[画像] 記憶に新しい「地元中学生の出禁」…いまだに〈迷惑客〉との戦いを繰り広げるマクドナルド、1990年代後半に低価格戦略に走ったマクドナルドの大きすぎた〈代償〉とは?

1990年代後半から2010年代にかけて低価格戦略を打ったマクドナルドですが、値下げによってある誤算が生じました。低価格戦略が引き起こす問題点とは? 心理学者の越智啓太氏は著書『買い物の科学:消費者行動と広告をめぐる心理学』(実務教育出版)から一部を抜粋・再編集して解説します。

値下げで客層が入れ替わる

値下げによる販売促進は、さまざまな問題点を持っています。最初に客層の入れ替わり現象について見てみたいと思います。この問題については、上田(2003)がマクドナルドの値下げについて分析していますので、それを参考に解説してみましょう。

値下げをすると、確かに多くの客が訪れるようになります。これは一見、良いことのように思われますが、このように新たな客が訪れるようになった場合、経営者であれば必ず考えなければならないことがあります。それは「この客はどこから来たのか」ということと、「じつは去っていった客がいるのではないか」ということです。

この客はどこから来たのか

まず、「この客はどこから来たのか」という問題について考えてみましょう。マクドナルドは、ハンバーガーを100円に値下げする、ビッグマックを1個買うともう1個付いてくる、などの低価格キャンペーンを繰り返し行ってきました。

この低価格戦略でマクドナルドはハンバーガー戦争に勝利し、いままで来なかった多くの客が来るようにはなりました。では、「この客はどこから来たのでしょうか」。それは「いままではマックは高いからあまり行けなかった人々」です。

たとえば中学生・高校生などが該当するでしょう。それまで彼らは菓子パンなどを買って路上にたむろしていることが多かったのですが、マクドナルドの低価格戦略によって100円程度で食べ物を購入でき、冷暖房完備の空間に長い時間滞在できるようになったので、マクドナルドは絶好の居場所になりました。

その結果、マクドナルドの客席はこれらの客で占拠されるようになってきました。私もこの時代マクドナルドに毎日のように行って、数百円で長い時間友達とだべったものでした。

ただし、これらの客は必ずしも「良い客」であるとはいえません。大人数で長い時間客席を占拠するだけでなく、騒いだり、客席やトイレなどの使い方が悪かったりして、店内環境を悪化させてしまうからです。

事実、現在でもマクドナルドはマナーの悪い中高生との戦いを繰り広げています。たとえば2023年7月には、神奈川県相模原市内の店舗が、注文をせず弁当を持ち込むなどして入り浸り、店を占領し、ほかの客や店員に脅威を与えていた少年たちが在籍している中学校を名指しして「出入り禁止」にしたことがニュースになりました。

多くの視聴者は店に同情的な反応を示しましたが、これは多くの客がこの問題に気づいていて、苦々しく思っていたからでしょう。

また、安い値段を維持するためには多くの客を呼び寄せる必要がありますが、その結果として、「マクドナルドはいつも行列」という状態を作り出してしまいました。

「去っていった客」はどのような人たちか

一方で「去っていった客」は、どのような人たちでしょうか。客が増えると経営者はそれに喜んでこちらの分析がおざなりになることが多いのですが、じつはこちらの分析のほうが重要なことも少なくありません。

マクドナルドの低価格化戦略で去っていった人々の大きなカテゴリーのひとつは、ビジネスマン層です。ビジネスマンはお金を持っていることが多いので、100円マックの「100円」というものにはじつはそれほど関心がありません。彼らは、ランチやおやつやディナーをそれなりにおいしいもので快適に過ごせれば、少しくらい追加支出があってもあまり気にしません。

とくに重要なのはランチタイムです。わずか1時間程度のランチタイムは、休息のためにはきわめて重要な時間です。ここで快適な時間が過ごせるかどうかが、午後の仕事のはかどり具合に大きく影響してしまいます。

この貴重な時間を、長い行列と落ち着いて座れない店内、快適でない客席環境で過ごすよりも、若干の追加支出があったとしても短い待ち時間、ゆっくりと座れる店内、快適な客席環境で過ごしたいと思うビジネスマンは少なくないはずです。

じつはこういう客は、お店にとっては優良顧客です。必要があればあまりケチケチせずに支払い、かつ、比較的短い時間で出ていってくれる(ランチだとせいぜい30分くらいでしょうか)からです。

彼らは、混雑したマクドナルドをやめて、少し高いけどより快適なモスバーガーに行くか、他のレストランのランチサービスに行ってしまった可能性があります。

つまり、マクドナルドは低価格戦略をとることで、多くの客を引き寄せることには成功したのですが、それらの客層はあまり良くなく、良い客層を失ってしまった可能性があるのです。

価格以外の理由で離れていった優良顧客

さて、値下げによって客層が変化した場合、つまり、価格に惹(ひ)かれてくる客層が多くなってきて、優良顧客が逃げ出してしまった場合、どうすればよいでしょうか。

価格に惹かれてくる層は値段が安いからという理由で来ているので、値段が高くなると来なくなります。そこで客層を改善するために値上げをするという方法があります。では、値上げをすれば、逃げ出してしまった優良顧客は戻ってくるでしょうか。じつは、それほど単純ではありません。次のようなことが起きることが多いためです(上田、2003)。

・価格に惹かれてきた客は価格が上がると去る。

・価格以外の理由で離れていった客は戻らない。

これは美容院などの例を考えればわかりやすいでしょう。お気に入りのヘアサロンが値上げして、小遣いで通うのが厳しくなったとします。すると、泣く泣く他の店に行くことになると思いますが、価格がもとに戻るとたぶん、またもとの店に戻ることが多いと思います。

でも、店の環境が悪化したり、カットが失敗したり、美容師に不快な思いをさせられたりした場合、価格がいくらであろうとも「価格以外の理由」でその店に行くのはやめ、その店がとても安くなったとしても、二度とそこには戻らないのではないでしょうか。

マクドナルドの値下げ戦略で別の店に流れていってしまった優良顧客は、別に価格のことはあまり問題にしていないのです。彼らは、長い行列や店舗環境や客層の悪さなどの「価格以外の理由」が原因でそこから離れてしまったからです。

ということは、いま、仮にこれらの状況が改善したとしても、一度そこから離れてしまった人は戻ってこない可能性が高いのです。また、そもそもそこに寄りつかないので、状況が改善したことに気づかないこともあります。

さらに、すでにランチのときの居場所を他の場所に確保してしまっている場合には、あえてもとの習慣に戻ろうとはしません。ランチなどはだいたい何軒かの店を決めてそこを使い分ける人が多いですが、その習慣を変えるのには一定のコストがかかります。

面倒くさいし、失敗する可能性もあるからです。これを「スイッチングコスト」といいます。一度モスバーガーに快適な環境を見いだしてしまえば、あえてマクドナルドに戻る必要はないわけです。

ブランドイメージと商品カテゴリーイメージの低下

値下げのもうひとつの問題点として、ブランドイメージの低下が挙げられます。本書の最初でも述べましたが、実際には多くの消費者は、商品の品質を正しく把握する能力を持っていないか、判断するつもりがありません。

その代わりに彼らは、その商品の品質を、価格を使ってヒューリスティクス(ある程度正解に近い解を見つけ出すための経験則や発見方法)で判断しています。もし安く販売してしまうと、実際には品質の良い商品であっても、ネガティブなイメージが付いてしまう可能性があります。「安かろう、悪かろう」というわけです。

そして、このイメージは商品自体だけでなく、ブランドやメーカー自体に付いてしまう可能性があるのです。我々がものを買うときに、ブランド名の効果は非常に大きいです。そのため、このブランドイメージの低下は大きな問題となるのです。

また、いくつかのライバル企業が低価格競争を繰り広げると、ブランドだけでなく、そのカテゴリー、つまり「ハンバーガー」自体のイメージが低下してしまう可能性があります。

実際、ハンバーガーは現在どちらかといえばチープな食事のイメージが付いてしまっていますが、これはマクドナルドが行ってきた低価格プロモーションの影響かもしれません。また、マクドナルドは、安かったゆえに実際の味よりも劣って評価されている可能性があります。

■引用・参考文献:
上田隆穂(編)(2003). ケースで学ぶ価格戦略・入門 有斐閣

越智 啓太

法政大学文学部心理学科 教授