中間の旅行需要が拡大
海外に出かける旅行者にとって旅券(パスポート)の利便性は極めて重要だ。定期的に発表される“世界最強パスポートランキング”の最上位群にはいつも日本がランクインしてきたが、事実上次回から韓国旅券に追い抜かれることになりそうだ。その理由は韓国旅券の保持者に対し中国政府が15日以内の滞在のノービザ(査証)政策を8日から施行したからだ。
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現地報道によると、中国政府に対し韓国人のノービザ滞在を外交的に求めたことはなく中国政府の今回の措置はまさに唐突とも呼べるタイミングだったという。従来、日本旅券保持者(一般)は中国入国の際、15日までの査証免除措置が適用されていた。
日本在住の韓国人の間からは「日本のパスポートがうらやましい」といった声も上がっていたが、コロナ禍の影響で2020年3月31日以降は、中国の査証免除措置は停止されたまま。一方、韓国旅券は意外にもロシアへのノービザ旅行が可能で、これに中国が加わったことでその利便性がクローズアップされている。
パスポートランキングの指標としてよく使われているのが「ヘンリーパスポート指数」だ。英・ロンドンに本社を置く移民コンサルティング会社「ヘンリー&パートナーズ(Henley & Partners)」が2006年から国際航空運送協会(IATA)の資料に基づいてビザ(査証)なしで渡航できる国と地域の数を比較したパスポートランキング(ヘンリーパスポート指数)を3カ月ごとに発表している。
7月の発表で世界1位となったのはシンガポールの195カ国・地域で、同国にとって過去最高を記録。2位は192カ国・地域のフランス、ドイツ、イタリア、日本、スペイン、3位は191カ国・地域の韓国、スウェーデン、フィンランド、オーストリア、アイルランド、ルクセンブルク、オランダだった。しかし、ノービザで渡航できる国と地域の数だけで旅行者の利便性を測ることに大きな意味はないというのも事実だという。
観光業に詳しい韓国のトラベルライターがこう指摘する。
「ヘンリーパスポート指数は世界227カ国・地域が対象で旅行者が一生訪れることがないようなアフリカの小国や海洋諸島も多く含まれています。シンガポール旅券は195カ国・地域で世界最強と言われていますが、大国のロシアとインドはビザ申請が必要です。
広い国土と巨大な人口、豊富な天然資源をもとに大きく成長するBRICS諸国(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカの頭文字)の一角を占めるロシアとインドへのアクセスが弱いのは痛いですね。
ただ、日本旅券もロシアと中国は原則、ビザ申請が必要。一方、韓国旅券はロシアに加えて中国もビザ免除となりました。韓国とロシアは2014年の査証免除協定の発効により60日までノービザで滞在することができます。韓国旅券でビザが必要なのはソマリア、ケイマン諸島、ウガンダなど。観光で訪れることはまずないでしょう」
対中関係改善を促す作戦
韓国政府は現在、中国人に対し経済活性化のため済州島限定で30日間のビザ免除を認めている。そんな中での韓国へのノービザ政策の電撃発表。中国政府の思惑はどこにあるのか。
「中国外交部は1日に、中国人と外国人の往来の便宜を図るためにビザ免除対象国を拡大するとして、スロバキア、ノルウェー、フィンランド、デンマーク、アイスランド、アンドラ、モナコ、リヒテンシュタイン、韓国の9カ国の一般旅券所持者を対象にビザ免除の適用を発表しました。ここに日本が含まれていなかったため、訪日外国人旅行者数6000万人、消費額15兆円達成を2030年までに目指す日本政府関係者をガッカリさせています。
一方の韓国は、2016年に当時のパク・クネ(朴槿恵)政権が北朝鮮の弾道ミサイルに対抗するために、米軍が開発したTHAAD(終末高高度防衛ミサイル)の配備を決めたところ、中国政府が猛反発し関係が急速に悪化。現在のユン・ソンニョル(尹錫悦)政権もアメリカとの同盟関係強化を目指していることから、米大統領選の結果を待ってからでも遅くはなかったはずです。
韓国メディアからは、北朝鮮がウクライナに派兵するなどロシアとの軍事同盟を強めていることから、韓国を足場に北朝鮮に揺さぶりをかけている、あるいは反スパイ法改正案違反容疑で韓国人が初めて拘束されたことに対する韓国内の反中世論の悪化を抑えるための措置、日本政府に対中関係改善を促す作戦などといった見方が出ています」(前出のトラベルライター)
今回のビザ免除は来年12月31日まで施行されるというが、いずれにせよ年末年始の韓中間の旅行需要が大きく拡大するのは確実だ。最近、ロシアと中国を旅行した韓国紙の社会部記者が振り返る。
「シベリア鉄道に乗るためこの夏、ロシアに入国しました。もちろんノービザでしたが、ウクライナ戦争をめぐってアメリカとの深い対立をかかえているせいか、韓国人旅行者への警戒の目は感じましたね。入国審査の際は、私語が制限されるなどピリピリしたムードでした。ただ、モスクワから東の方へ離れるほど緊張感が薄くなったように感じます。
中国も海南省に入境する日本人や韓国人などの外国人旅行者に対して30日間のビザ免除措置や、その他の拠点空港でもトランジット目的なら短期滞在が可能でしたが、それが拡大緩和される今回の決定は大歓迎。
韓国の統計によると、今年1月に中国を訪問した韓国人観光客の数は前年同期比で9倍と激増しました。バブル崩壊危機に直面している中国政府としては、観光客数をさらに増やしたい。国際政治上の思惑というより、経済的利益を優先させた結果ではないでしょうか。韓国で特に人気の高い湖南省の張家界は、旧正月の時期に韓国人で埋め尽くされそうです」
トランプ政権誕生で対中、対ロ外交をどう組み直していくか。観光立国を推し進める日本政府にとって悩ましい問題になりそうだ。
デイリー新潮編集部