グループリビングで“そこそこ健康な一人暮らし”の高齢者たちと共同生活をする小森祥子さん。17畳一間の自室にはお気に入りのモノがいっぱいだ(筆者撮影)
これから人は100年生きるという。しかし、お金や孤独、健康不安がなく老後を迎えられる人はどれくらいいるだろう。年を取ることが怖いーー。
多くの人が漠然とした不安を抱く中、老後の人生こそ謳歌している人もいる。その元気は、気力は、生きがいは、いったいどのようにして手に入れたのか。本連載では、“後期高齢者”になってなお輝いている先達に、老後をサバイブするヒントを聞く。
今回は、前回に続き、“終の住処”として、グループリビングという「共同生活」を選択した小森祥子さん(89歳)にお話を伺った。
前回記事:【そこそこ健康な89歳「共同生活を選んだ」深い理由】
89歳、山小屋で1人きりで過ごす
「では4日ほど、山小屋に行ってきます!」
季節が秋に差しかかったとある日、小森祥子さん(89歳)さんは、グループリビング・おでんせのスタッフに元気よく声をかけると、迎えの車に乗り込んだ。
ドライバーは、小森さんがかつて副業で講師を務めた、集団就職の若者が集うレクリエーション教室の生徒。付き合いは50年を超え、恩師・小森さんの送迎のために栃木県の自宅からはせ参じる。
向かう先は長野県の入笠山。木立の中にたたずむ山小屋は37年前に建てたもので、間取りは12畳、6畳、4畳半にキッチン、バス、トイレ。
その後も友人たちを招くために建て増しし、「お布団を5枚並べて敷ける」横長のロフトも作り、最大17名泊まったこともあるという。また、趣味の一つである木工制作用に2畳余りの木工場も完備している。
【ルームツアー(写真)】「全部ときめくから捨てられない」モノであふれる“非ミニマム”な小森さんの自室内部(11枚)
友人たちを招き、夜遅くまで食事や語らいを楽しんだり、ウッドデッキをステージにして、知人の演奏家によるミニライブを開催したりと、にぎやかな思い出も数多くある。
山小屋でのミニライブの様子(写真:小森祥子さん提供)
だが、90歳を目前にした今は、その頃とは違った楽しみ方をしている。
普段、共同生活を送っているおでんせでの喧騒や同所の理事長という役割から距離を置き、1人きりで過ごす数日間は、何にも代えがたい愛おしい時間だという。
山小屋に到着すると、まず深呼吸。「私の恋人」と呼ぶモーツァルトのCDを聴きながら、ゆっくりと山小屋の生活を堪能する。
「私は1人の時間が大好きなんです。自分のことだけをあれこれ考えていられるから。散歩や木工、料理をしながら日々のことを振り返って、失敗しちゃったかな、別のやり方もあったかな、などと反省したり、今度は何をしようかなって新しくやってみたいことを考えたり。
じっくり考えて決めたいことも宿題のように山小屋に持ってきて、頭の中をリセットしてからあれこれ考えを巡らせて、結論を出したりします」
小森さんの「住まい遍歴」
ここ数年、若者を中心に「ソロ活」がブームになっている。ソロ活とは「ソロ(単独)」と「活動」を組み合わせた造語で、1人で好きな場所に出かけ、好きなことをして過ごすこと。
小森さんは20代の頃から、旅行や登山などをソロ活で楽しんできた。旧ソ連や北欧、ヨーロッパ、アメリカ、アジアなど多くの国を訪れ、毎年のようにお気に入りの山々に登っていた。
さまざまな場所での思い出は写真に収め、部屋のあちこちに飾っている(筆者撮影)
特にソロ活の1人時間が味わい深いものになってきたのは、51歳で幼稚園を退職してからだという。
「私から“先生”という肩書が取れて、小森祥子という素の自分に戻る。身一つになった解放感は大きなものでした。朝、起きて天気がよければ車で遠出したり、旅行は行先だけ決めて出発したり。
出かける先々で、美しい風景もご飯のおいしさも自分のペースで味わえますよね。大好きな山歩きのとき、可憐な草花を見つけたら心行くまで眺めていられる。同行者がいると、そうはいきません(笑)」
1人で自由に好きなことに浸る時間は、この世に1人しかいない自分を大切にする時間だ。「シニアソロ活」を絶賛実践中の小森さんは、定年退職をした人、子育てや主婦業を卒業した人たちにこそ、ソロ活を勧める。
「1人でやりたいことができる、行きたいところに行けるという経験は、これからの老後の自信にもつながると思います」
小森さんの現在の住まい(筆者撮影)
小森さんのシニアソロ活の充実ぶりは、住まい方にも大きな変化をおよぼしている。
20代で暮らした木造アパートを振り出しに、2度の引っ越しを経て、38歳のときに360万円で都心のマンションを購入。それまでは、どの住まいも家賃と交通の便を優先して、一間暮らしだった。
幼稚園教諭の他に生活費の足しにと副業を掛け持ち、20代で加入した東京ユース・ホステルでは事務局長を務めるなど、公私ともに多忙を極めていた現役時代。当時の小森さんにとって「住まいは活動地点」でしかなかったのである。
「非ミニマム」な住まい方
しかし、あらゆる肩書から下りて、65歳のときに次姉の家にも近い神奈川県川崎市の3LDKのマンションを購入後、ソロ活の道具や材料が爆増していく。
調理師資格を持つ腕前の料理、お茶に仕舞、編み物、折り紙、ハンドクラフト、旅行……。それらのソロ活の成果を惜しみなく「人をもてなす」ことに活用する小森さんは、来客用の和洋中の食器やグラス、プロ仕様の調理器具などを数多く所有している。
お茶道具や着物、大小のスーツケースなどの大物以外にも、旅先で買い求めた思い出の品々や友人からの贈り物など、心を癒す小物も増える。
「部屋が3つあるので、寝るときは寝室、おもてなしはあっちの部屋、手仕事はこっちの部屋と移動しながら、全室フル活用していました」と笑う。1人暮らしの3LDK全室が、小森さんの活動地点そのものだったのだ。
そんな15年間の勢いある住まい方に幕を閉じ、80歳のときに移り住んだ人生最後の住まいは17畳の一部屋。再びの一間暮らしとなる。
大切に保管しているお茶道具(筆者撮影)
グループリビング・おでんせ中の島に入居するにあたって、どう考えてもほとんどのものを処分しないと17畳の居室には収まらない。
小森さんは手放せないものを3つに分け、取捨要検討の箱も作る。要検討は主に来客用の食器類や値の張る鍋、調理器具たち。これが大きな段ボール10箱にもなった。
使い勝手を追求して自作の棚を備え付けたキッチン(筆者撮影)
さて、これをどうしようかと考えた小森さんは、パッと閃いて、行きつけの美容室に相談したという。
「女性スタッフが10人もいる大きな美容室なので、皆さんが欲しいものがあったらもらっていただき、残ったものは捨ててほしいとお話したら、『ぜひ!』と言ってくださったので、10箱すべて差し上げました」
手放したくないものは、折に触れて何度も読み返してきた本。著名な陶芸家だった父の作品のお茶道具。茶碗は30〜40個にもなる。
それから着物。1/3は親しい人へ、1/3は姪や甥の結婚相手に着てもらいたくて次姉宅に運んだ。残り1/3がまだ箪笥2棹分もある。
趣味の手芸作品やアルバムの数々、これまでのさまざまな活動の記録や写真集も捨てられなかった。とても17畳の一室に収まる量ではない。
小森さんはそれらを要・不要で選別することはできなかったし、前に流行した「ときめくかどうか?」という取捨の線引きも、答えは「全部ときめく」だった。
着物が入っている箪笥(筆者撮影)
「断捨離」や「終活」と逆行
だが、おでんせのオーナー・藤井康雄さんは、入居前に小森さんにこう伝えたという。
おでんせのロフトに設けられた収納スペース(撮影:尾形文繁)
「お部屋には大きな収納家具も備え付けてあるし、荷物用のロフトも用意しています。どうしても手放せないものが多くなってしまったら、無理に手放さないで持ってきてください」
この言葉に小森さんは感激した。見学した高齢者向け施設はどこも「荷物は最小限に」というところばかり。
それは当然だろうと思うし、自宅暮らしでも世の中は「断捨離」や「終活」全盛で、モノが多いことを良しとしない雰囲気もある。
頭で理解していても、愛着あるモノとの別れがこんなに心に重たいことだとは思っていなかった。
かくて小森さんは、終の住処の17畳には収まりきらない量の家財道具や荷物とともにおでんせに移り住んだ。現在、自室には、介護ベッドや着物箪笥、テーブル&椅子、食器棚にライティングビューロー、書棚などの大きな家具がびっしり、いや、きっちり? ジグゾーパズルのように並んでいる。
大小さまざまな家財道具や雑貨が詰まっている小森さんの自室(筆者撮影)
「体を横にしてカニ歩きしかできないのよ」と小森さんはいたずらっぽく笑う。本当にその通りだ。持ち込んだ家具以外に、必要に応じて得意の木工で、いくつか小棚も作ったという。
料理が趣味のひとつ。入居者に手作りお菓子を振る舞う(筆者撮影)
この部屋で小森さんは自分が主催する折り紙同好会のレジュメを作り、お茶会用の和菓子も作る。「優秀な料理助手」の電子レンジをフルに使って、限定4人までの食事会も開催する。
季節の果物を使って得意のタタンを焼くと、1ホールを16等分して居住者全員とスタッフにおすそ分けもする。
「この部屋には使わないものはありません。今までそうしてきたように、私らしく自由にやりたいことをやって暮らすために、すべて必要なものばかりなんです」
お皿1枚にも思い出があり、現役の実用品。小森さんはおでんせへの入居のおかげで、自分のモノへの思いがわかったという。
過去を振り返ることは後ろ向きではない
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行きつけの美容室に段ボール10箱分の食器や調理器具を受け渡すことができたとき、長年、使ってきたものが誰かの役に立つかもしれないと思うと、ものすごくうれしかった。手放すのではなく、使ってくれる人に手渡したい。小森さんの非ミニマムな暮らしの根っこにあるのは、この思いだ。
愛猫のんちゃんを描いた手作りのマスクケース(筆者撮影)
終の住処に持ち込んだモノたちには、小森さんの人生の思い出が詰まっている。
小森さんは年を重ねるごとに過去を振り返ることが多くなった。しかし、それは決して後ろ向きの行為ではなく、楽しい考えごとだという。
「過去を振り返ることで、自分が何歳のときに何を大事にしていたか、何をがんばっていたかを再発見したり、やりたかったことを思い出したりできます。
若い日の自分をほめてあげることは今の自分を大事にすることにつながるし、やりたかったことはこれから始めることができます」
未来は過去が連れてくる。リタイアして老後の孤独にはまりそうになったら、過去の自分から今を生きるヒントや元気をもらってほしいと、小森さんは言う。
【ルームツアー(写真)】「全部ときめくから捨てられない」モノであふれる“非ミニマム”な小森さんの自室内部(11枚)
(桜井 美貴子 : ライター・編集者)