない状況にある。株価が低すぎるため、相当な数の株式を発行しなければ、債務超過解消に必要な資金を集めることができないからだ。
1株1万円という前提で試算した場合、約1億5000万円の債務超過を解消させるには、1万5000株もの新株を発行しなければならないことになる。現在の発行済み株式数が約1万2000株なので、増資で債務超過を解消したら、それと引き換えに、議決権の過半数を外部の手に渡してしまうことになる(図表5)。
■DeNAに助けてもらうか?
SHOWROOMは、経営の自由度を確保するためにDeNAから分社化したものの、4年たってもDeNAからの援助なしには経営が回らない状態にある。DeNAがSHOWROOMの株を買い取って元のさやに収まるのも一つの方法だ。
しかし、DeNAもここ数年、業績が低迷している。先の見通しが立たない赤字会社の面倒を見るほど余裕はないだろう。「事業の選択と集中」の名の下に、二束三文で外部に事業譲渡することもあり得る。
赤字が止まらない、債務超過が解消できない、親(DeNA)のスネもかじれない。非常に苦しい状況に立たされている。表面上は華やかに見えるSHOWROOMであるが、水面下では必死にもがいている経営の姿が透けて見える。
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川口 宏之(かわぐち・ひろゆき)
公認会計士
監査法人での会計監査、ベンチャー企業での取締役兼CFOなどを歴任。現在、上場企業の社員研修や各種団体主催の公開セミナーなどで、「会計」をわかりやすく伝える人気講師として活躍中。著書に『決算書を読む技術』『決算書を使う技術』(共にかんき出版)、『いちばんやさしい会計の教本』(インプレス)がある。公式サイト
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(公認会計士 川口 宏之)
外部リンクプレジデントオンライン