[画像] 「『SHOGUN』の中に黒人はいるのか?」多様性をギモン視されても…アメリカで“日本の時代劇”が大ヒットしたワケ

 俳優の真田広之氏がプロデュースし、主演を務めた『SHOGUN 将軍』が、アメリカテレビ界のアカデミー賞と言われているエミー賞で18冠を獲得した。『SHOGUN』は数多くの“史上初”を達成した。日本人がプロデュースする作品がエミー賞を受賞するのは“史上初”。日本人が主演男優賞や主演女優賞に輝いたのも“史上初”。18部門とエミー賞史上最多の賞を受賞したことにおいても“史上初”だ。

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 もっとも、ハリウッドのお膝元ロサンゼルスでは受賞前から“SHOGUN祭り”は始まっていた。街角には『SHOGUN』の絵が描かれた巨大なビルボードが掲げられていた。多くのメディアが『SHOGUN』のエミー賞獲得を確実視していた。そして、予想通り、『SHOGUN』は多部門での受賞を果たした。


 

歴史的な賞の獲得

 エンターテインメント専門誌「ザ・ハリウッド・レポーター」は『SHOGUN』の快挙についてこう評している。

「『SHOGUN』の勝利は、いくつかの点で記念すべきものだ。歴史的な賞の獲得は、実現までに10年近くかかり、かつては非常に不確実な賭けと思われていた高額なTVシリーズにおけるFXと親会社ディズニーの大きな勝利を意味する。また、アジアと非英語圏のテレビ番組にとっても重要だ。『SHOGUN』は、優秀ドラマシリーズ部門で受賞した初の非英語圏のシリーズであり(Netflixで放送された韓国の『イカゲーム』は2022年にノミネートされたが、HBOの『サクセッション(邦題『メディア王〜華麗なる一族〜』)』に敗れた)、サナダとサワイはエミー賞を受賞した初の日本人俳優となったからだ」

高評価された理由は、“オーセンティックな日本”であったこと。

『SHOGUN』が高評価された理由、それは、真田氏が受賞会見時に口にした“オーセンティック”という言葉にあるだろう。同氏は、米メディアに対しても「この番組にとって、オーセンティックであることが私たちの生命線だった」と述べている。オーセンティックとは“本物”を意味するが、同作品には“本物の日本”が表出されているのだ。

 翻せば、これまで、日本人が登場するハリウッドのエンターテインメント作品は“オーセンティック”とは言い難かった。ある日本人のハリウッド女優は「日本人アクターに与えられる役柄は、アメリカ人の視点で見たステレオタイプの日本人が多い」と“ハリウッドが描く日本”を疑問視していた。なるほど、と思った。例えば、髪の毛を7:3にキチンと整え、黒縁の眼鏡をかけたスーツ姿の日本人ビジネスマンが深くお辞儀するシーンなどをハリウッド作品の中で目にしたことがある人もいるのではないか?

 アメリカ人の視点では、日本人男性は「よく働く礼儀正しいビジネスマン」とステレオタイプ視しているからだろう。役柄で行くと、庭師という役が日本人男優に与えられているのも目にするが、1900年代前半にアメリカに移住した日本人男性は庭師になった人が数多くいたからだろう。しかし、日本というと、忍者や芸者に富士山に寿司職人だけではない。ロサンゼルス在住20年になる真田氏も、米国で、日本人が登場する映画やテレビ番組を目にする中で、“ハリウッドが描くオーセンティックではない日本や日本人”にフラストレーションを感じていたに違いない。

 オーセンティックな日本、そして、日本人を描くために、真田氏はこれまでのハリウッド作品にない手法を取り入れた。多くのキャストやクルーを日本から招き入れたのだ。真田氏は、当時の日本語の言い回しはもちろん、カツラや衣装、セット、身振りなどの所作をオーセンティックなものにするために、サムライものの映画やテレビ番組に関わった日本人スタッフを起用するほどディテールにこだわったという。

マニュアルの下で細部にこだわって制作

 また、エグゼクティブ・プロデューサーのジャスティン・マークス氏は雑誌『エスクァイア』のインタビューで、『SHOGUN』は細心の注意を払って制作されたことを明かしている。

「この作品を作るために、約900ページのインストラクション・マニュアルがありました。それには、メモやミスしたこと、学んだ教訓、制作の過程で私たちが行ったあらゆることが集積されていたのです」

 作品作りを一から日本のプロの手に委ねた上に、マニュアルの下で細部にこだわって制作された『SHOGUN』。ハリウッドがこれまで再現したことがなかったオーセンティックな日本や日本人の姿は、アメリカの人々を圧倒した。

映画はそもそもリメイク版だったが…

 そもそも、『SHOGUN』は1980年にアメリカでテレビドラマ化されていたが、それは原作の小説を書いたイギリス人作家ジェームズ・クラベルの目線で描かれたものだったことから、日本人の目線でオーセンティックにリメイクされた『SHOGUN』は、アメリカの人々の目に新鮮に映ったのかもしれない。米ナショナル・パブリック・レディオは両者を比較してこう述べている。

「1980年時の視聴者は、難破したイギリス人航海士ジョン・ブラックソーンが17世紀の日本やそこで彼を捕らえた侍について理解した程度だった。それから40年以上経って作られたリメイク版は、オーセンティシティー(本物)を重視する方向へと進み、その努力は報われた」

 内容的には、受賞した『SHOGUN』は「オリジナルよりもセクシーで、より暴力的で、考えさせられる啓発的な作品」との指摘もされている。

日本語で、字幕付きであることもユニーク

『SHOGUN』はセリフの約7割が日本語で、字幕付きであることもユニークだ。アメリカの視聴者は字幕を読むことに慣れていないと言われているが、コロナ禍、巣篭もり生活を送る中で、映画配信サービスが流す字幕つきの非英語圏の作品にも慣れ親しむようになり、以前のようには、字幕を読むことに抵抗を感じなくなっている。

 米紙ニューヨーク・タイムズも「(『SHOGUN』の)字幕は随所にあって、しかも、非常にクラッシーな字体で表示されている。『ハウス・オブ・ザ・ドラゴン』の高地ヴァリリア語や『ロード・オブ・ザ・リング:力の指輪』のクウェンヤ・エルフ語、ましてや『イカゲーム』の韓国語に耐えられるのなら、この作品でも問題ないだろう」と評している。

作品そのものが純粋に評価された

 同紙はまた、『SHOGUN』がヒットした背景に、アメリカで人気を博したドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』の影響を見出している。

「『SHOGUN』はポスト『ゲーム・オブ・スローンズ』のテレビ界の産物だ。高予算で中世を思わせるアクション・アドベンチャー時代劇で、メロドラマ的要素が強い。『ゲーム・オブ・スローンズ』に影響を受けた多くの番組がファンタジーであるのに対し、『SHOGUN』は純粋な歴史小説だ。しかし、その映像の壮大さは、まるでドラゴンが登場しない叙事的なファンタジーのようだ」

『SHOGUN』は、アメリカ社会が重視している多様性や包括性がハリウッドに浸透している状況も映し出している。白人が偏重されている状況が批判されていたハリウッドは、近年、制作者や出演する俳優の属性にかかわらず、優秀な作品を正当に評価する方向へと舵を切っている。その意味で、『SHOGUN』はキャストやクルーが日本人というマイノリティー性が受賞に導いたのではなく、作品そのものが純粋に評価された結果としての受賞と言えるだろう。

『SHOGUN』の多様性を疑問視する声

 その一方で、『SHOGUN』の多様性を疑問視する声もある。様々な意見記事が掲載されているオンラインプラットホームMediumは「『SHOGUN』の中で、黒人はどこにいるのか?」と題された記事を掲載、記事の著者は、その時代に黒人が日本にいたことを示す歴史的証拠があるにもかかわらず、黒人の登場人物が出てこないと主張している。『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の映画についても、アメリカで20%を占めるヒスパニック系アメリカ人がキャスティングされなかったことを疑問視する声があがったが、『SHOGUN』でも類似した声が聞かれるほど、作品がwoke(社会正義や人種差別問題などに対して目覚めていること)か否かに敏感になっている人もアメリカにはいるようだ。

ハリウッドにおける日本映画の長い系譜

 ところで、受賞の背景には、ハリウッドにおける日本映画の長い系譜があったことも忘れてはならない。その系譜は、1951年、黒澤明監督の『羅生門』が第24回アカデミー賞で外国語映画賞を受賞したことに遡る。1957年には、『サヨナラ』でマーロン・ブランドと共演した梅木美代志が助演女優賞を受賞している。近年では、『おくりびと』が外国語映画賞に、『ドライブ・マイ・カー』が国際長編映画賞に輝いている。映画は評価されてきた日本だが、アメリカのテレビ界では、日本の作品や日本人俳優はあまり評価されていなかった。2007年に、『HEROES』に出演していた俳優マシ・オカがプライムタイム・エミー賞のドラマ部門の助演男優賞にノミネートされるに留まっていた。その意味で、『SHOGUN』、そして、真田氏は日本のエンターテインメント業界を世界へと牽引していく大きな力となった。

 受賞について「今後の業界、若い俳優たちに大きな布石になるのではないかと。いろんな才能が海外に飛び出していくのをサポートしたい」と熱く語り、今や“世界のサナダ”となった真田氏。世界は『SHOGUN』の次のシリーズを心待ちにしている。

(飯塚 真紀子/週刊文春CINEMA オンライン オリジナル)