おとなの異性にいだく淡い恋心。誰もが一度は経験したことのある思春期の通過儀礼だ。

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立場や役職を越えた恋愛は、女性がリードするケースが圧倒的に多い。大人の女性&年下の男性の組み合わせは、禁断の恋の鉄板パターンなのだ。


■必然のタブー?

おとなへのあこがれは思春期の定番で、ひとによって理由は異なるものの自分も早くおとなになりたいという気持ちが原動力となる。ホルモンバランスの乱れから反抗期や理由なき自信に満たされる時期でもあり、同世代よりも年上に魅了されることが多い。

中でも教師や講師のように自分よりも上位のおとなに対しては両極端で、尊敬からあこがれに発展するか、毛嫌いしてまったく相手にしないかに分かれることが多い。

あこがれや尊敬は、恋心に発展するのだろうか? 答えはYesで、映画「高校教師」のように一種のタブーとして取り扱われている。アメリカでは2001〜2005年の5年間で、およそ300人の教師が教員免許をはく奪されたというデータがあり、生徒との禁断の恋が理由だ。

人口に対し少ないようにも思える数値だが、驚くべきは対象者の約9割は女性教師で、男性よりもはるかに多くが禁断の恋に踏み出してしまっているのだ。

男子生徒が女性教師に恋こがれるのはなぜか? 男性のパートナー選びは「視覚的要素」が強いため、同世代にはない容姿やファッションが大きな理由になる。

次に自分の知らないものを好む「目新しさ」、さらには強い立場、知性など、自分にない「本物」にあこがれる傾向が強い。おまけに男性はなにかにつけて相手よりも優位に立ちたがるため、手の届かない相手にはいっそうファイトがわく。

つまり色彩兼備のお姉さんにイチコロなのは、避けようがない本能の結果であり、男にとって当たり前の行動パターンなのだ。

対して女性は「心」で相手を選び、相手の性格、熱意や自信などが重要となる。さらに、男性のパートナー選びは偏(かたよ)りが強く、絶対に譲れない、これさえあれば満足、のように判断要素を狭める傾向があるのに対し、女性の判断は加点方式で、総合評価で相手を選ぶ。

つまり多少弱点があってもトータルで基準以上なら合格と、冷静な相手選びができるのも大きな違いを生む。計算高いともいえる冷静さが、未熟な年下男を恋愛対象にまで引き上げているのだ。

晴れて禁断のカップルが成立し、甘く切ない恋が始まる。

■燃え尽きる恋

教師と生徒のように、社会的成熟度も立場もかけ離れた状態で、恋愛が続けられるのはなぜか? あこがれや興味だけで始まった恋ならすぐに冷めて当然だが、ここにも恋愛に隠れた男女の本能が作用し、継続するように仕向けているのだ。

男性は相手の快感に喜びを覚え、相手が喜ぶようにと努力する。社会的に未熟な男の子ならなおさらで、見栄も相まって夢中でがんばるだろう。対してやっかいなのは罪の意識で、道徳や社会通念に反していることに、男は本能的に魅力を感じるのだ。

単なる年上の女性なら優位や本物のキーワードだけで済むのだが、踏み越えてはいけない関係は男性にとってより魅力を増す。女性教師と聞いただけで、男のテンションは高まっていくのだから始末に負えない。

男性が夢中になる姿を見て、女性は優しさや熱意を感じるだろうが、先述のようにこれは決定的な要因にはならない。それ以上に「相手を魅了している」ことが喜びとなり、その喜びこそが愛と昇華されるのだ。

愛されている感はやがて自信へとつながり、自信は相手の魅了へと回帰する。これだけでも歯止めが利かないのだが、相手を魅了することが自己陶酔に発展し、ちょっとしたヒロイン気分になることもある。

喜びが陶酔へと変われば、当然理性的な判断はできなくなる。そして暴走した恋がひとり歩きを始める、禁断の果実が燃え尽きるまで。

常に忘れないでくださいよ。煙が出れば、すぐあとに炎です。(プラウトゥス「クルクリオ」より)

■まとめ

序列が女性>男性の組み合わせは、始まる前から利害が一致しているので暴走しやすい。

甘い思い出のうちに、おさめておくのが肝要のようだ。

(関口 寿/ガリレオワークス)