リアル・グラゼ二───

今回取り上げる愛甲猛『球界のぶっちゃけ話』を読んでまず抱いた感想がコレ。
『グラゼニ』はもう説明不要かもしれないが、モーニング誌上で絶賛連載中のプロ野球マンガだ。『このマンガがすごい2012』でオトコ編第2位を獲得。数ある野球マンガの中でも今もっとも注目されてる作品と言って間違いない。一般的には「野球と金」が作品テーマだと思われがちだが、その実、選手のセカンドキャリアだったりベンチ裏でのやりとり、プロ野球選手の奥様のヒエラルキーなど、華々しいプロ野球界に見え隠れする格差社会の様を描いている。その格差のコントラストが読む者にちょっとしたカタルシスを与え、人気を博しているのではないだろうか。

で、愛甲猛の『ぶっちゃけ話』である。
前著『球界の野良犬』でドーピングにまみれながらプレイを続けた現役晩年、中学時代に既に酒・オンナ・シンナー・麻雀に溺れていたという自身の破天荒な野球人生を惜しげもなく語ってくれた球界の素浪人・愛甲猛の続編著作ということもあり、そのタイトルとともにどんだけヤバいことが書いてあるのか楽しみでたまらなかった。(※まだ『球界の野良犬』を未読の方はぜひ読むことをおススメしたい。『球界のぶっちゃけ話』はプロ野球のエピソードをメインとしているため、前著で書かれている高校野球時代のエピソードから読めば、野球で飯を食っていくことの難しさがよりわかってくるだろう)
果たして、『球界のぶっちゃけ話』のページをめくってみると実に丁寧に、まじめに球界の「裏側」を描写してくれていて、いい意味で裏切られた。

・ベンチ内のどこに座っているかでわかる主従関係
・審判の待遇、有利なジャッジを得るためのつきあい方
・ロッカールームにおける上座と下座、派閥争い
・キャンプの休日、移動日の過ごし方、ビジターゲームのタイムテーブル
・プロ野球界で一番最初にバイアグラを飲んだのは誰か
・契約更改の査定表と報奨金、取材における謝礼額
・プロ野球選手の結婚式・ゴルフ・酒 そのお値段
・プロ野球の妻として、野村沙知代・落合信子の名匠の妻がいかに優秀か etc

詳しくは本書を読んで確かめていただきたいが、プロ野球をどれだけ観戦しても、スポーツ新聞を熱心に読んでも見えてこないエピソードだらけ。ベンチ裏でやり取りされている地味な会話や一日の過ごし方など、グラウンドでカクテル光線を浴びプレイで注目を集めるプロ野球選手の影の部分を忠実に描き出してくれている。
また、審判のジャッジにある思惑やマウンド上で選手同士がどんな会話をしているかなど、これから野球中継を見る上であれこれ想像したくなるエピソード満載なのもまた嬉しい。「清武の乱」の舞台裏や低反発球の愛甲的解釈など、最新の球界エピソードについてもしっかりと語られている。『グラゼニ』を丹念に読み込んでいる読者であれば「そのくらい知ってるよ」というエピソードも出てくるのだが、それが選手・監督・OBの実名入り、という点で説得力が生まれてくるのだ。
だが、実名が出てくるから暴露話が満載、ということではない。この本がすばらしいのは、それぞれのエピソードが「悪口」になっていない点だ。そこには行間からにじみ出ている野球と野球人への愛情が感じられる。

<本書に登場したすべてのプロ野球選手は、誰もが野球をこよなく愛している。そして、野球ファンを楽しませようと、たえまない努力をしている。彼らの真の姿を知ってもらえれば、今まで以上に、野球を好きになってもらえるだろう。そんな思いを込めて、慣れない執筆作業に勤しんだ次第だ>

あとがきで書かれているこの言葉はキレイごとではなく、自分の信念を貫き通してどの派閥にも属さなかった愛甲猛だからこそ見えた球界の姿であり、野球への愛情そのものだろう。このへん、同じチームメイトの中で唯一心を開き、野手転向のキッカケを作った師匠・落合博満と通じる部分があり、メディアで見せる面との大きなギャップとなっていて面白い。

惜しむらくは、「そこはもっとぶっちゃけてよー」と思わず言いたくなるエピソードがいくつかある点だ。
観客からの過激なヤジに対して球団関係者に「つまみだせ!」と激高した星野監督(中日当時)のエピソードにふれ、
<しかし、球場外に出されるだけマシだ。星野さんの怖さと来たら……俺は、表面化したら大変なことになるケースを目にしたことがある。あまりにやばくてとても書けないが……。>
と濁してしまうところなんて、「イヤイヤイヤ、そここそぶっちゃけるべきでしょう!書くべきでしょうよ!」とつっこんでしまった。
なんでもその辺はディナーショーや講演会で残しておきたい、おいしい「すべらない話」なんだそうだ。もう講演会行くしかないじゃん!
なんだかんだ言っても、ゼニの捕まえ方を知っているのが愛甲猛だった。
(オグマナオト)