ついにレストランまで開業したタニタの社員食堂。火付け役となった『体脂肪計タニタの社員食堂』は、続編を含めて472万部のベストセラー。印税は5億円に達する計算だ。しかし、著者プロフィールに名を連ねる担当栄養士さんには印税が1円も入っていないとか。いったいどうしてなのか。

まず押さえたいのは、レシピは著作物として認められにくいという点だ。著作権には、事実、アイデアは保護せず、表現のみを保護するという原則がある。レシピのうち分量や手順については、表現の余地がほとんどなく、事実そのものといっていい。斬新な調理方法など、料理のアイデアも保護の対象外だ。

ではレシピ本はどうなのか。著作権に詳しい野口祐子弁護士は次のように指摘する。

「同じ分量や手順でも、個人的なコメントを入れたり、イラストや写真を加えていけば、10人いてみんなが同じ表現になることは少ないですよね。そうなるとレシピも表現の一つといえます。当然、レシピ本も著作物として認められやすい」

では、著作物であるにもかかわらず、栄養士さんはなぜ印税を手にできないのか。それはおそらく、レシピ本が“職務著作”だからだろう。職務著作とは、会社の職務として作成した著作物について、法人等が著作権者としての地位を得ることができる制度(著作権法第15条)。作成したのが個人でも、会社が資金を出してリスクを取ったなら、その成果を会社に帰属させるべきという考え方に基づいている。

「似たような制度に、特許法に定められている職務発明があります。職務発明の場合、特許はまず発明者個人に帰属し、それを会社に譲渡することになります。一方、職務著作は最初から著作権が会社に帰属します。譲渡する代わりに相当の対価を得られる職務発明と違い、職務著作の場合は会社が作成者に対して特別な対価を支払う義務はありません」(野口弁護士)

おそらくタニタのレシピ本も、社員である栄養士さんが職務として作成したもの。法的には印税は会社のもので、分け前を支払う必要はないというわけだ。タニタのケースは両者で円満に話がついているのかもしれない。ただ、最近は会社に勤めながら執筆や創作活動をする人も少なくない。はたしてどこまでが職務著作で、どこからが自分のものといえるのか。実は、職務著作には、図表の5つの要件がある。

このうち注意が必要なのは(2)「業務に従事する者」だろう。労働法上、派遣社員やアルバイトは会社と雇用関係にないが、会社の指揮命令で動いていれば著作権法上、業務に従事する者とみなされやすい。(4)「著作の名義」も混乱のもとだ。会社名か個人名、どちらかで発表されていれば著作権者は明確だが、「○○社××部長○田×朗」のように両方の名が入っていると話がややこしくなる。

「ケースバイケースですが、両方の名が入っている場合は、著作の内容についてどちらが責任を取るのかというところが判断の分かれ目になるでしょう」(同)

最後に野口弁護士は、組織に所属しつつ表現活動をする人に、こうアドバイスしてくれた。

「もし自分の著作物であることを示したいなら、自分の名を著者として入れておくべき。本であれば『これは私の個人的見解であり、所属する組織を代表するものではありません』と一言入れておくと、個人の著作であることがより明確になるのではないでしょうか」