「辞める覚悟はある。でも、今じゃない」、来季は選手生命をかけた1年に

 背水のシーズンになる。ソフトバンクの松中信彦にとって、41歳になって臨むプロ19年目のシーズンは、選手生命をかけた1年になるだろう。

 16日、契約更改交渉を行った松中は、現状維持となる年俸3500万円(金額は推定)でサインした。その後の会見では、自らに迫ってきている“引き際”への胸の内を明かした。

「1回ファームに落ちた時に、去年のファームと同じくらい(の成績)なら、辞めるつもりだった。いつでも辞める覚悟はあるけど、まだまだ球団やファンのみなさんに恩返し出来ていない。達成感があった時には辞める覚悟はある。でも、今じゃない」

 今季は33試合すべてに代打で出場し、27打数3安打、打率はわずか1割1分1厘、そして、2年連続の本塁打なしに終わった。開幕は1軍で迎えたが、5月19日に登録を抹消。だが、7月12日の再昇格まで、そして、8月27日に再び抹消されて以後のウエスタン・リーグでは、32試合で69打数28安打5本塁打、打率4割6厘と、13年の同リーグ打率2割3分7厘を大きく上回った。

 まだ、やれる、復活出来る――。その思いが、胸に去来した。19年目の復活にかける決断を下した。

 悩み深き1年だった。「左の代打」として臨んだシーズンを「正直、難しいと思った」という。

「代打の中での反省は、1本足か、すり足かを悩んだこと。(代打では)1球ファールにすると、ダメだと感じた」

 現役唯一の三冠王の松中。これまで、現役生活の大半を、1日4打席前後での勝負で戦ってきた男にとって、ここぞ、で送り込まれる1打席勝負の世界は未知の領域だった。甘い球は打席中に1球あるか、ないか。一度、打ち損じてしまうと、もうチャンスはそうそうない。その難しさの中で、状況に対応出来るフォームを試行錯誤したまま過ぎていった1年だったという。

奇跡の復活に向け、「41歳の体の中でベストなフォームを探る」

 来季に向け、やるべきことは定まっている。工藤新体制で臨む新たな1年となっても、松中の持ち場は今季と変わらぬ可能性は高い。本人もそれは自覚している。「1球で仕留められるように、精度を上げないと。迷い無く、足を上げるのか、上げないのか、41歳の体の中でベストなフォームを探して、これで行くんだというのを見つけていく」と、オフの取り組みに思案を巡らせている。

 会見の席で繰り返したのは「恩返し」の言葉。昨季は交流戦の優勝セレモニーをボイコットし、懲罰降格。最後まで、1軍に呼び戻されることはなかった。今季は、8月10日の日本ハム戦で、5回2死一、二塁から、大谷から左翼線を破る決勝適時二塁打を放った。755日ぶりに立った本拠地のお立ち台では、人目もはばからず、大粒の涙を流した。

 同14日の楽天戦でも、延長10回1死満塁でサヨナラ四球を選び、再び、お立ち台に立った。2度目は涙はなかったが、ファンの声援が身に沁みた。

 本拠地に「代打・松中」がコールされると、沸き起こる大歓声。その声に、期待に応えたい。

「結果を残すこと、恩返しすること、それしかない」

 奇跡の復活を目指して――。41歳、松中信彦の19年目の戦いが始まる。