税務調査というと、勤務する会社が納税の手続きを代行しているサラリーマンは、対象にならないケースが多いと言えます。ただし、例外となるケースもあり、相続税の税務調査もその一つです。今回、年収400万円のサラリーマンAさんは、父親の遺した「意外なもの」のせいで、思わぬ追徴税が課せられることに……。事例をもとに、多賀谷会計事務所の宮路幸人税理士が解説します。
海外勤務の父にあった「隠れ趣味」
53歳のAさんは、年収400万円のサラリーマンです。2年前、81歳だった父親のBさんを亡くしました。Bさんの相続財産は、都内にある実家と、500万円ほどの預金のみです。
亡くなって2年経ち、ようやく悲しみから立ち直ったころ、Aさんの母親Cさんから連絡がありました。「あのね、なんだかよくわからないんだけど、相続税のことで今度税務調査っていうのが入るみたいで……不安だから来てくれない?」
(父の遺産はあまりなかったはずだけど、どうしてうちなんかに税務調査が入るんだ?)と疑問に思ったAさんでしたが、母親だけでは心許ないと、一緒に立ち会うことにしました。
そして、税務調査当日。「取り調べのような雰囲気だろうか」と身構えていたAさんとCさんでしたが、2人組の調査官は予想外にフランク。和やかな雰囲気で雑談が始まり、親子の緊張も徐々に解けていきます。そして調査官と、次のようなやり取りがありました。
調査官「お父さまは商社で働かれていたんですね。生前ご趣味などはありましたか?」
Aさん「父は、ウイスキーの収集が大の趣味でしてね。父親は海外勤務も多かったのですが、イギリス赴任中にハマってしまったようで……。こっちに帰ってきてからは日本のウイスキーも大好きになり、日本とイギリスを中心にいろんな国のウイスキーを集めていたみたいです」。
調査官「そうだったのですね! いまも残っているんですか?」
Aさん「ええ。処分しようかと思ったんですが、母も私もあまりお酒を飲まないもので、とりあえず形見として残してあります。父が使っていた書斎はウイスキーだらけですよ」
調査官「なるほど。もしよろしければ、見せていただくことはできますか?」
Aさん「ええ、もちろん大丈夫ですが……」。
(税務調査なのに、ウイスキーなんて見てどうするんだ?)と内心首をかしげたAさんでしたが、言われるがまま調査官を父の書斎に案内しました。
部屋に入ると、綺麗に並んだウイスキーが所狭しと飾られています。心なしか、調査官の目が光ったようです。
調査官「これはすごい! 壮観ですね。私はお酒に目がないのですが、オークションで見るようなレアものばかりで……これ、なかなか手に入りませんよ」。
Aさん「え、そうなんですか!」
父の趣味を予想外に褒められ、嬉しくなったAさん。鑑定の結果、Bさんが所有していたウイスキーには1,000万円ほどの価値があることが明らかになりました。しかし、喜んでいられたのも束の間でした。現地調査終了後、「加算税や延滞税を含め、300万円ほどの納税が必要」というまさかの事実が判明します。
「えっ、どういうこと!?」AさんとCさんには、すぐに300万円を支払う資産はなく、泣く泣く大事なウイスキーの一部を売却するハメになってしまいました。
相続税の課税対象は、「価値があるものすべて」
相続税の課税対象となるものとは、土地や建物などの不動産のほか、現金、預金、有価証券が代表的です。しかし、その他にも経済的価値があるものすべてが対象財産となります。
たとえば、車などの動産で1つの資産が5万円超の財産は、相続税申告の際に個別に計上していかなければいけません。絵画や骨とう品など、価値があるものについても同様ですし、家庭用財産などの動産についても相続財産として申告する必要があります。
なお、ただし、それほど高価な家庭用財産がない場合には、「家財一式等」などとして10〜50万円ほどを計上しておくのが一般的です。
Bさんは、出張で行ったイギリスでたまたま飲んだ「本場のウイスキー」に感動し、ドハマり。もともと凝り性だったこともあり、休日のたびにウイスキーの蒸留所巡りをするなど、ウイスキー収集が趣味となったようです。
日本に帰国してからもウイスキーに対する興味はとどまらず、ちょうどそのころから日本でも本格的な高級ウイスキーの製造が始まったことなどもあり、国内外問わずウイスキーを集めるようになりました。
Bさんには投資などの目的はなく、あくまでウイスキー好きが高じて長年収集を行っていましたが、近年の日本ウイスキーの注目度が高まったことなどから、所有していたウイスキーの評価額が上昇していたようです。
故人の資産は、税務署に把握されている
国税庁「令和4年事務年度における相続税の調査等の状況」によりますと、令和4事務年度(令和4年7月〜令和5年6月)の相続税の調査件数は8,196件と、前事務年度から約3割となる1,879件増加しました。また、相続税の申告漏れ課税価格は前事務年度から400億円増の2,630億円となりました。
新型コロナウイルス流行の影響によりいったん減少した税務調査が、コロナ禍が落ち着いたことにより増加傾向にあることがわかります。
ではそもそも、相続税の税務調査対象はどのようにして選ばれるのでしょうか?
人が亡くなった場合、住所地の市町村長へ「死亡届」が提出されますが、そうすると相続税法第58条の法務大臣等の通知の規定により、所轄の税務署へ死亡の事実が通知されます。その際、亡くなった方が所有していた固定資産や住民税の課税所得等の情報もあわせて通知されます。
それらが届くと、税務署は該当の被相続人の生前の申告・納税の実績や、財産の内容などを「KSKシステム(国税総合管理システム)」に蓄積された膨大なデータによって確認します。KSKシステムとは、全国の国税局と税務署をネットワークで結び、申告・納税の実績や各種の情報を入力することにより、各人の税金や財産の記録を一元管理するものです。
銀行や証券会社などとの取引内容も、金融機関から税務署に支払調書が送付されるため、ここに記録されます。つまり、被相続人の現金以外の財産はほぼ税務署に把握されていると考えてよいでしょう。
このため、生前の所得に比べ相続財産が少ないと判断された場合、なんらかの相続財産の申告漏れがあるのではないか? と、税務調査の対象に選ばれることもあります。
世界でも人気の「ジャパニーズウイスキー」
近年は、世界的にジャパニーズウイスキーの知名度が高まっていることから、国産ウイスキーが高価で取引されるケースも増えてきています。
オークションでは、330万円で一般販売した「山崎55年」が、8,500万円で落札されたケースもあります。国外の事例をみると、「ザ・マッカラン1926」が4億円で落札された例もあります。
では、こうした価値がありそうな高級ウイスキーを相続した場合、どのように評価したらいいのでしょうか?
高級ウイスキーを評価する場合、過去の同銘柄のウイスキーの売買実例価額を調べたり、ご自身でわからない場合は高級酒買取専門業者などに見積もってもらうなどの方法が考えられます。
また、Bさんは趣味でウイスキーを集められていましたが、世界的には現物資産投資のひとつとしてウイスキーの価値に着目し、一部のウイスキーは「ウイスキー投資」として投資対象にもなっています。
ウイスキーのボトルだけでなく、熟成中のウイスキー樽を購入し、その後の樽(カスク)の価値上昇を期待して行う「ウイスキーカスク投資」という手法もあるようです。
趣味の収集品に思わぬ金銭的価値がある場合も…
父のウイスキーに価値があるとは想像もしていなかったAさんは、思いがけぬ相続税の支払いにびっくり。しかし、日本のウイスキーは近年、国際的なコンクールで賞を総なめにしているため、世界的な人気が非常に高まってきています。また本数に限りがあるためその分価格も上がり、資産性も高くなっています。
亡くなった方が趣味で収集していたものも、相続税評価額としては思わぬ金銭的価値がある場合もありますので、こうした故人の「コレクション」を相続した場合には評価額の見積りをしてもらってもいいかもしれません。
宮路 幸人
多賀谷会計事務所
税理士/CFP