日本代表監督就任、心よりお祝い申しあげます。
 強いプレッシャーと責任のかかる激務を引き受けられたことに対して「お祝い」を申しあげるのは不躾とも存じますが、今回ばかりは素直に「おめでとう」と言いたい気持ちです。
 この言葉もまた、志半ばにして倒れられたオシム氏を思えば、不適当な言葉と言えるかもしれませんが、貴兄と何度か親しく交流させていただいた者として、また日本のサッカーを応援している一ファンとして、喜ばしい気持ちを抑えることができません。
 
 それにしても、何という絶好のタイミングでしょう。貴兄も年賀状に書かれていたとおり、まったく「人生とは不思議なもの」というほかありません。
 前回のカザフスタンの地での突然の初監督就任とは異なり、今回はフランスW杯アジア予選突破や本大会での苦い敗戦にくわえ、地域住民との熱い交流のなかでのコンサドーレのJ1昇格や、ハイレベルな闘いのなかでのマリノスの2年連続優勝…等々、日本人監督のなかで最も豊かで多様な経験を積み重ねられたうえでの代表監督就任です。
 
 しかもこれまた前回とは異なり、かつてはパトカーに見守られるなかで中学校や小学校に通われていたお子様方も大きく成長され、理解ある奥様とともに安定した家庭に後押しされ、今回はまったく後顧の憂いなく眼前のピッチに専念邁進されることと思います。
 これを絶好のタイミングと言わずに何と表現できるでしょう…などと書くと、オシム氏には申し訳なく思いますが、貴兄御自身も、まだマスコミ発表前の時点で、神戸の行きつけのバーで友人たちとグラスを交わしながら、「やるぞー!」と気勢をあげられたとか(そのときカウンターの後ろにいたヴィッセルのサポーターたちが貴兄の存在に気づかなかったのは幸いだったと思います)。
 
 また、就任発表直後にいただいた葉書にも、「自分でも不思議なくらいプレッシャーがまったく感じられず、やりたいことがいっぱいあって楽しみです」と書かれていたように、精神的にも環境的にも見事なタイミングでの監督就任だったと確信しています。
 思い起こせばコンサドーレの監督をされていたとき、食事の席で小生が「あなたは監督よりもチーム経営に向いてるから、監督なんか早く辞めて社長になってよ」と言い、テーブルの下で足を蹴飛ばされたことがありました。また、マリノスの監督を辞されたあとには、小生が「サッカー協会に入って早く会長になってよ」と言い、「そんなつまらない仕事じゃなく、フリーターの俺には、もっと楽しい仕事を紹介してよ」と笑って反論されたこともありました。
 小生の言葉は、いずれも貴兄のマネジメント能力を評価してのものでしたが、まさか再び代表監督の座が巡ってこようとは露とも思わず口にした言葉でもありました。
 
 そういえば、W杯のドイツ大会が終了してジーコ監督が辞任した直後、「もう一度、代表監督はどう?」と訊いたら、貴兄の回答は、「今頃代表監督になっても、やることないから退屈なだけ」というものでした。
 その意味でも、今回この時期での代表監督就任は、まったく驚くべきタイミング、呆れるほど不思議な星回りと言うほかありません。いや、この天の配剤を真に喜ぶべきは、我々日本のサッカー・ファンと言うべきでしょう。オシム氏という素晴らしい監督の不慮の事故に呆然としたとき、貴兄がフリーの身の上(貴兄の言葉どおりに表現すれば「気楽なフリーター」)でいてくれたのですから。
 
 もちろん南アフリカでの本大会に向けたアジア予選は熾烈な闘いとなるでしょう。何が起こるかわからないのがサッカーですから、日本代表チームの4大会連続出場も予断を許さないことは、一サッカーファンとして覚悟しております。が、目標は高く「世界を驚かせるサッカー」を、本大会で見せていただけるよう、心より応援したいと思います。
 アイルランドの泥臭いサッカーが大好きな貴兄のこと、選手にはオシム監督のとき以上にハードな動きと強い精神力を要求されることと思います。が、そこから日本の若者たちによるまったく新しい「大和魂」が生まれることを心から期待しております。   敬具

 二〇〇八年一月十五日

 岡田武史様机下      玉木正之拝

玉木正之
1952年生まれ。京都府出身。スポーツライター、音楽評論家、小説家、 放送作家。国士舘大学体育学部大学院非常勤講師のほか、鎌倉市芸術文 化振興財団理事なども務める。著書に『されど球は飛ぶ』(河出書房新社)『Jリーグからの風』(集英社文庫)『音楽は嫌い、歌が好き』 (毎日新聞社)『クラシック道場入門』など多数。
公式WEBサイト『カメラータ・ディ・タマキ』
http://www.tamakimasayuki.com/index.htm
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