――アカデミー賞11部門ノミネートについて、どう思いますか?

スコセッシ監督:大変興奮しています。この作品は私にとって特別なで、今まで自分が作ってきた作品とはちょっと異なる、個人的な作品です。私は年を取ってから遅くに幼い娘を設け、彼女は現在12歳なのですが、本作にはこの12年間の色々な経験が織り込まれ深く関わっており、子供の思考や観点、また彼女の友人達からとても影響を受けています。そういう経験から、映画の世界に関してより自由な考え方を持つことができ、創造性においても、以前の色々な衝動を受けた時代に返ることができ、例えば絵をまた書いてみたり、物を動かしながら伝えるという所に立ち返ることができました。もちろん、仕事をするためには成熟し、大人であることが大切ですが、純粋さや、自分本来の創造性が疎外されてはいけません。また、妻がこの本を読んだ時『一度で良いから娘のために作品を作ったら?』と言われました(笑)。

――3Dの撮影で気を配ったことは何ですか?

スコセッシ監督:永年3Dに夢中になり、こだわってきて、奥行きだけを伝えるのではなく、立体化することで、より色々な可能性を伝えることができ、頭の中の色々なものを提案することができます。メイク、衣装など色々なテストを行いましたが、役者達を前に持ってきたら、観る側にとって手に届くような、そこにいるような効果を発見して、後ろに置くよりも前にもってくることにより、人間が動く彫像のようになっています。本作の多くのショットは3Dを念頭において設計していますし、本来やってはならないと言われているようなタブーも無視してやりました。3Dは仕掛けっぽいと言われますが、3Dは自然なのです。今まさに私達の目の前にある物が、そのままの状態であるので、色や音や奥行きがあることによって、物語にも奥行きを与えると思います。この作品自体が3Dに合った要素をもっていて、登場する駅舎は非常に大きなセットですが、撮影監督のボブ・リチャードソンが雪や空気中の埃を効果的に使ってくれて、子供の頃スノードームの中に住んでみたいと思ったんですけど、全くその中の世界のような感じです。

――本作は観客自身の投影なのでしょうか? 少年だった頃の映画との出会いについて教えて下さい。

スコセッシ監督:自分自身、ヒューゴというキャラクターとの関連は気付いてなかったのですが、妻とプロデューサーに指摘されて、後で制作中に自分の子供時代に似ていると気付きました。私は3歳から非常に強い喘息を持っていたので、スポーツをやってはいけないし、植物や動物に触れてはいけないと育ちました。私が育った家庭は労働階級の、あまり読書を習慣的にするような環境ではなかったので、よく父親と映画を観に行きました。父は一言も言わずに、ただ映画を観るのですが、1950年代に出てきたビリー・ワインダーやジョージ・スティーブンスのように素晴らしい、旧き良きアメリカの映画などを一緒に観ました。その経験が心理面でもとても大きな影響をもたらし、父との絆が生まれ、それをヒューゴというキャラクターにも投影しています。少年の頃は、荒野の中に木や草や山々が登場して、馬や犬やカウボーイが出てきて、“自分がしてはいけないこと”が満載の西部劇に夢中になりました。歳を取ってからは、自分が観に行ったものとは異なる作品を作るようになったのですが、家族など色々な背景が、作品を作る上で重要になりました、最初は、映画を作ることにとても緊張していました。

――映画を作る上での制約とは、何だと思いますか?

スコセッシ監督:映画が発明された当時は、自動車が出て来て、飛行機が作られ、産業革命など、世界そのものが変化して、ユートピアが語られた時代で、1914年の第一次世界大戦まで、技術的に文明が発展していった時代だと言えます。今では映画があまり認識できないような形になっているかもしれませんが、決してそれは悪いことではないと思います。自分としては制約はあまり感じていませんが、メリエスはファンタジー作品だけでなく、政治的なスキャンダルを描いた作品も作っていたので、検閲がありました。メリエスはカメラを使った特殊効果も発明していくのですが、政治的理由や発言の自由とは別に、金銭問題によって、集める機材や人材に障害が生じる場合があります。ただ、現代は技術がとても発展しているので、現代の技術を使えば、映画はあまり資金繰りを気にせずに作ることができるのでないでしょうか。映画を流通する新しい配信方法もありますので、例えばインターネットとか新しい媒体ができているのではないかと思います。ただ、そういう方法がありながらも、私が作っているような大きな予算で作る映画がなくなるということではありませんが、その方向で映画を制作する場合、ある者が決定をすると、自分はその状況を受け入れて、リスクを背負うことになりますし、その分野において新たな戦争に挑むことになります。

――今までの作品で一貫して、映画を作る上で大切にしていることはありますか?

スコセッシ監督:個人的な接点がないといけないと思っています。本物の監督は如何なる題材、様式、ジャンルの作品でも上手く撮ることができる人だと思うのですが、私はそうではありません。例えば『ヒューゴの不思議な発明』は、私が子供の頃に描いていた絵や、1951〜2年の『マジック・ボックス』というイギリス映画で、映画の発明のためにお金を全てなくして亡くなってしまう方のとても悲しい作品を観て自分が夢中になった所もあります。一つの作品の中で色々な要素が共存できるのか?と思うのですが、自分が興味を持っているのは、よりタフな世界を描きたいのか?愛を代表的に伝えたいのか?何を主要な要素とするのかだと思います。自分が年を重ね、色々な物語を作っていく中で、例えば『ディパーテッド』とか『シャッター アイランド』はもう完全に、感情的にも道徳的にも行き着く所まで行っている作品なので、そこからはまた新たに再度やり直しをしなければならない。『ヒューゴの不思議な発明』という作品は、自分にとって祝福なのです。

 『ヒューゴの不思議な発明』は、3月1日(映画の日) 、TOHOシネマズ有楽座他、全国ロードショー(3D/2D同時公開)。

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