東京大学は、小脳において「シナプス刈り込み」に脳における主要な抑制性神経伝達物質「GABA」(γアミノ酪酸)の働きが必要であることを明らかにしたと発表した。

成果は、東大大学院医学系研究科の狩野方伸教授らの研究グループによるもの。

研究の詳細な内容は、4月26日付けで科学誌「Neuron」に掲載された。

生後間もない動物の脳には過剰な神経結合(シナプス)が存在するが、生後の発達過程において、必要な結合だけが強められ、不要な結合は除去されて、成熟した機能的な神経回路が完成する仕組みを持つ。

この過程は「シナプス刈り込み」と呼ばれており、生後発達期の神経回路に見られる普遍的な現象であると見なされている。

そして、この発達期のシナプス刈り込みに障害があることで起きると考えられているのが、自閉症や統合失調症だ。

これまでの研究から、正常なシナプスの刈り込みには、神経細胞が周りの環境などの刺激を受けて、電気的に活動することが必須であることが知られていた。

グルタミン酸は神経細胞の活動を上昇させる「興奮性神経伝達物質」であるが、グルタミン酸を受け取るタンパク質「グルタミン酸受容体」の内のある種のものが欠落すると、シナプスの刈り込みがうまく起こらなくなってしまうのである。

一方、GABAは神経細胞の活動を抑える抑制性神経伝達物質であり、神経細胞の活動の調節において重要な役割を担う。

しかし、GABAがシナプス刈り込みに影響するかどうかについては、これまで知られていなかった。

今回の研究では、GABAを合成する酵素の「GAD67」の遺伝子をヘテロで欠損する遺伝子改変マウスを用いて、GABAによる抑制がシナプス刈り込みにどれだけの働きをするかが調べられた。

シナプス刈り込みを唯一定量的に評価できるのは、小脳の「登上線維」と「プルキンエ細胞」の間のシナプス結合だ。

今回の研究では、その生後の変化が対象となった。

なお、登上線維は脳幹の延髄にある神経核「下オリーブ核」から、小脳皮質のプルキンエ細胞へ情報を伝える入力線維である。

そしてプルキンエ細胞は、小脳皮質に存在する大型の神経細胞だ。

小脳皮質の信号を小脳核を介して大脳、脳幹、脊髄に送り、円滑な運動を行うために重要な働きをしている。

生まれたばかりの動物のプルキンエ細胞では、5本以上の弱い信号を伝える登上線維がプルキンエ細胞の根元に相当する細胞体にシナプスを形成しているが、成長した動物ではわずか1本の強力な信号を伝える登上線維が、細胞体から大木の枝のように張り出した樹状突起にシナプスを形成しているという仕組みを持つ。

これは、まず生後7日までに、細胞体にシナプスを形成していた複数の登上線維の内1本だけが強くなり(機能分化)、強くなった登上線維は、プルキンエ細胞の樹状突起に侵入して、シナプスを作る(樹状突起移行)。

一方で、弱い登上線維のシナプスはプルキンエ細胞の細胞体に残されるが、この不要な登上線維シナプスは、生後16日頃までの間に除去され(前期・後期除去過程)、結果として、1本の登上線維に由来するシナプスがプルキンエ細胞の樹状突起に残るという流れである。

続いて研究グループは、個々のプルキンエ細胞から電流を記録し、登上線維を1本ずつ別々に電気刺激して引き起こされる電流応答(シナプス電流)を測定することによって、プルキンエ細胞にどの程度の強さの登上線維が何本結合しているのかを調べた。

その結果、GABAの合成が低下するように遺伝子改変されたマウス(GAD67ヘテロ欠損マウス)では、生後9日頃までのシナプス刈り込みは正常に起こるが、生後10日頃から16日頃までの刈り込みの過程が障害されているため、成熟しても2本以上の登上線維が結合しているプルキンエ細胞が数多く残っていることがわかったのである。