本日は西部謙司メールマガジンさまから特別寄稿として、西部氏が過去にインタビューした記事の中から、久保竜彦(元日本代表FW)の記事を掲載させていただきます。

 久保竜彦は1976年6月18日、福岡県出身の35歳。2011年末でツエーゲン金沢(JFL)を退団後、所属チームを探しながらトレーニングを続ける日々を送っています。まだ現役への意欲は衰えない一方で、こちらの記事のように、中学1年生のご息女・柚季さんが「未来のなでしこ」として名乗りを挙げるなど、プレイヤーとして「以外」の記事が掲載されるようになりました。

 フィリップ・トルシエ氏(元日本代表監督)が「彼は1230年に生まれて、ずっと冷凍されてて、ある日突然見つけられたのだ」と評した異能のフォワード。格上のチェコ代表を力づくで引き裂いてゴールを決めたり、常人では考えられない距離からのミドルシュートを決めたり、かと思えば代表デビュー戦で専門誌に「過緊張」と評されるほどの繊細さを持っていたり。

 しなやかな猛獣のような、朴訥ないなかの青年のような、繊細なアーティストのような、どれでもあってどれでもなかった存在。そんな久保竜彦を、かつて西部氏はどうインタビューしたのでしょうか? じっくりご覧下さい。




━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
. インタビューの裏道
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
〜VOL.2 久保竜彦〜
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


インタビューを行った方々の横顔やこぼれ話、印象について。


 インタビューを行ったのは横浜Fマリノスに所属していたときでした。日本代表のFWに定着しかけている時期でもありました。

 久保は無口で有名で、テレビのインタビューなどでは「はあ」「はい」「決まって良かったです」ぐらいしか話さないので、インタビュアー泣かせでした。それまでとくに面識のない選手だったので、果たしてどうなることやらと心配な半面、どうやって話を引き出そうかと考えていました。

 練習が終わって、僕とカメラマンが待っていた部屋に現れた久保はジャージ姿で、足首にアイシングの氷を巻きつけていました。広報に促されてのっそりと入ってきた姿は迫力がありましたね。体も大きいし、肩幅も広い。野武士のような面構えでした。

 先に撮影をしたのですが、インタビューが終わった後、カメラマンは「後に撮影したほうが良かった」と言っていました。まだ“ほぐれて”いなかったからです。例えは悪いですが、最初は我々が待っている檻の中に野生動物が入ってきたような雰囲気でしたから。カメラマンが「あの、座ってもらえますか」と注文する。久保はのっそり座る。「あ、あの、こちらを見てもらえますか」と言ったら、睨みつけられた。もう、にっこり笑ってくださいとか、そんなことが言えなくなってしまったそうです。すっかりビビってしまった(笑)。

 インタビュアーとしての作戦は1つでした。久保に話をさせる、これだけです。

 紙媒体の取材で有利なのはここです。テレビだと、短い時間で相手の言葉を引き出さなければいけない。久保のような無口な選手だと、「○○ですね?」と聞いて、「はい」で終わってしまうケースがほとんどになります。まあ、それでもその状況が画面に映っているだけでいいのかもしれませんが、雑誌のインタビューで質問の答えが「はい」では記事になりません。そのかわり、相手が話すまで待つことはできる。テレビだと10秒も沈黙されたら放送事故になってしまうかもしれませんが、雑誌なら10分黙られても誌面には反映されません。

 相手が喋らないタイプだと、つい質問を足したくなります。そうすると、相手は考えるのをやめて「はい」で終わらせてしまう。それでは記事が成立しない。そこで、久保が答えるまで質問を足さない、助け船も基本的に出さない、答えるまで沈黙があってもひたすら待つと決めていました。

 案の定、質問に答えるまでの時間は長かったですね。1分ではないにしても、30秒ぐらいは黙っているときもありました。もう我慢比べですね。「質問の意味がわからないのかな?」とか「このまま寝ちゃうことはないだろうな」と心配しながら、久保の言葉を待ちました。素朴な人柄なのはだいたいわかっていましたから、待っていれば答えてくれるだろうと思ってはいても、やっぱり長かったですね。

 ただ、意外といっては失礼ですが、答えるときはしっかりとポイントを外さずに話してくれた印象があります。誠実な人なので、ちゃんと考えて答えてくれるんです。時間がかかるだけで。覚えているのは、シュートの瞬間の心理状態について聞いたときの回答です。

「シュートを打つときに、入らないと思ったことがない」

 不安にならないそうです。小学生のころ、コーチからシュートをどんどん打てと言われていたそうで、シュートを外したらどうしようというような不安感をもともと持っていないのだと。サッカーは楽しい、シュートは楽しいと思って育ってきた。それが彼のサッカーの原風景なんですね。

 負傷のために、日本代表で活躍した期間が短かったのは惜しまれます。希有な素質とスケール感を持ったストライカーで、2年もベストコンディションでやれれば、代表の歴史を変えられるぐらいの逸材だったと思います。


■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■

---------------------------------------------------------------
西部謙司メールマガジンとは!?

サッカー業界で圧倒的支持率を誇る西部謙司の週刊メールマガジン。このメルマガでは各Jリーグクラブの戦術を徹底解剖、また週末に行われた欧州の注目カードを西部謙司がぶった斬ります。

今年からはスポナビの大人気コーナー「犬の生活」のスピンアウト企画「犬の生活情報」が始まります。アウェーのジェフ千葉情報が充実します。サッカー業界随一の圧倒的文章力をメルマガでもお楽しみください。

月額771円(1回あたり193円)。
3月15日発行 西部謙司メールマガジンvol.54 ラインナップ
1. あいさつ(W杯最終予選組み合わせ決定!)
2. 犬の生活情報(VOL.9 京都戦まとめ)
3. Jリーグのツボ (未来の自分に負けた浦和)
4. 欧州サッカーメモ(アポエルのベスト8)
5. インタビューの裏道(VOL.13 木村和司)
---------------------------------------------------------------
西部謙司メールマガジンの購読申し込みはこちらからどうぞ。購読料は月額771円(税込)です。