学級崩壊の従前のイメージは、教員に対して暴言を吐く、暴力を振るうといったイメージでしょう。しかし現在では、こうした「激しい崩壊」は減ってきていて、負の連鎖の継続によってゆるやかに崩壊へと向かう、そんな学級が少なくないようです。中には経験豊富なベテランの先生だからこそ心が折れてしまうこともあるのだとか。FPの内田英子氏が解説します。
58歳ベテラン教諭が「もうやめてしまおうか」と考えたワケ
Aさんは、現在58歳のベテラン教諭です。子育ての期間を挟みながら、公立小学校で26年間教鞭をとってきました。日々の仕事は大変でしたが、子どもたちの笑顔が何よりの励みでした。特に、児童からもらった「先生ありがとう」と感謝の言葉が綴られた手紙は、Aさんの宝物でした。
今年、末子が大学を卒業し、ひと息ついたのも束の間、Aさんは6年生の担任となりました。そして、子どもたちにとって一生に一度の思い出となる修学旅行の引率を任されることになりました。
しかし、修学旅行の引率は、慣れない環境で24時間体制での見守りが必要ですし、就寝時間は深夜になる、というのがお決まりのルーティンでしたから、大きな負担が伴いました。定年退職が近づき、体力的な不安を抱いていたAさんは、複雑な心境を抱きながらも、これが最後の修学旅行になるかもしれないと思いながら、子どもたちにとっていい思い出となるよう、全力を尽くしました。
ところが、帰り道バスで立ち寄ったサービスエリアで、予期せぬ事態が発生します。休憩時間を終えても1人の児童が帰ってこなかったのです。いなくなった児童を探しに出たAさんはすぐに児童をみつけました。トイレにこもっていたそうです。トイレから出てきた児童に戻るように促しますが、戻りたくないと泣き叫びます。A先生は、他の児童の帰宅が遅れることを懸念しつつも、その他の児童たちには待ってもらい、その児童のケアを優先することにしました。
30分後、ようやく落ち着きを取り戻したため、バスに乗り込んだ矢先、地震が発生。高速道路が通行止めになり、バスは立ち往生、早朝になってようやく帰ることができたそうです。
この件でA先生は大きなショックを受けました。サービスエリアで帰ってこなかった児童はこれまでも同様の問題行動があったのですが、誰かを傷つけるなどはありませんし、素直で決して悪い子ではありません。しかし、毎回対話ができず、今回も同様で、結局何が嫌だったのかA先生の経験をもってしてもわからないままだったそうです。
A先生は一人の児童を優先したことで、クラス全体、ひいては家庭や学校全体に迷惑をかけてしまったと感じていました。状況を知った保護者から担任をもっと若い先生に変えてくれといった要望が入ったとも聞き、そもそも自分が子どもに対応できなくなってしまったのではないかという自責の念に駆られたそうです。
「もうやめてしまおうか」
長年続けてきた教職への情熱が、一瞬にして消えかけてしまいました。
公立学校の職員、精神疾患による休職者“過去最多”
文部科学省「令和4年度公立学校教職員の人事行政状況調査」によれば、公立学校の教育職員の精神疾患による病気休職者数は、6,539人(全教育職員数の0.71%) で、令和2年度以降3年連続で増加し、過去最多となりました。
令和4年度の病気休職者数は8,793人であるため、精神疾患による病気休職者数が病気休職者数の約74%を占めていることとなります。一方全国健康保険協会管掌健康保険「令和4年度現金給付受給者状況調査報告」 によると、協会けんぽでは傷病手当金の受給者のうち「精神及び行動の障害」によるものは18.11%です。
公務員の休職と会社員の傷病手当金の立て付けは異なりますから単純な比較はできませんが、精神疾患による病気休職者数が病気休職者数の約74%を占めている状況は、異常でしょう。
なお、精神疾患により病気休職をした教育職員の内訳を職種別に見てみると、「教諭等」が5,987人(在職者数の0.78%)と最も割合が多く 、主に学級経営を担う先生が多く精神疾患によって休職していることが推察されます。
また、学校種別に見てみると、最も精神疾患による休職者数の割合が多いのは特別支援学校で872人(在職者数の0.96%)、次に中等教育学校の15人(在職者数の0.80%)、小学校の3,202人(在職者数の0.77%)と続いています。これらの結果からは、支援をより必要とする子どもたちと接している先生に多い傾向がうかがえます。
「定額働かせ放題」の先生たち…労働環境の改善求める声
SNSでは「定額働かせ放題」や「教師のバトン」、「このままでは学校がもたない」といったハッシュタグの投稿が数多くなされ、教育現場の労働環境の改善が叫ばれています。
学級経営を行う先生が置かれている環境は近年激しく移り変わっています。こどもたちへの丁寧な対応を求める理想的な教育者像やICTやプログラミング教育、英語教育、金融教育の導入など。変化への受け入れを求められる一方、業務において明確な答えはなく、委託できる業務は少なく、削減できる業務は少ない。
くわえて、どんぶり勘定での勤怠管理では、金銭手当があったとしても命の危険を感じる可能性もあると考えます。
筆者はライフプランニングを専門とし、日頃金融教育に携わっていますが、その立場から思うことは、ライフプランニングは自らの人生を豊かにし、持続可能な経済社会を構築していくうえで求められることではあるが、ライフプランを描ける方は限られており、最低限自らの生命の安定的な維持欲求が満たされていない状況では難しく、持続可能と自身で思える生活が土台にあるからこそ描けるということです。
多様性社会、超高齢化社会へと進展するなか、自らの資産形成が求められています。資産形成にあたってはライフプランニングや個別の事情を踏まえた計画が求められていますが、日々の仕事や生活に心を亡くしてしまう状況では対応していくことは難しいでしょう。
SDGsに則り、誰ひとり取り残さず、国民全体に金融教育を推進していくといった側面からも、公教育に携わる方に関わらず労働環境の改善を行っていくことは重要であると考えます。
内田 英子
FPオフィスツクル代表
ファイナンシャルプランナー