支持率「底抜け」の原因
2022年5月の就任後、5年任期の折り返し地点に入った尹錫悦(ユン・ソンヨル)韓国大統領の支持率が底抜けに墜落している。韓国ギャラップの10月第4週の世論調査によると、大統領支持率は20%で、政権支持層である保守層でさえ、「支持」(40%)が、「支持しない」(51%)より低かった。韓国の3大保守紙と呼ばれる『朝鮮日報』 『中央日報』 『東亜日報』も、政権を強く非難する社説やコラムが多数掲載されるなど、保守層内部で「弾劾への危機感」が高まっている。
金建希大統領夫人 by Gettyimages
上記のギャラップ調査によると、韓国国民が尹大統領を支持しない理由として最も多く挙げているのは「金建希(キム・ゴニ)大統領夫人問題」だ。最近、韓国は安保不安、経済不況、医療ストなど、国民の暮らしと直結した多角的な危機に囲まれている。しかし、韓国政界の最大の話題は、民生問題でも安保問題でも医療問題でもない金建希夫人問題で、尹錫悦大統領が野党はもとより与党代表まで敵に回しながら金夫人を絶対死守している姿が、国民のひんしゅくを買っているのだ。
金建希夫人に対する各種疑惑は、22年3月の韓国大統領選挙前から次々と浮上し、尹錫悦・「国民の力」候補側を守勢に追い込んだ。夫を助けるために国民の前に立った金氏は、頭を深く下げながら、「夫が大統領になっても内助だけに専念する」と約束した。そのおかげか、夫の尹錫悦候補は、李在明(イ·ジェミョン)共に民主党候補を0.7%差でかろうじて抑えて大統領に当選した。
だが、夫が大統領に就任すると金氏は国民との約束を守らないところか、旺盛な活動でメディアや野党からひんしゅくを買った。ここに、選挙前から浮上していた「ドイツモータースの株価操作」疑惑が時間が経つほど増幅し、国民からの非難世論がますます高まっていった。
事件の概要は、ドイツモータース社の役員や証券会社の関係者などが、100以上の口座を動員して自社の株価を操作した事件だ。金氏の銀行口座6口と彼女の母親の口座も動員されたが、金氏側は「株価操作を認知できなかった」「むしろ金銭的損害を被った」と一貫して主張してきた。2020年に捜査を開始した検察は4年6ヶ月たった最近になって、ようやく、金氏の主張が「偽りと見るに足る証拠がない」として無嫌疑処分を下した。だが、保守系メディア『デイリーアン』の世論調査でさえ、「検察の結論に共感しない」という答えが67%に上るほど、韓国国民の大多数は「検察捜査が公正ではない」と判断している。
支離滅裂な捜査を続けてきた検察は、4年5ヶ月間一度も金氏を直接取り調べをしなかったし、金氏の調査のために担当検事が、大統領室が管轄する建物へ「出張調査」に出ており、検察総長にはこれを事後報告するなど、「胡散臭い」状況が多い点や、国民の力の内部からも検察起訴を主張する意見が出たという点などが、国民の判断に影響を及ぼしたものと見られる。
大統領選の世論操作疑惑も
尹大統領当選直後の22年5月、父親の知人という人物から金氏が300万ウォン相当のディオールバックをプレゼントされる動画が去年末に公開され、総選挙を控えた国民の力を絶望のどん底に追い込んだ。 この時、国民の力の選挙対策委員長を務めた韓東勳(ハン・ドンフン)前法務長官は、「大統領の謝罪を含め、国民が納得できる対策が必要だ」と主張し、尹大統領にそっぽを向いた。
メディアによると、尋常でない国民世論に、韓委員長の側近が大統領夫人をフランス革命の導火線になったマリー·アントワネット王妃に比喩した発言が、特に尹大統領の心を傷つけたという。そして総選挙の歴史的な敗北を契機に、一時は検察の先輩・後輩として格別な縁を誇った尹大統領と韓東勳委員長は、戻れない川を渡ってしまったとされる。ただし、この事件は動画を企画したメディアの告発で検察捜査が着手されたが、総選挙以後検察によって不起訴処分を受けた。
総選挙後も、大統領夫人関連のリスクは絶えなかった。前大統領室行政官が左派メディアの記者に「今の大統領室は夫人側の人々に掌握されている」という趣旨で口にした発言が報道され、大統領夫人が国政に介入しているという疑惑が提起された。しかも、この人物が「韓東勳を攻撃すれば大統領夫人が喜ぶだろう」とし、左派メディアに与党代表を攻撃してほしいと頼んだ発言も公開された。この事件で、「国民の力」の党首になった韓東勳代表と金建希大統領夫人との権力争いが全国民にも知られるようになった。
尹大統領の大統領候補時代、大統領選挙を手伝ったという選挙ブローカーと金夫人との関係がメディアによって暴露されたことで、「大統領選挙世論操作疑惑」が新たに浮上している。保守派の強い慶尚道(キョンサンド)を中心に政治コンサルティングを行ってきたというミョン・テギュンという人物は、自分が運営する世論調査会社を動員して選挙を手伝うとして保守圏の政治家たちに接近した。尹大統領夫妻とは尹大統領が「国民の力」の候補になる直前に知り合い、主に金夫人と選挙対策について話し合ってきたものとみられる。
ところが最近、ミョン氏の会社の前職員から「ミョン氏が大統領選挙当時、尹候補に有利な世論調査を作り、その代価としてミョン氏が秘書をしているキム・ヨンソン議員の公認を受けたが、これに金夫人が関与している」という主張が出てきた。事実なら、金夫人は選挙法違反や賄賂提供などで実刑が可能な重犯罪だ。明氏はこの主張を全面否認しているが、自分に向かって捜査の刀を抜いた検察に対しては、「私を捜査すれば政権が弾劾されるだろう」「私が口を開けば国がひっくり返るだろう」と脅迫的な発言を連発していて、真実はまだ闇の中だ。
朴槿恵弾劾のような世論の空気
以上の一連の疑惑で、金建希大統領夫人が政権の国政全般に深く関与しているという野党の主張に多くの国民が同調し、尹大統領の支持率は政権が危険になるほど墜落している。野党は、金建希夫人を「朴槿恵政権の崔順実(チェ・スンシル)のような存在」と規定し、国会で金建希特検法(特別検察官任命等に関わる特別措置法)を3度も発議しており、尹大統領に対する弾劾案を11月10日に発議すると予告した。弾劾世論をあおるために朴槿恵前大統領の弾劾集会が始まった10月29日を基点に大規模な場外集会も予告している。
一方、韓東勳国民の力代表は、リスクを解消するため、尹錫悦大統領との単独面談を要請した。この席で、韓代表は、金夫人の活動自制、大統領室に勤める金夫人側近の解任、特別監察官(大統領の親戚の不正行為を監察する担当官)導入の3大要求を出したが、尹大統領はすべて断ったと伝えられた。そのうえ、大統領室は単独面談で韓東勳代表を冷遇する姿を意図的に演出し、「国民の力」の党内部と支持者が尹派と韓派の二つに割れて、死生決断の「内戦」に突入した。
事態がここまできたら、保守メディアも社説と記名コラムなどを総動員し、国民世論とかけ離れた尹錫悦大統領の振る舞いに対して厳しい憂慮を示している。
『朝鮮日報』は、韓代表を冷遇した大統領室の態度が「拙劣で恥ずかしい」と非難し、「(野党主導の)特検法が国会で可決されれば、特検実施で終わらないという点は、尹大統領が最もよく知っているだろう」とし、野党の弾劾を試みる可能性を警告した。
『中央日報』は、現政権に対する国民世論が朴槿恵政権弾劾当時の世論と似ているという警告を発した。 尹大統領に対して、「支持率の下落を防ぐ特段の措置がなければ、朴大統領を襲った危機が繰り返されないとは言い切れない」と警告し、「特別監査は背を向けた民心をなだめるための『マジノ線』であり、捜査依頼権を持って龍山(大統領府)内部を24時間監視する『暗行御史(特監)』は存在自体だけでも金夫人など大統領周辺を沈ませる予防効果が生じる」と主張した。
『東亜日報』は、すでに低い尹錫悦大統領に対する国民の支持率がさらに低くなっている理由は、「金夫人疑惑に対する検察捜査が信頼を得られないため」とし、「国民は中立的な機関が再び捜査をして起訴するかどうかを決めなければならないと考えている」と主張した。したがって「特別監査よりは特別検事導入のために野党と合意することが優先」と主張している。
保守層のオピニオンリーダー格である保守メディアの殺伐とした警告が、「夫人リスク」に対する尹大統領の態度変化をもたらすかどうか、今後もう少し見守らなければならない。
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