また、TPPで最も懸念されるのは、投資家保護を目的とした「ISDS条項」。これは、例えば日本への参入を図ったアメリカの投資企業が、国家政策によってなんらかの被害を受けた場合に日本を訴えることができるというもの。訴える先は日本の裁判所ではなく、世界銀行傘下のICSID(国際投資紛争解決センター)という仲裁所です。ここでの審理は原則非公開で行なわれ、下された判定に不服があっても日本政府は控訴できません。

 さらに怖いのが、審理の基準が投資家の損害だけに絞られる点。日本の政策が、国民の安全や健康、環境のためであったとしても、一切審理の材料にならないんです。もともとNAFTA(北米自由貿易協定)で入った条項ですが、これを使い、あちこちの国で訴訟を起こすアメリカを問題視する声は少なくないのです。そんな“人食いワニ”が潜んでいる池に日本政府は自ら飛び込もうとしているわけです。

 残念ながら、野田首相のハラは固まっているようです。世論で反対が多くなろうが、国会議員の過半数が異論を唱えようが、もはや民主的にそれを食い止める術はありません。交渉参加の表明は政府の専権事項、野田首相が「参加する」と宣言すれば終わりなんです。

 そして、いったん参加表明すれば、国際関係上、もう後戻りはできない。すべての国民が怒りをぶつけ地響きが鳴るような反対運動でも起きない限り、政府の“暴走”は止まりません。

(取材・文/興山英雄 撮影/山形健司)

●中野剛志(なかの・たけし)
1971年生まれ。東京大学卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。現在は京都大学に准教授として出向中。著書に『TPP亡国論』(集英社新書)など。

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